目が覚めたら


 瞼がパチッと開いた瞬間ようやく「ああいま寝てたのか」と納得するくらいに自然な目覚めだった。何がきっかけに起こされたのかも分からない。いきなり覚醒してた。
 薄暗い部屋の中、カーテンの隙間から射し込む月光を頼りに壁掛け時計を見上げた。まだ夜の12時、少し前だ。あと5分で――
「なんだっけ?」
 じきに今日が終わる。明日なにかあった気がした。そんなに重要じゃないけど覚えておかなきゃいけないこと。なんだったかなあ? 忘れっぽいのを治せってまた怒られる。
 ……まあいいや。今夜しっかり寝ておかないと授業中に居眠りしたら教卓からチョークが飛んでくるし、休み時間には隣の席からチョップが飛んでくる。そろそろ真面目に勉強しないと。だから、まず、寝よう。

 記憶になんとなくもやもやしたものを抱えて、もう一度だけ時計を見て目を閉じた。その直後、部屋の外になにかの気配を感じた。
(…………)
 寝たふりをしてやり過ごすにはハッキリ感知しすぎたみたいで、それが気になって眠気はどっかへ行ってしまった。いくらわたしがどこでも寝られる体質だって、日付も変わろうかという夜中に部屋の扉の前に正体不明の何者かがいる、なんて状況ではさすがに眠れない。
 せっかくぬくもった布団から出るのはとてもとてもとてもとてもとても、とっても嫌だったけど、ベッドに引っかけてたコートにマフラーに帽子もかぶって扉へ向かう。もしかしたらわたしって寒がりなのかな。ローレルならこんなとき、寝たときの格好のまま駆け出して行くだろうに。
 寒いけど頭はハッキリしてる。夜中に目覚めたときはすぐにてきぱき動けるのに、朝起きて学校へ行くのはどうしてあんなにかったるいんだろう。明日のことを思って溜め息をついたらマフラーの隙間から白い息が広がった。
 こんな時間にわたしを起こした正体不明Aには鉄拳……いや、蹴りでもくらわせなきゃ気がすまない。もし万が一にも偶然通りかかった友達だったら蹴ったあとに謝ろう。
 決心を固めて扉に手をかけ、開いた反動でそれのシルエットを認識する前に上段蹴りを繰り出した。……大きな影。
 本当はヒットする直前に気づいたけど、また説教くらうのは嫌だから不審者だと思い込んでたことにしよう。先手必勝、正当防衛、わたしは仕方なく蹴ったので悪くないって。

「で、なにしてるの、カフェラテ」
 わたしの強キックによってガードを弾かれ向かい側の壁までぶっ飛んだ不審者もといクラスメイト兼わたしのお目付け役こと古代機械のカフェラテは、センサーを点滅させながら慌てて持っていた何かの安否を確認しだした。
 わたしを叱るより先にそれの心配だなんて、よっぽど大切なものらしい。……ふと、彼がただの通行人Aだったらどうしようかと思った。……思いつかなかったことにする。
「ア……モ、モカ、起キテタノカ?」
「起きてたというか、起こされたよね」
「エッ、スミマセン……」
「ん。べつにいいよ」
 とりあえず正体は分かったし。蹴り飛ばしちゃったし。そんなことより、廊下に出てると足から冷えてきてつらい。この様子を見たところやっぱりカフェラテは通行人じゃなくてわたしに用があったみたいだし、それなら。
「中に入る?」
 ここで話してるとさむいからと付け加える間もなく、どこからかプチンとコードの切れる音がした。

「ナナナナニヲ言ッテルンダ!? コンナ時間ニ部屋ニ男ヲ、ナンテ、何ノタメニ待ッテタト」
「何のために待ってたの?」
「アウ……」
 待ってたのかー。わたしの部屋の前なんだから当然わたしを待ってたんだろう。だけどこうして起きてきたのは偶然だった。じゃあまさか、わたしが寝てたら朝までここにいるつもりでいたのかな。ロボットって……風邪引かないのかな?
「そんなに大事な用ならちゃんと中で聞くよ」
「イヤ、アノ、イイデス。ソンナ勇気ナイデス」
 わたしの部屋は魔境か何かか! ってジャスミンばりに突っ込もうかと思ったけど時間を考慮してやめておく。
 そしてさっき引っかかってたことが何なのか、思い出した。明日の朝一番に会いたいって言われたんだった。ほかならぬこのカフェラテに。だから彼はここにいるんだ。だから、待ってたんだ。

 部屋の中を振り返って見る。時計の針はてっぺんから少しずれたところにあった。それを確認してから、ぐいっとカフェラテの手を引っ張る。あ、意外とあったかい。
「日付変わったし、朝方ってことにしていいんじゃない?」
 夜でなければ気にしなくてもいいでしょと、ほんの軽い気持ちでの提案だったんだけど、なぜかカフェラテを焦らせるには充分だったようで。
「!! エッ、モウ、25日ニ……?」
 その一言で――『ばか』と、自分を含めた何人もの声が聞こえた。25日、そうだよ今日は25日だ。カフェラテは日付が変わるのを待ってたんだ。12月25日……今日は、……ああ、忘れてたなんて。
「メリークリスマス、モカ」
 差し出されたのは彼がずっと大事に隠し持ってた小さな包み。キラキラひかる赤と緑の紙と同色のリボンで飾られた、わたしへのプレゼント、だよね。
「本当ハ、学校ニ行ク前ニデモ渡ソウト思ッテタンダガ」
 律儀だなあとか思ってる余裕はなかった。手のひらにそっと乗せられたものがやけに重く感じた。朝一番でわたしにくれるために、待ってたのか。
「あ、ありがとう……」
「イエ……」
 照れくささと嬉しさで一瞬寒さを忘れたけれど、それ以上に強い焦燥があった。
「エエト、起コシテゴメン、オヤスミ」
「おやす……み」
 また明日、いやもう今日だ。どうでもいいことを考えてる間にカフェラテは全力で逃げて行った。遠ざかる後ろ姿を呆然と見送り、ハッと気づいて包みを解いた。
 シンプルな白いヘアピンだ。わたしの目の色と同じ紫の石がついてる。どこかの露天で買ったようなデザインだけど、持っているだけで力がわいてくる。魔法のかかった品なのかもしれない。
 ずっと前から用意してくれてたんだという事実が、衝撃だった。
「どうしよう……」
 わたしは、だって、忘れてたから。誰のプレゼントも買ってない……。

 明日は休もう。町まで出かけて、みんなへのプレゼントを買って。カフェラテにあげるためのものを納得できるまで選び抜いて、それから、日付が変わるまでに、渡さなくちゃ。
 知らず知らず頬が緩んでた。こんなふうにプレゼントをもらったのなんて初めてだった。しかもカフェラテに、だ。もっとクールなひとだと思ってたのに、この寒い中ずっと待ってて誰より早くプレゼントを、なんてこと考えたんだ。……わたしに。
 そっと扉を閉めて、ベッドに戻って、着込んだものを全部脱ぎ捨てて布団にもぐりこむ。眠気も寒さもどこかへ行ったまま帰ってこない。どうやってこれに応えようか、焦りと嬉しさでいっぱいだ。
 さっきと同じように時計を見上げると、針はてっぺんと真下をまっすぐ指していた。……思ったより長いことぼうっとしてたみたいだった。早く寝て、はやく……買いに行こう。あのあたたかさに見合う贈り物、大切なひとへのクリスマスプレゼントを。




[] | []

back menu


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -