影響


 異世界より何の心構えもなく呼び出されたユカリは、もちろん着の身着のまま、環境の急激な変化に耐えられる装備ではなかった。それでも暑さ寒さのないゾットの塔にあっては問題もなかったのだが。
 一つだけ……いや、考えようによってはそこかしこに、彼女に悪影響を及ぼすものがあった。
 何食わぬ顔で暇潰しを探し歩き回る。いつも通りのはずの彼女の姿を見て、ゴルベーザは衝撃を受けた。
「なっ……何と言う格好を、ユカリ! 服を、いや部屋に、まずそれをしまいなさい!!」
 混乱が極まり自分でも何を言いたいのか分からなかった。ゴルベーザ以上に訳の分からないユカリは、ぽかんと口を開けて、あわてふためく黒い甲冑を見上げる。埃に塗れたその表面に、ぼんやりと自分の姿が映り込んでいた。
 何か違和感がある。何かは分からない。鏡のようにはっきりとは見えない自分の影、おかしいのは大きさか、細さか、色か。……色が、妙に肌色の面積が多いような。
「…………えあああっ!?」
 服を着るのを忘れていた。同じく慌て始めたユカリに、ゴルベーザはハッと気づいて自らのマントをかけた。ともかく黒で塗り潰された素肌に、二人して息をつく。
「服、着るの忘れてた……」
「何故忘れられるんだ……」
 時刻は既に昼だった。ユカリはいつもきちんと朝に起きている。まさか朝からずっとあの格好で歩き回っていたのかと、ゴルベーザは兜の中でひそかに青褪めた。
「いやほら、ここって裸同然の人が多いでしょ?」
 あるとき理性が飛んで、「着なくてもいいんじゃないか、自分だけいちいち着込むのは馬鹿らしくないか」と思ってしまった。
 もちろん人間である彼女は素裸で歩き回るような変態性など持ち合わせていないので、寝る時に下着姿で寝よう、という程度に収まっていたのだが。
 それを続ける内に、どうやら馴染みすぎたようだ。服を着ないことに違和感がなくなり、着ていないことに気づかないまま普段通りに起きてきてしまった。歩き回っていても周囲が似たような薄着ばかり、さらに気づく機会を逃して今ゴルベーザの前にいる。
「ああ、これでわたしも変態の仲間入りなのかな……」
 そこに自分が含まれているのか非常に気にかかるところではあったが、ゴルベーザにはまず真っ先に尋ねなければならないことがあった。頭からマントを被りいじけるユカリの肩に手を置き、彼女から見えない瞳を怒りに燃やして問う。
「ここに来るまでに誰に会った」
「えっ? えーと、カイナッツォとルビカンテ」
 カイナッツォはバロンに逗留、ルビカンテは滅多に帰れぬぐらいに遠征をさせ続けよう。ひそかに迷惑な決心を固めたゴルベーザである。
「……服、着てくる」
「ああ。気をつけてな」
「はぁ〜、せめてバルバリシア様みたいに見られていい体だったらなぁ」
 いや、それでは余計に見せてほしくないと思いつつ、変態に馴染んでしまった自分に落ち込むユカリの背を見送った。実のところあの魔物の薄着にも日々悶々としているのは誰にも秘密だ。破廉恥なのはいけないと思います。




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