回復魔法


 白魔法を手に入れれば何でもできると思っていた。傷つくと分かっていながら旅立つ背中を、力無く見送ることもなく、追いかけて……そばにいて、大切なひとをこの手で守れるって思っていた。
 くだらないと一笑に付されるまでは確かに、白魔法の偉大さに浸っていたのだけれど。
「お前は癒し手か、それとも白魔法の下僕か」
「どういうこと?」
 問い返したわたしに、スカルミリョーネはいかにも馬鹿にしたような笑みを浮かべて答えた。

「その力が万能だとでも思っているのか。神聖なものだと? 光に照らされれば焼け死ぬものもいるのだがな」
 白魔法はアンデッドには効かない。それどころか害になるなだと講義で聞いた。白魔法は神聖なもので、不浄なる者はその力に耐えられないから。悪に対する裁きなのだと。
「……あなたみたいな者を滅するなら、やはり神聖な力だと思うわ」
 でも例え相手がアンデッドモンスターだとて、己の身を守るためだとて、誰かを傷つけていることには相違ない。
「そうかもしれんな。所詮は貴様に敵対するものを滅ぼすための力だ。白魔法も、」
「黒魔法と変わらない」
 吐き捨てればアンデッドは愉快そうに頷いた。
 守るだけの魔法ではないんだ。……そんな“力”はあり得ない。見てくれだけ傷を治してみても痛みが消えるわけじゃない。戦う力は手に入れたけれど、わたしが求めていたものじゃなかった。
「安らぎになりたいと思っていたのよ……」
 わたしは愛するひとを守るために白魔法を欲しがった。けれどもしも彼がアンデッドだったらどうだろう? 生ける屍のように暗黒の道を行き、神聖な力に照らされることに苦しんでいたら。
 聖なる光は弱い心を容赦なく照らし出し、打ち据えて、戦いへと駆り立てる。弱者をいたぶって何が正義だというの。

 ぶつけるべき言葉もなく黙って部屋を出た。スカルミリョーネは追ってこなかった。ただ、数刻後に戻ってみると、彼はじっと同じ場所に立ち尽くしたままわたしのいたところを見つめていた。
 わたしもまたその場に戻り、手に入れてきたものを彼に差し出した。
「……何だそれは」
「ラム肉のローストよ」
 家では調理場に入ることさえ許されなかったから、料理を覚えたのは城に勤めはじめてからだった。魔道士団にはいろんなひとがいた。こうして思い返せば、教わったのは魔法だけじゃなかったわね。
「いや、どういうつもりか、という意味だが」
「食料庫に行ったらマリネと塩があったから」
 新鮮な魚も、値の張る香辛料も、肉もパンも酒も、この塔には意外なことに豊富な食料が蓄えられていた。きっとろくでもない手段で奪ってきたのだろうとは思うけれど、ゴルベーザはわたしがそれに手を出しても文句一つ言わない。おかげで食生活に関してはどうしようもなく恵まれていた。

 立ち尽くしたきりのスカルミリョーネに、なおも強く皿を押しつけた。
「食べてよ」
「なぜ私が?」
「あなたのために作ったのだから、あなたには食べる義務があるの」
「理屈に合わんな」
 腑に落ちない顔をしながらも肉に手を伸ばすのを見て、なぜだかほっとした。
 急いでたし、味つけは最低限。下ごしらえをしたのはゴルベーザだから、厳密にはわたしが作ったとも言い難いけど。
「美味しい?」
 アンデッドには味なんて分からない。それは生を感じるために舌が伝えてくるものだから。そう分かっていたけど尋ねた。スカルミリョーネはもそもそと口を動かして、微妙な表情で「まあまあだな」と呟いた。

「いきなり、何なんだ……何がしたい」
「あなたに手料理を食べさせたかったのよ」
 傷つかずに済めばいいって思っていたの。こだわってたのは白魔法じゃなくて、二人ですごす平穏だった。
「魔法に頼らなくても誰かを癒すことはできるわ」
 叶うならこの身まで血肉となって、彼の力になりたいの。

 スカルミリョーネは黙りこんだまま、皿の上の肉を残らず平らげた。相変わらずの仏頂面にほんの僅かな優しさが垣間見える。無意味と嘲らずに応えてくれる。けっこう、やさしいひとね。
 アンデッドさえも癒せるようになればわたしは、今度こそ守れるかしら。力で押しきるのではなく、闇の中でもただそばにいて支えてあげられるかしら。

「……美味しい?」
「くどいな」
「塩が多すぎたかもね」
「お前の話だ」
「それで、美味しい?」
「うまいと言うまで続ける気か」
「美味しい?」
 わたしを見下し嘲笑していた顔はどこへやら、ぐちぐち文句を言いつつもスカルミリョーネは困り果てて一言。「おいしい」と言ってそっぽを向いた。




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