輪廻の恋人
焦土と化した大地を見つめ、ソーンダイクは茫然としていた。リベアはその後ろ姿を無表情で見つめる。正気を保ったまま狂うのは、どんな気分なんだろうなと、思う。
「なぜ私を殺さない?」
怒りもあらわに振り返るソーンダイクに、小さく笑い返した。殺気も凄みもなくただ穏やかな表情に、また茫然とする彼をじっと見つめる。……見つめ続けて、どれだけ経っていたんだろう。
この世界にはもう何もなかった。リベアが殺し尽くし、壊し尽くした。神も人も建物も、なにもかも。あとは世界そのものが崩れ去るのを待つだけだ。
しかし実はもう一つ道があった。最初の二人になるのも悪くはない。それは未だ試したことがなかった。
「子作りでもしてみようかな」
「…………お前は、一体何を考えているんだ」
「私があなたを殺さないのはなぜだと思う?」
「それを聞いているのはこちらだ」
「あなたはなぜだと思うのか、知りたい」
ソーンダイクは黙り込んだ。聞くまでもない。彼に、分かるはずがないのだから。
返らぬものと分かりきっている答えを待たず、リベアは口を開いた。
「……私が女であなたが男だからかな」
「なっ!?」
最初はどちらも男だった気がする。いや、どうだったろう。どれが最初の記憶なのか、よく覚えていない。繰り返し繰り返し、永久に続く記憶の中で、世界を憎んだことはなかった。怒りを感じたこともなかった。誰も信じないだろうけれど、それがリベアの真実だった。
何度繰り返しても誰もリベアを覚えていない。ギグでさえそうなのだから、仕方がない。悲しみならあったが、さして重要なことではなかった。……神がどうだったのかは知らないけれど、きっと同じようなものだろう。次は聞いてみようか。
「……命を捧げる覚悟はできていたのに」
「そんなの覚悟じゃないよ」
捧げてしまった方が楽だからだ。世界が壊れたのはあなたのせいだと言えば、ソーンダイクはどんな顔をするだろう。私が壊れたのはあなたのためだと言ってみようか。
何度も何度も何度も、重ねるごとに大切になっていったのは、ギグだった。ダネットだった。仲間たちで、里のみんなで、出会う人々だった。
繰り返す記憶も苦痛ではなかった。だけど何度目かに、ふっと何かが切れてしまった。そして繋がる糸をすべて断ち切った先に、ソーンダイクがいたのだ。何度も何度も何度も、失い続けたあなたが、そこにいた。
「一度手に入れてしまったから……」
気づいたときにはもう、戻れなくなっていた。大切なものを捨ててまで欲しいものを知ってしまった。殺し尽くした果てに孤独があり、ギグを喰らう苦さを何度味わっても、それが堪え難い痛みを伴っても、あの半身とたった一つ共有できなかったもののために。
理屈も理由も必要ない。誰が一番大切なのかと聞かれれば、今でもギグだと答えるだろう。会いたいのはダネットだと。帰りたいのはあの隠れ里。共に生きたいのはあの仲間たち。
「……覚悟より体を捧げてよ」
軽やかに歩み寄り、ソーンダイクの肩に手をかける。戸惑いながら腰にまわされた腕がリベアの体を引き寄せ、唇が触れ合った。
苦痛を掻き消す強さで、リベアの中に舞い込んできた。心の内にあったすべてを破壊し、リベアを駆り立て続ける。
この記憶の途切れた先、リベアはまた同じ道筋を歩むだろう。先に待つのが孤独だとしても、そこで恋人に出会えるならば。
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