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 ゾットの塔でゴルベーザと対峙したときからずっと、頭の奥で鳴り止まない音がする。囁くような静かなそれは意識の奥深くで波打って、耳を塞ぐこともできず乱され続けている。……なのに、聞き取ろうとしても、届かない。
 あれは言葉だろうか。誰の言葉だろうか。……なぜ奴は、あの時僕にとどめをささなかった。なぜ今、サヤを……。

「ひっひっひっ……」
「……サヤ、怖いよ」
「もう、なんか、やだ。なにもかも嫌だ」
 壊れたような笑顔が胸に刺さった。目の前の少女には傷ひとつないのに、一生かけても治せない痛みを残してしまった気さえする。
「なんなのあれ。わたしって何だったの? あんな、まるで、わたしが始めから」
 ――始めからいなかったかのように、振る舞った。ゴルベーザの殺意も憎悪も、彼女には向けられることなく、傷つき倒れて、それでもクリスタルを奪い去ったあの瞬間まで……ゴルベーザがサヤを見ることはなかった。
「……」
 怒りとも悲しみともつかない笑みを浮かべるサヤ。ゴルベーザが現れたときには、これが別れになるのかと思ったけど……。
 サヤの存在は、なぜ奴の視界に映らなかった? 裏切り者として切り捨てられたのか。だけど……その強大な力は、一度たりとも彼女の命を掠めなかった。故意に無視していたのならば、それはつまり……。

「わたし、セシルたちから見たゴルベーザがどんな人か、知ってたんだ……」
「それはどういう……?」
「わたしが一緒に過ごしたゴルベーザと、ああいう怖いだけの黒い甲冑は、ぜんぜん違うけど……どっちもゴルベーザなんだって、わかってたのに。受け入れられるはずだったのに!」
 サヤの声が怒りに染まっていく。不思議なことに、その怒りが僕の心に落ち着きを取り戻した。音が掻き消される。
「ムカつく! わたしなんか裏切ろうがどこにいようがどうでもいいって言われたみたい。話も聞いてくれないなんて。……一発ぶん殴ってやればよかった!」
 徒手空拳でゴルベーザに立ち向かう姿を想像して妙な気分になった。何の力も持たず真正面から挑まれたら、ゴルベーザはどうするんだろう。……この先サヤが僕らと共にいるなら、有り得る未来だ。だけど……あまり望ましいことじゃない。

「……やっぱり、バブイルの塔にもついてくるのかい?」
「……いまさら置いてくの?」
「ち、違うんだ! ただ、もうこれ以上……」
 彼女は僕らとは違う。ゴルベーザと対立したいわけじゃないのに。無理やり巻き添えにしている気がしてならないんだ。
 あの音は言葉だろうか。だとしたら、サヤを返せと、言ってるんじゃないのか。あるべき場所に……。
「仕方ないよ。もう逃げられないんだ。……セシルのせいじゃないから」
 僕のせいではないと、サヤはたびたび口にする。初めて会ったときの悲しみを打ち消すように。その言葉が『わたしのせいだ』と響いて、余計につらくなる。

「……ゴルベーザは……君に、敵対するなと言ってるんじゃないか。立ち向かってくるなと」
 君を傷つけたくないから。
「セシルの解釈は優しいね。でもそんな深く考えることないよ」
 ……そうだろうか。たしかに僕が言うべきことでもないけど、サヤの方こそ、もう少し深く考えた方がいい気がする。彼女が一体、どの位置にいるべきなのか。
「あんなのただの嫌がらせだよ。……わたしに対してじゃないけど」
「え?」
「……セシル、あのさ……」
 何かを訴えようとして、途中で口をつぐんだまま、サヤは困ったように僕を見る。そこにもう怒りはなかった。言葉の意味がわからない。また音が鳴りはじめた。

「ゴルベーザにはわたしが見えなかったんだよ……ただそれだけ。誰にとっても、意味なんかないんだ」
 つぶやかれた音は、もうすべて諦めきったように清々しい。その調えられた美しさが悲しかった。

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