お金はないけど
寂れた倉庫に無断で間借りし、日用品のひとつもない無様な生活。今までだって貧しかったがここまで堕ちたのは史上初だ。
「お金がなーいー♪ お金がなーいー♪ のーまねーのーらーいふー♪」
「そんな悲しい歌を明るくうたうなよ」
「貧乏で暗かったら救いようがないでしょ」
そりゃまあそうなんだが、かっぱらってきた安酒を肴もなしに飲みながら金がない金がないって、今でも充分すぎるほど救いようがないぜ。貧乏ってつらい。
どうしてこうなったのかと俺を白眼視するユカリから目を逸らしつつ俺も同じことを考えた。俺のせいか? いや違うだろう。ならユカリのせいか? それは大いにある。
「どっかの誰かさんが宇宙船爆発させたからなァ」
「あたしのせいだっていうの!?」
ユカリが拳を打ち付けた勢いで、べそっと間抜けな音を立ててテーブル代わりの段ボールが潰れた。ひしゃげた“みかん”の文字が物悲しい。それにしても、せめて酒を飲むのにテーブルと椅子くらいは欲しいもんだな。ああ全く本当に金がない。
そそくさと段ボールのへこみを直すと、ユカリは改めて俺を睨みつけた。
「あの船は最初から壊れてたもん。激安だからって買ってきたのはあんた達、あたしのせいじゃない」
いくら欠陥品だろうと爆発させるのはあんたくらいのもんじゃないのか、と思ったが、やつの手元にレーザーガンが引き寄せられたのを見て言葉を飲み込んだ。
確かに、まずアシがなけりゃと値段だけ見て買ったのはまずかった。でも品物を見つけてきたのはシックスシックスだから悪いのは俺じゃなくてあいつだ。今から考えりゃあの交渉に出てきたネズミも胡散臭かった。野郎のネタは二度と乗らんことにしよう。あとシックスシックスに買い物役を任せるのもやめよう。
「出費が嵩んだのにはすこーしくらいあたしにも責任がある、それは認める。けどあんた達の稼ぎがなさすぎるのが一番の問題だ」
「ぬぐぅ……」
「なけなしのお金は全部、クラーブとシックスシックスのメンテに消えるじゃん」
「しょーがねえだろ、手入れしなきゃ動けないんだからよ」
「出る以上に稼げってのー」
ううむ、このところデカい仕事してないから反論できんぞ。でも欲張って高い賞金狙いすぎると失敗する……現に痛い目見たとこじゃねーか、ヴィルガクスの仕事で。……あー嫌なこと思い出した。
アンドロイドエイリアンである俺やシックスシックスと違ってユカリは生身で、しかも意外なことに少食でよく働いた。あまり派手に金を使う趣味もなく、自分で使う分は自分で稼ぐ。そんな賞金稼ぎには似つかわしくない堅実さで俺達三人の生活を支えていたのだが、今は違う。
「そういうお前さんだって今は無収入だろうが」
「うっ……」
つい最近までは頭が上がらなかったが今は違うぞ。同レベルまで落ちてきたんだからな。いやまあ全くありがたくないことではあるが。
勢いをなくしたユカリはいじいじと膝を抱えながら残りの酒を一気に飲み干した。
「スリックスが捕まってなければなあ〜」
「そりゃ同意しかねるね」
「なんでさ」
あいつは嫌いなんだ、虫が好かない。スリックスはレスリングシップを主催していた。選手候補に関する情報の提供、観客の管理、ときに賭けの胴元になり、選手として参加することもあった。そんな感じでユカリはやつのシップでかなり稼いでいたが、いつ誤って退引きならないとこまで踏み込むかと気が気じゃなかったんで。
「……ま、あの件にはあのヒーロー気取りのガキが関わってるらしいしな」
地球には二度と行かない、その決意を固めさせた張本人がな。俺が行かずともやつの方から来られてはどうしようもない。そういう意味で、スリックスはあいつを宇宙に引きずり出したことについても腹立たしい。破滅してざまあみろだ。
しかしあれが俺達の主な収入源だったのもまた疑いようのない事実だった。住処もない定職もない、たまの贅沢は盗んだ酒で酔っ払う。このままじゃいつかユカリが「地球で農家にでもなって平和に暮らそう」なんて言い出しそうでこわい。
「どっかに楽して大儲けできる仕事は転がってないもんかね」
「ねー。いっそ体でも売るかー。仲間のために春をひさぐ健気なユカリちゃん」
ハッ、誰が買うんだ? 本気になればあのテクノーグだって片腕でぶちのめせる怪力エイリアン女を抱こうなんて物好きが、全宇宙に一人でもいるなら驚きだ。と、俺は決して口に出していないんだが。
「なにか言ったかねクラーブ君」
「ぐおあっ、めり込む!?」
「ミソをぶちまけたいのかしら? あたしは空腹が満たせてありがたいけれど」
いい笑顔すぎるのが怖い! 殺されて食われる……!!
「い、や、あんたみたいな凄腕の美女、畏れ多くてそんじょそこらの男じゃ手を出してこねぇよ! そうだろ!?」
「なんかあざといけど、まあいいや」
やつが手を離してなお割れそうな痛みを訴える頭にそっと触れる。うん、へこんでない。よかった。
「またお金かかるんだからへこますわけないでしょ」
なるほど。これから小金が入って余裕のあるときには絶対にユカリを怒らせないようにしよう。
「懐がスカスカで寒いよぉ〜」
そうだな、俺は頭の中をスカスカにされそうになったけどな。まだ鷲掴みにされているようで落ち着かない俺に、ユカリが奇妙な視線を投げてきた。なんだその変に潤んだ瞳は。色気より殺気を感じるんだが、おかしいな。
「……カニすき」
「はあ?」
「クラーブ見てたらカニすき食べたくなってきた」
今すぐ地面にもぐって逃げたかったが生憎とここはコンクリート。とりあえず気休めに距離をとるが捕食者はカニすきカニすきと呪文を唱えながらじりじり詰めてくる。
「カニすき〜〜!!」
どこかの星のアニメーションで見たようなジャンプ&ダイビングでユカリが迫ってきた。性的な意味でなら満更でもないが食欲をぶつけられると非常に困る、てなこと考えてる場合じゃねえ!
全速力で後退し逃げ回りついに壁際に追い詰められて羽交い締めに、哀れ俺はユカリの腹の中へ……というところで、ドアが爆破されなにかが飛び込んできた。なんでもかんでも爆発するのはやめろ、金がないんだから。
「あー、おかえりろくろく。なんか美味しいネタあった?」
独特のあだ名で呼ばれたシックスシックスが土産らしいブリトーの包みを放り投げると、ユカリは俺に抱きついたままそれを頬張り始めた。ともかく腹が満たされるのはありがたい。俺はまだカニすきになりたくない。まだというか永遠になりたくないんだ。
それにしても一体なぜ俺の眉間に赤いレーザーの照準が当てられているのか。教えてくれシックスシックス。
「おい、何だよ……」
いい儲け話に巡り会わなかったのか? いや違う。シックスシックスの怒気はあきらかに俺に向けられていた。絡むユカリの両腕と俺の首に視線を走らせ、引き金に指をかけ躊躇なく、発砲した。
「とわっ! ちょ、ちょっと待て誤解だ! 俺は襲われてる側だ!!」
ここはひとまずユカリを盾に、と思ったのがバレたのかやつはブリトーをしっかり握ったままシックスシックスの背後へ逃げ込んだ。最悪の布陣だ。
シックスシックスの野郎が俺の不誠実さについて事実無根の文句を並べ立てながら二丁拳銃を撃ちまくってくるが、言葉の通じないユカリはわけもわからず首を傾げる。俺も俺で逃げ回るだけで手一杯だ。なんせ武器を仕込んでないのだ。金がないから。
「喧嘩してもいいけど壊れないでね」
「止めろよォォッ!!」
金はないが愛は溢れている。かなり不毛に、一方的に。同情せんでもないが俺に八つ当たるのはやめてもらいたいもんだ。
地球でなけりゃどっかで平和に暮らすのも悪かないなあ。せめて三人分のブリトー買う余裕があれば俺は食欲の対象にならずに済むし、性欲からなる嫉妬の対象にもならないだろうに。
金があれば。ああ金がほしい。とりあえず違うパートナーを、俺を食ったり殺したりしないでくれる相棒を探しに行こう。貧乏ってつらい。
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