悲劇


「男の子になっちゃった」
 顔を合わせて真っ先に彼女はそう言った。その態度があまりに平然としていたために、スカルミリョーネは意味を理解できなかった。いや、彼女が取り乱していてもやはり理解不能だっただろうが。
「明日には戻るって言われたけど信じていいのかなぁ」
「……あ、ああ、ルゲイエの仕業か」
 ようやく合点がいった。そして冷静になって見れば、胸は平坦で腰もがっしりとしているし、手足が骨張って声も低い。まだ歳を重ねていないことと、ゴルベーザに借りたらしいユカリには大きすぎる服のせいで分かりにくいが、その体は確かに男のものとなっていた。
「……あれの実験に、そう簡単に乗るな」
 自身も何度か巻き込まれ散々な目に合わされた記憶が蘇り、スカルミリョーネが苦言を呈すると、ユカリは不満そうに口を尖らせた。
「だって事後承諾なんだよ。起きたらこうだったんだもん」
 あの爺いつか消す。そんな心の声を聞かなかったことにしつつ、スカルミリョーネは改めて彼となった彼女を見る。男性と言うには幼く少年といった風情ではあるが。
「硬そうだな……」
「何が?」
 怪訝そうな声に慌てて「何でもない」と首を振った。まさか少女の方が美味そうだとも言えない。
「……似合わんものだな」
 普段から活発で行動力のありすぎる彼女のことだから、仮に姿形が男になっても違和感は少ないと思っていた。しかしこうして実際に見ていると、慣れないせいかもしれないがやはり不自然だ。
「貴様にも一応の女らしさがあったようだな」
「なんか、けなされてるのか褒められてるのか微妙」
 それにしても、性別が変わるというのは一部動物や魔物を除いては重大事だと思えるが、彼女の落ち着き払った態度は何だろう。まして原因がルゲイエでは本当に元に戻れるかも怪しいものだ。それとも無鉄砲な娘はこの状況すら楽しんでいるのだろうか?
「冷静、だな」
 思わず率直に零すと、ユカリは奇妙な顔つきでスカルミリョーネを見上げた。そして少し眉を下げて気弱に囁く。
「朝はパニックだったんだけどね……」
「順応したのか」
「ううん、見ないふりしてるだけ」
 今日は飲まず食わずで過ごしトイレには行かず風呂にも入らないのだと無気力に言い放つ、その虚ろな瞳を見てスカルミリョーネも気付いた。冷静ではない。我を失っているのだ。
「……風呂はともかく、何も口にしないと言うのは」
「やだ。トイレ行きたくない。見たくない!」
 起きがけの混乱に見たくない何かを見てしまったのだろうな。異性の体に縁のない身としてはスカルミリョーネも珍しくユカリに同情的だった。
「そう不安になるな。ルゲイエが裏切ったとしても、ゴルベーザ様かルビカンテが対策をたてるはずだ」
 他の二人は何も協力しないだろうが。残るマイペースな四天王を思い浮かべ、スカルミリョーネは顔を顰めた。
 特にバルバリシアなどはいっそ都合がいいとそのまま男でいさせるかもしれない。婿に貰ってやるとか言い出せばユカリも自棄になって話に乗りそうだ。自分が被害に遭うばかりの未来が容易に想像できて恐ろしい。
「そう、だよね……ゴルベーザが何とかしてくれるよね」
「ああ」
 常日頃から邪険にしているユカリも、やはりいざとなればゴルベーザに縋るのかと少し良い気分になった。彼等の主は彼女に頼られることを大いに喜ぶから。
「……スカルミリョーネは?」
「何?」
「助けてくれ、ないよね、やっぱり」
 一瞬だけ期待の眼差しを向け、すぐに自己完結して項垂れる。その姿を見てスカルミリョーネは戸惑った。
 助ける気もなくはないのだ。若干欝陶しくはあるものの、己を疎まない異性というのは貴重だから。下心があるわけではなく、単純に、居てもいいのだと心が安らぐ。第一、男のままのユカリに今まで通り付き纏われては気持ち悪すぎる。
「……困難があれば私も助けてやる」
「ほ、ホントに?」
「そのままでは不気味だからな」
「うう、なんか微妙だけどありがとう!」
 それに、男になったからと今までのように追い掛けてこなくなったら、それはそれで腹立たしいのだった。




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