素性


 異世界より来たユカリは、自身の素性の怪しさ故か、相手が何者であるかを気にしない。主となったゴルベーザのことにしても、どうやらその目的を知っているようなのに批難しない。
 不満があるのに黙したまま、従いはせずただ親しむ。彼女自身の行動も、受け入れているゴルベーザの真意も、己が彼女の存在を認めつつあることも、ルビカンテにとっては甚だ不可解だった。
 今、彼の主は久しぶりに甲冑を脱いでいる。ユカリが一日出かけると宣言して外に出たためだ。ゴルベーザは彼女に己の素顔を見せたがらなかった。
 一応まだ人間であるから四六時中甲冑を身につけているのは辛く、彼女と出くわす可能性のないこういった日には安心して寛いでいる。
「……して、その得体の知れない料理は一体何ですか?」
「ユカリが作ってくれた菓子だ」
 やたらと嬉しそうにそれを摘む主を、ルビカンテは複雑な気分で見詰めた。長椅子に寝そべりだらけきっている。あの娘がいる間は王者の威厳に満ちた姿を、……とれてはいないにしろ、心掛けようとしているのに。
 緊張感を無くしてだらしなくなるよりは、配下を前に保護者気分で世話をやく姿の方がまだ見られたものだと思う。
「調理場には入るなと言ってあったのだが……どうしてもこれを作りたかったらしい」
 以前から己の無力を気に病みできることを探していたユカリだが、中でも料理に対する執着心は強かった。ふと気になったルビカンテは一度「そんなに好きなのか」と尋ねてみたが、彼女は首を振り「そうでもない。っていうか別に得意じゃない」と答えた。
 立場より何より、何もできない……「させてもらえない」ことが悔しいようだ。なんであれゴルベーザの役に立つのならルビカンテにとっても喜ばしいのだが。
「……疲れているだろうから、と言ってな。私に甘いものを食べさせたかったらしい」
「ああ、出かける前にも『絶対に休憩しろ』と言っていましたね」
「普段は素直に言わぬのだがな」
 表立って気遣われ、ゴルベーザは嬉しそうだった。その笑顔を曝してやれば彼女もまた喜ぶだろうに。
 ユカリは相手が何者であるかを気にしない。主がどのような悪行に手を染めていても、人間としてではなく己として、ゴルベーザを想う気でいるようだ。
 手料理を押し付けて自分は一日外出してしまったことを、ルビカンテは勝手すぎると思っていたのだが。今は考えを改めている。
 このところ二人はずっと一緒にいた。離れたのは彼女なりの気遣いだ。甲冑を脱ぎ、己のいない状況でゴルベーザが寛げるようにとの。
「……良い娘なのでしょうね」
「ようやく分かってきたか」
 何故か得意げな主に向かい、やはり複雑な気分のままルビカンテは溜め息をついた。相手の素性を卑しむわけではないが、ただ、人間でなければと思う。人間でさえなければ、危ぶむ事など何もないのに。




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