パートナー


 やつが跳ねるのに合わせてひらひらとバンダナが揺れる。ぼけっとそいつを見てると、端に泥汚れがついてるのを見つけた。
 もっと遊ばせろとうごめくのを押さえて赤い布切れを外し、適当に洗い終えて窓辺に干す。そこで我に返った。
「何やってんだオレは……」
 虚しい独り言に、足元から視線が返される。お前よう、オレんちの犬じゃないだろ? ……犬を相手に目と目で会話なんて、とんでもなく変だ。
 こいつは元々クレアの犬だった。というか今でもそうだ。朝一と晩に訪れて餌をやり、浜辺に連れ出してフリスビーを投げてやったり。
 世話はクレアがしっかりやってる。オレがすることと言えば、時たまホアンのやつに押し付けられたボールで遊んでやるぐらいだ。
 部屋の中で粗相することもないし、無駄吠えもしない。迷惑なことは何もなかった。しかし……なんでオレん家で飼ってるんだよ。

「こんにちは、お邪魔します!」
「お、おう」
 仕事の時間まで半端に余って、手持ち無沙汰……そういう時に狙ったようにクレアが来る。本来の飼い主の登場に大喜びで駆け寄る忠犬に、愛がないわけないだろって笑顔を向けた。
「ミケ〜、5時間ぶり。元気?」
 なあ。前から思ってたが犬にミケはないだろうよ。いやまあ勝手だけどよ。どっこも三毛じゃないし……、だからってニケなんて名前つけられても、どんな顔すりゃいいのか困るか。
 クレアに、聞いてみたいが聞けずにいる。名前のことじゃなく。「なんでこいつ、オレん家に置いて行くんだ?」ちょっと答えが怖いんだよな。
 まさか邪魔だからなんてこたねえだろう。始めはそうかと思ったが、実際この可愛がり様を見てると分かる。ちゃんと愛情を持っている。
 だったらなんでだ。妙な答えが返ってきたら、クレアに対する印象──若い女が突然牧場なんぞやらされて、しょげるでも拗ねるでもなく一生懸命やってる──好感が、ひっくり返されたら嫌だ。

 ああそう、嫌なんだ。せっかく根性のあるやつと知り合ったのに、クレアの評価が下がるのが不満なんだ。だから頑なに、理由も聞かないまま流してる。
「ザクさん、釣竿ありがとうございます。あれで結構収入増えたんですよ!」
「ん、ああ。役立ってんならオレもやった甲斐があるぜ」
 実際ここんとこ魚の出荷が増えてる。牧場の仕事にしろ釣りにしろ、こいつはすぐにこなれて成果をあげていく。しかもそこで妥協せずに更に上を目指して。恐ろしいやつだと思う。どっからそんなパワーが沸いて来るのか。
「お前、頑張ってるよなぁ……」
 なのに、なんでだ。どうしてミケと一緒に頑張らないんだ。犬ってのはパートナーだろ。ずっと家で一緒に暮らした方がいいに決まってる。

「ザクさん、私のこと買いかぶってる」
 謙遜かと思った。だがクレアの穏やかな目を見る限り、今のは会話じゃないって気もした。どっからか飛んできた脈絡のない言葉だ。オレに向けたものじゃない、ただの独り言。
「……暗くなる前に皆を小屋に入れないと。番犬もいないし」
「だったら連れて帰ってやれよ」
 思い返せば、クレアがこいつを置いて帰ってから、この件に関して実際に口にしたのは初めてだ。
「ミケは……ここで仕事があるから」
「へっ?」
 オレこいつに何かやらせてたっけか、と首をひねってる隙に、クレアとミケが「ねー」とか言いながら通じ合っていた。何なんだ。
「ヒントは、懐柔です」
「……か、怪獣?」
「犬は人生のパートナーだって、言ったのはザクさんですよ」
 いや、さっき正にそれを言ったがな。心の中で。だのになんでオレん家に置いてくんだ? お前のパートナーをよぉ。
「それじゃあ、また回収のときに!」
 相棒の頭を一撫でした後、クレアは入って来たときより嬉しそうな顔で部屋を出て行った。自分の家だってのに何故か妙に居心地が悪い。何気なく横を向くと、まだ分からんのか? って視線を感じた気がした。

「……お前のご主人様は何考えてんだか分からんなぁ」
 ごまかし半分で頭を撫でようとしたら逃げられた。おいおい、なんだその溜め息でもつきそうな顔は。
 今日はこいつも連れて行こうか。次はオレがクレアの牧場に置き去りにしたら、次はどうする気なんだろう。




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