棺桶の中


 目が覚めたら、自分の上に何か乗っていた。しかし閉じた棺桶の中ではそれが何物なのか視認できない。
 とりあえず両手でぺたぺたと触ってみたところ。馴染みのあるような、ないような……微妙な感触。ともかく、ふにふにと柔らかくてぬくぬくと心地よい温かさを持つそれは、己に害を与えるものではなさそうだった。
 ひとまずの安堵を得て息を吐き、ヨードは朝の光を浴びそれの正体を確かめるべく棺桶の蓋を開けた。そこで見たもの、彼の上に乗っていたぬくぬくふにふにの正体は、
「おはようヨードさん」
 満面の笑みで自分を見下ろしている仲間の少女だった。こういう場合に取るべき正しい反応とはどんなものだ。
「なっ、と、ど、……な、!?!?」
 何してるんだとりあえずどけなんだこの状況は、と。言うべき言葉が同時に出てきて全て不発だった。
 渦中の少女は何をも気にすることなく彼に跨がったまま上体を起こし、大きく伸びを一つ。あああ柔らかいあれの正体が。
「う、うぬは一体そこで何を!?」
「何って、添い寝」
 添いすぎだろう。同じお墓に入りましょうとかを通り越して同じ棺桶に入っている。いや、問題はそこではないのかもしれないが。
 起きがけの非常事態にヨードは混乱していた。昨夜は何もなかった。眠った時には一人だった。そこのところ記憶は確かだ。
「眠ってる時くらい仮面とるのかと思ったのに、そのままなんだ」
 まあ、寝てる間に勝手にとるのは反則くさいからしないですけど。続く彼女の理屈はさっぱり分からなかった。仮面がどうのよりもまず年頃の少女として異性の眠る棺桶に忍び込むのは、異性が眠っていなくとも棺桶に忍び込むのはやめた方がよかろう。
 そもそも……彼女の相棒たるあの阿呆は何をやっていたのか。物理的に阻止できないにしろ何かしら抗議して止めようとはしなかったのか。己の肉体にと狙うからにはあの男に管理責任を問うても良いはずと、思えどしかし相手は先程から一言も発しない。
 仕方がないので目の前でというかヨードの上でにこにこと彼を見下ろす少女にその旨尋ねてみる。
 まず押し退けたいとは思いながら乱暴に扱えない──優しさからではなく筋力的な意味で──情けないヨードである。
「ああ、ギグだったら気絶してるよ」
「な、何故?」
「添い寝だけだって言ってるのに頑なに拒否するから、ちょっと過激なことを」
 過激なことって何。聞きたいけど怖い。自分に関係ないと思いたいがとりあえず我が身の安全を確認してみる。何も変わりはないようで安心した。しかし破壊神を気絶させる程のナニを致したというのだろうか、この狭い棺桶で。
「こういうベッドも、なかなか新鮮でいいよね」
「そ、そうか……?」
 ならば明け渡しても構わないのだが。ヨード自身、そこまでこの寝床を気に入っているわけではない。そこはかとなく居心地がいいのは確かだが、半分くらいは義理で使っているだけなので。
 気に入ったのならこれからはここで眠るがよいぞと、尊大さを取り戻し言い放とうとした刹那。何かが背筋を駆け抜けた。
「ダネットとなら何度も一緒に寝たけど、好きな人の胸を借りて眠るのってすごいイイよね」
 なんかもう脳味噌が全ての情報を拒絶し遮断していた。そのうっとりと怪しげな笑顔とかも。
「わ、我はうぬの寝台になってやる気はないぞ?」
「うん、いいよ。欲しい物は奪い取るから」
 今まで何かを守るために強くなりたいと願い続けまた空振り続けてきたヨードだったが、この日の出来事が過去最高に向上心を芽生えさせた。己の貞操を守るために、強くならねば……。
 今日はまず棺桶にカギを取り付けることから始めよう。




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