道程-Cassis


 魔バスの中も外も、静まりかえってるようだった。みんな爆睡してるわけでもないのにしんとして、らしくもなく思考に耽ってるわけだ。今まであんなことがあったとか、これからどんなことが起きるのかとか。
 物音もしない。だが息苦しい沈黙じゃないのは、そういう想いの流れみたいなものがそこらじゅう飛び交ってるからかもしれないな。
 もうずいぶん前にコレットが外に出て行った。ついさっきはブルーベリーだ。両方ともまだ戻らないところを見ると二人して何か話し込んでるんだろう。
「で、なんの話してるんだ?」
 隣でしれっと窓の外を眺めてたセンサーがぐりっと俺の方を向いて、カフェオレはいかにも鈍そうなふりして「ナニガ?」と聞き返した。

 とぼけても無駄だ。さっきからジーッて妙な音がするから気になってたんだ。窓の外はなんにもないし録画してるんじゃないだろう。じゃ、あいつらが出てってから鳴り始めたこの音は何の作動音だっての。
「盗み聞きしてんだろ」
「マタソンナ、人聞キノ悪イコトヲ」
「そりゃあ女の子が二人、夜中にこっそり話してりゃ気になるのも分かるけどな」
「チガウトイウノニ」
 バスの中がこれだけ静かでも外の音までは普通聞こえない。普通はな。でもカフェオレは普通じゃないし、ついでにもう一人普通じゃないコレットのことだって気になってるはずだ。いろんな意味で。
 話してるのはガナッシュやキャンディのことだろう。考えても仕方ないことだ。会えばどうとでもなるし、会えなきゃどうしようもない、クラスメートと言ったって今の俺たちは遠すぎる。だからって無視して前に突き進むにはコレットの立場は微妙だった。その問題にはカフェオレも少し絡んでる。

 普段は傷だらけの土まみれでぼろっちいカフェオレの体は月の光を浴びて淡く金色に見えた。正直なところ、きれいだ。光っていうのはやっぱりひとを惹き付けるものなんだろう。ほら、虫だって寄ってくるし……なんて表現をしたらシードルが怒りそうだが。セサミは喜んで頷くだろうな。
 レモンやキャンディは容姿も性格も目立って、まさに光って感じだった。同じ金髪でもコレットは少し柔らかい印象で、子供っぽくてまだ磨き足りないような、幼い気がしていた。でも最近なんか変わってきたんだ。あいつはどんどん先へ行ってる。
 間近で見ていた俺たちにはあいつが変わった理由も目指してるものも見える。俺の見るコレットはもしかしたら他のやつらやコレット自身の考える像とは違うかもしれないけど、擦り合わせて訂正することができる。ただキャンディにはできないんだ。だから幻の彼女に敵愾心を燃やしてる。
 理不尽な感情にさらされて、直接言い返せもしないコレットは今なにを考えてるんだろう。

「……ド〜セ、ブルーベリーノコトデモ考エテルンダロ、カシス?」
 ん、っと一瞬悩んだが、ブルーベリーか。もちろん彼女に対する興味はあるが今は大丈夫だ。“今”心配すべきなやつは他にいるし。まずはコレット、それから……。
 俺だってそうたくさん抱え込めるわけじゃない。とにかくみんなでコレットを支えてやるんだよ。それがきっとすぐにキャンディやガナッシュを救う手立てにもなるはずだ。
「ホントニ女好キダナ」
「それは否定しない。でも今気にしてるのはブルーベリーじゃなくて、コレットだよな〜」
「ハア?」
 また鞍替えしたのかって心外な台詞を吐いてカフェオレはねめつけるような視線を向けてきた。
 俺にとって対象外の女の子なんていないのさ。それにコレットは俺に興味ないだろうから安心して見てられる。カフェオレに対してあたふたドジってるのもはたから眺める分には面白いし?
 最初はお遊びみたいなもんだった。恋に恋するついでにカフェオレを見てるような感じだったのに、最近少し変わってきた。たぶん本当に好きなんだろうなと俺にも分かるくらい。旅の間、カフェオレ絡みの騒動が起きるたびコレットは大袈裟に泣いて怒って笑って大変だった。

 曖昧だったものが変わってきてる。それはコレットだけじゃないが、あいつが一番面白い。お前だってそれは同感だろ? って振り返ってみるとカフェオレはいやにむっつりして俺から目をそらした。
「何だよ黙りこんで。……ははー、さてはお前妬いてるな」
「ベツニ」
 その声があからさまに不機嫌だったから、面白がるより先に驚いた。おいおいホントかよ。コレットのやつ案外脈ありなんじゃないか。
 まあ今は単純に、自分を好いてる女の子への拙い独占欲っヤツだろう。でもさ、変化が起きてるのはやっぱりコレットだけじゃないんだな。お前にとってもあいつはちょっと特別になってるんだろう?
 ガナッシュやキャンディが離れていくのも、俺たちがそれを追うのも、あのブルーベリーが堂々と他人の心配するようになったり、レモンが無用なほどの過保護ぶりを見せなくなったり、俺がコレットに興味を持ったり、こいつが彼女を見ていたり。
 それぞれの道はどんどん離れていく。いつまでだって一緒だと思ってたがそんなわけないんだよな。俺たちはみんな自分らしさを探し出すために、時には背を向けて違うほうへ歩き出す。
 でもそうして一回りしてまた出会ったとき、前にはできなかったこともできるはずだ。以前なら突っぱねたかもしれないあいつらの闇ってやつを、今ならきっと、照らしてやれる。




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