景色


 じっと虚空を見つめ、時折苛立たしげに目を擦って溜め息をつく。悩み事だろうかと関わるきっかけに瞳を輝かせるユカリには気付いていなかった。
「どうしたの?」
 背後から声をかけられ、少し跳ねた肩は驚いてなどいないと言いたげに動きを止めて、ゆっくりと振り返る。
「……ユカリ、か?」
 片方の瞼は細められ、一方では剥き出しの眼球がぎょろりと彼女を見た。しかし何となく視線が素通りしているように思う。
「なんか、変だね……」
「分かるのか」
 色を無くしたのだと言うと、色を? と鸚返しに尋ねてユカリが首を傾げた。意味が分からないのも無理はない。
「見える景色がいつもと違いすぎる……。明暗がはっきりしすぎて、そのくせ色が分からない」
「何の眼球を持って来たんだ」
 背後より突如現れた第三者にユカリが跳び上がって驚いた。神妙な顔のルビカンテが言ったことを脳内で繰り返す。何の眼球を? ……少し考え、理解した。また倒されたかどうかして体の一部を取り替えたようだと。
 持て余しながらもあまり知られたくなかった事態を悟られ、スカルミリョーネは舌打ちしてあらぬ方を向いた。
「脳みそと目玉が合ってないんだね」
 はたから聞けば異常な話であるが、異世界にある身を自覚しモンスターと過ごすことに慣れた彼女にはさしたる違和感もないらしい。
「あるものを使うだけだ。……何かは知らん」
「もっかい取り替えればいいじゃん、他の生き物のは無いの?」
「馬の目玉ならあるぞ」
 心なしか自慢たらしくルビカンテが取り出してみせたもの。何処から出したのかという疑問はしまっておくことにして、生々しいそれから目を逸らしつつユカリがなぜそんなものを持っているのかと尋ねる。
「君の言っていた『生き馬の目を抜く』を試してみたんだ」
「あれはことわざだからホントにやっちゃダメだと思う……」
「そうなのか?」
「……そんなことはどうでもいい!」
 そもそも馬の眼球では大きすぎて、中身がどう以前に眼窩にも入らない。視覚視界が前と違うという悩みも解決しないのだ。スカルミリョーネはいつも以上に苛々しながら、この馬鹿二人に頼るより新たな目に慣れる方が早いのではないかと思い始めていた。
「用意できれば人間のものが一番いいのだがな……」「自分の配下から貰うわけにはいかないのか?」
「それは……私も考えたが止めた」
 死体と言えど部下である。「ちょっと眼球くれない?」などと軽はずみに言えはしない。何となく沽券に関わる気もした。
「どっかのお墓から盗ってきたら?」
 つまり死体から目玉を剥ぎ取っちゃえばと。この場にいる唯一の人間としてそんな言葉はどうだろう。魔物二人を閉口させたユカリは気にせず無邪気に続けた。
「ゾンビはまだ死に切ってないから目玉も必要だけど、お墓の人にはもういらないでしょ」
 それはそうだがゾンビ達より余程生きているお前が言うのか。人間には死者への思い入れがあったはずだが。
 内心見事に同調していたものの、スカルミリョーネもルビカンテも無言を貫いた。同種の生き物なのだからもう少し気遣ってやったら? と魔物が諭すのもおかしな話だ。
「……もういい、じきに慣れるだろう」
 以前水棲モンスターの眼球を使った時には受け取る色が多すぎて辟易したが、それに比べれば単調なこの世界は自分向きだとスカルミリョーネは思った。




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