道程-Blueberry
未来の景色なんて誰にも見えない。でも誰だって一番いい未来に向かって歩きたいと考える。ガナッシュとキャンディに会ったら……そこから先は誰も言葉にしなかったけど。
みんな最善の道を歩もうとしているのに、後ろを振り向いて間違いに気づくのが怖いから、過去のことはまだ見ずに歩き続けてるんだわ。すべて終わったあとにみんなで笑って振り向けるように。
まだ眠ってない気配がいくつかある。私は誰にも話しかけることなく、話しかけられることもないまま魔バスを出た。月光のおかげで外は意外と明るかった。
太陽、金色、やわらかくてあたたかい外の香り。私には得難いその色が好き。レモンやキャンディ、そしてコレット……金の髪が揺らめくたびに私はそこから自由の風を感じていた。彼女たちの色がとても好きだった。
辺りを見回しても誰もおらず、ふと思い立って魔バスの上へとよじ登る。昼間だったらきっと怒られるけど今は誰もが黙りこんでるから平気ね。月光をひとかけらも逃さず集めるように、魔バスのてっぺんは輝いていた。そこに一人で座り込むコレットの髪は青白く夜に染まって、いつもと印象が違う。私の髪に少し似ている。そんなことがなぜだか嬉しかった。
近づく私に無言で振り向いて、私も黙って隣に座り込む。星に埋め尽くされた夜空は美しく輝いていたけれど、あの日のキャンプファイヤーのような暖かさは感じられなかった。
沈黙に支配される前に、私はそっと彼女の袖を引く。
「ねえ、コレット」
「んー?」
「キャンディはあなたに嫉妬してるみたいね」
一瞬ぎょっとした彼女は、すぐに大きな溜め息をついた。やっぱりちゃんと分かってるんだ。ガナッシュとキャンディを追いかけながら、コレットだけがみんなより少し重いものを背負わされてること。彼女が鈍ければよかったのに。
「あなたが、ガナッシュを好きだと思ってるみたいよね」
二人を追いかけてるのはみんな同じ、でもキャンディの目はコレットに向けられた。
二人はとくに仲がいい方じゃなかった。気が合わないなんてことじゃなく、お互い相手にちょっとした憧れを抱いていて、はにかんだまま近づけないだけ。その距離を埋める前にこんなことになってしまった。
まだ“始まる前”に交わした会話を思い出す。キャンディはコレットの好きなひとを気にしてた。そこにはきっとライバルになりたくないという思いもあり、彼女と近づく機会だという思いもあったんじゃないかしら。
私は彼女たちに、レモンと出会ったばかりの私たちを見ていた。だからすれ違いそうな道がこんなに怖い。
もしも今、あのキャンプファイヤーがあれば。
じっと月を見上げたコレットの頬が、炎に照らされたように赤くなる。
「そりゃガナッシュのことも好きだけど……キャンディの思うのじゃ、ないと思う」
消沈したような言葉に私も頷いた。そうよねえ。そんなこと見てれば分かるわ。……見ていればね。
ガナッシュもキャンディも一人で意地を張らずに助けを求めて、弱味をさらけ出してみんなで一緒に考えてたら、もっといろんなことが分かったのに。私がレモンに対して素直になって、世界が開けたみたいに。
……うん、まだ間に合う。キャンディとコレットが出会えば、ガナッシュとコレットが、想いを分かち合えたらまだ。でも――
「……カフェオレのこと好き?」
突然の問いに目を見開いたコレットは、そのまま傾いて魔バスの屋根から落ちていこうとした。慌てて腕をつかんで引き寄せる。
「危ないからやめて」
「ごごごごめめ、いいいいやブルーベリー、どうして!?」
どうしてって。気づかない方がおかしいわよ、コレットの態度は分かりやすいんだから。たぶんカフェオレ本人も分かってるだろうし……まあそれを言うと今度こそ本当に落っこちそうだから、黙ってるけど。
今度こそ真っ赤になった彼女の横顔は、キャンプファイヤーのときにカフェオレの隣で固まっていた姿とよく似ていた。あのときはまだよく知らなかったけど、今なら私とコレットの距離も近い。
もう前と同じじゃない。日ごと私たちは成長していくから、“あの日するはずだった話”はもうできない。でも……今の私たちに似合うべつの話ができるはずだわ。
「私ね、好きなひとの話をしたかったの」
もっとよく知っていれば。もっと注意深く見ていれば。こんなに遠くはならなかったのに。
「そうだね。……学校に戻ったら、みんなでしたいね!」
「うん」
傷つく前に、傷つける前に、あなたを知りたかった。私を知ってほしかった。キャンディ、あなたもきっとそう思ってるでしょう?
あとになって振り返れば間違いだらけの道かもしれない。でも離れていても同じ気持ちなら、もう一度出会うこともできるわよ。だから待っていてほしい。きっと必ず私たちが、迎えに行くから。
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