苗を植える


 町の中央部に石像の残骸を見つけた。砕かれてえぐれた顔はそれでもまだ美しい。空から見たときに大きな噴水があったのは分かったけど、こんな飾りがついていたとは知らなかった。
 きっとこの女神像の前でいろんな思い出が生まれたんだろう。もう、誰も彼女を見ない。私たちがすべて壊してしまったから。
 操縦席の片隅に隠してあった苗を取り出し、傍らに置いて穴を掘った。儀式めいたこの行為がいかに無意味か当初はしつこく言われたもんだけど、さすがに諦めたのか彼も今は文句をしまいこんでいた。
 暴虐の果てに残されるのはだだっ広い荒野だ。虚ろな風景。何も育むことのない死んだ世界。私たちは何を為しているんだろうって、考えてたら戦っていられない。だから私は黙りこむ。黙って何も考えず、戦闘機械のように粛々と命じられた事をこなすだけ。
 私たちは機械だ。そうでなければならない。
 ではどうして私たちは、苗を持ち歩くんだろう。

 傍らに佇む愛機をちらりと盗み見た。その強大な破壊力に反して丸みを帯びた優しげな外見、色は相応に無愛想で、真っ黒な表面が太陽の熱を吸って陽炎を立ち上らせている。これが私の相棒、気温が上がるとすぐに故障するへなちょこだ。
「暑くはないのか?」
 無人の操縦席から声が響いた。これは“彼”の声。戦闘機がしゃべった! なんて驚く時期をとうに過ぎた私は、彼の機体と同じ色の髪をかきあげる。……石鹸のにおいでもすればよかったのに、土と埃と油の混じった何とも男臭い空気が舞った。
 今さら落ち込むことでもない。
「黒は熱をよく吸うという、俺のカラーを変えてもらいたいものだな」
 ここ最近、砂漠地域での戦闘が増えていた。不毛な土地にしがみついて必死に生きる人々が彼の銃撃にさらされて死んでゆくのだ。私の髪も太陽の熱を溜め込んで……思考をぼやけさせている。
「日差しを遮るものがないから」
「皮肉か」
「そんなつもりじゃない」
 かつては街路樹がたくさんあって涼しげな木陰を作り、暑さを紛らわせる冷たい飲み物を出してくれる店だって並んでいた――のだと思う。今はもう何もかもが残骸でしかない。

 暑さでイラついてきたのか、彼の声に普段は見えない感情が揺れる。合成音声とは思えない表情豊かな声だとしみじみ思う。
 戦闘機が人語を解するのは不思議なことだろうか。私たちにはもはや常識だった。彼は人間の言葉を理解し、自在に操り、乗り手たる私よりもよく……思考する。人格があるのだ。それにともない感情も持っている。
「ああくそ、今なら翼で目玉焼きを焼けるぞ」
「焼きたいの?」
「……熱いものを見たくない」
 なら言わなければいいのに。あまり美味しそうじゃないなと想像した光景に笑みがこぼれた。
 自ら思考し行動する。彼らは、私たち乗組員よりもよほど生きている。果ての果てまで敵を追いつめてすべてを焼きつくし、地上の命をみな灰に帰すまで戦い続けるために、強い感情を有していた。
 対して私はただの枷だ。彼の火が、燃やしてはならないものを燃やさぬよう引き留める、それだけのもの。
――私は機械。

 苗を植えて土を被せる。顔を出した儚げな芽は木になるまで育つだろうか。いつかここに訪れる誰かが、焼けつくような光を避ける助けになるだろうか。
「……水のあるところへ行こう」
 塞ぎかけた気持ちを奮い起たせて軽く彼の翼を叩いた。ジュッと小さな音がして、食欲をそそるいい匂いが。
「今その話をしていたのに俺に触れるとは。さすが馬鹿だな」
「でも私は熱いを通り越すと痛いんだっていうあなたの持たない知識を得た」
 そんなもの欲しくないと不満げにエンジンをふかす彼。翼に足をかけ操縦席に飛び乗ると、土煙をあげて機体は空へと舞い上がる。眼下に見たあの苗は、存在を感知できないくらい小さかった。




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