押し倒す


 この状況がまずおかしい。モカとオレが同じ部屋の同じベッドに並んでいる、それだけなら目論見通りだというのに、何も問題ないかのようにすやすや眠っている彼女の寝顔がオレの自尊心を完膚なきまでに破壊した。
 だってもう少し怯えるとかなんとかしてほしいじゃないか。オレは君のことが好きなんだぜ。性的な意味で。危険のキの字もないような安心感たっぷりの顔で寝ないでください。
 打ちのめされた心を立て直して、おもむろに体を起こしモカの顔を覗き込む。ベッドが軋み体が揺れて彼女の瞼がゆっくり開いた。
「……カフェラテ」
「ハイ」
 よくよく考えればベッドの上で押し倒している体勢だった。もうまさに、そういう展開へと突き進むしかないような。年頃の娘さんがこんなにも無防備でいいのだろうか? 否!
 俺だって男だ。やる時はいろいろとやる男なんだ。不注意だった君が悪いんです。
「言ットクガ、抵抗シテモ無駄ダゼ……」
 もうそろそろ。本当にもうそろそろ次の展開があってもいい時期じゃないでしょうか? 好きだと言ったし同じ言葉ももらったし、彼女も丁度いい年齢で。いつまでも友達感覚では堪らない。あいつらって本当に付き合ってんの? と旧友達の生温い視線に耐え兼ねているんだから。

 自分の上に乗っかるオレを見て、寝ぼけ眼で鈍く光るセンサーを眺め、閉じ込めるように置かれた腕を確認してモカは。……もう一度、寝た。
 真夜中にベッドの上で好きな相手(希望)に押し倒されている状態で、寝た。
「チョット、ソレハ、アマリニモ」
「眠い……」
「イヤデモ、モット危機感ヲ持ッテ、アノ」
 いやもちろん相手がオレだからという理由で大人しくしていてくれるのならこの上ない喜びだけれども、今の彼女からは好意による許容ではなく無関心による拒絶しか見て取れないわけであって。なんか焦る。やっぱりもしかしてひょっとしてオレ、異性として見られてない……。
「コ、コウイウ時ハ、ブッ飛バスクライノ勢イデ、抗ウベキデハナイデショウカ!? 女ノ子トシテ!」
 だんだんと目が覚めてきたらしいモカは真顔でさらにオレの精神にダメージを加えていった。
「カフェラテは変なことしないって分かってるから、平気」
「ソンナ信頼ホシクナイ!」
「言い換えるならカフェラテが変な気を起こしてもわたしの方が強いから、平気」
 あっ……否定できない。考えてみればモカは心底イヤな相手なら魔法一発でさっくり片付けられるくらい強いのだ。いくらこっちが無理を通そうとしても黒焦げにされて終わり。
 それでも。それでも! 今日こそは想いを遂げると決めてここまで来たのだから! ダッテボク、男ノコ、ナンダシ。
 イヤな相手なら……ということは逆に、オレ相手になら態度が軟化するかもしれない。無理強いする気まではなくても何か一歩、先へ進めればそれで――!
 引きかけた腕に再び力を入れて視覚センサーを彼女の瞳に集中させた。すでに覚醒しきっているであろう紫紺の瞳は、眠りを妨げられた怒りで冷え冷えとしてオレを見据えていた。
 そう、だから、相手がオレでも誰でも……彼女が否と言えば否なのです。
「大人しく寝るの、寝ないの。わたしの意思に逆らってまでしたいの?」
「エッ、ソレハ、エット……デキレバ」
「ふーん。覚悟はできてるんだろうね」
「………………オヤスミナサイ」
「おやすみ」
 今日もやっぱり、負けた。




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