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 アガルトについた時には夜になっていた。束の間の休息をとり、装備を調え、明朝には北の大穴より地底に向かうことになる。
 この場所を見つけたのはサヤ殿の進言があったからだという。彼女は自らをゴルベーザの配下であると公言し、にもかかわらず我々に協力することも拒まない。こうしてクリスタルを守るための道筋を示してもくれる。勿論、罠である可能性もあるが……。
 何を考えているのか分からず不安ではある。だがそれよりも、こんな小さな子供があの邪悪な男に従っている事実に憤りを感じた。
 操られていたわけではないとサヤ殿は言うが、それは果たして真実だろうか。私自身が記憶を失くし、バロン王を騙る魔物に従っていた時も、自らに疑念など抱かなかった。自分の意思で行動していると確信しながら、その実精神の隙を突かれ良いように操られていた。
 彼女もそうなのではないか。望まぬ道を歩まされているのではないか。だが今のサヤ殿がゴルベーザのもとに戻りたがっているのもまた事実だ。
 明らかに正気を失っている様子なら目を覚まさせる方法もある。しかし彼女はおそらく正気だ。例え騙され操られていたとしても、それに気づいてなお、奴のもとに帰ろうとするだろう。何故、と……考えることは、この少女を傷つけるだろうか。
 理由もなくゴルベーザを慕う存在がある。それは私達には苦しい。……テラ殿がおられれば、互いに深い傷を負っただろう。

 他の者は皆、買い物や食事のため外に出ている。傍らで休息をとるサヤ殿と目が合った。妙な愛想笑いを浮かべた次の瞬間僅かに落ち込んだ、彼女もやはり居心地の悪さを感じているのだろう。
 セシル殿やローザ殿とならば気負わず会話ができるようだ。それは分かるが、カイン殿とさえ気まずそうにするのは何故なのか。
「あ、の〜……こんなこと、聞いていいかわからないんですけど、」
「む……何か?」
「ヤンは、操られてたときの気持ちって、覚えてるの?」
 突然の質問は、私が思い耽っていた事柄に似ていて驚いた。
 操られていたのだろうか。……自分の意思で動いていた。何故そうしようと思ったのかも覚えている。あの時は心からセシル殿を悪と思い、拳を向けていた。
「うむ……。覚えてはおりますな」
「そっか……忘れちゃうわけじゃないんだ……」
 カイン殿のことだろうか? 二人が接していたのは彼がゴルベーザに操られていた間で、サヤ殿の中で何かしらの齟齬が生じているのかもしれない。
 私には答え難い疑問だ。彼に施された洗脳とではおそらく根本的なものが違う。人格が変わるわけでもなく心が消えるわけでもない、箍が外れるだけ……苦悩は、カイン殿の方が余程深いだろう。

「失礼だったら、ごめんなさい。……ヤンは、正気を失ってた間のヤンも、自分だって思える?」
「……それは、」
 即答できない私はまだ修養が足りないのだろうな。認めたくはない。容易に自我を奪われたという敗北感はもとより、そもそも感情が残っている。仲間であるはずのものを侮蔑し、殺すべきだと思い込んでいた、その意思を……まざまざと思い出すことができてしまう。
「私自身であったとは認めたくないが……、屈服した弱さも含めて、あれも私に違いないのだろう」
「……ひどいもんだよね」
 何に対する『酷い』なのかは分からなかった。私が彼女に感じている距離よりも、彼女がこちらに見ている距離の方が、余程遠いようだ。

「私も一つ聞いてよろしいか?」
「はい」
「ゴルベーザに立ち向かおうと思ったことは、一度もないのか」
「ありません」
 その即答は考えなしのものではなく、むしろ真逆の……何度も何度も、考え抜いた末の言葉なのだろう。では、考えたことがあるのだ。ゴルベーザに立ち向かうべきではないかと、考え、そのうえで従うことを決めたのだろう。
 迷いも葛藤も、すべて正気のまま受け止めている。何故平気なんだ……? 逃げ場がなくて、つらくはないのか。悪辣さを理解しながら、なおも慕い続けるのは。……事実上やつを裏切り、我々に協力するのは。

 扱いかねる。敵とも味方とも言い切れない、この少女の立場が分からない。サヤ殿が私達の味方となり、その拳がゴルベーザに向けられる事を……最上だと思えない。

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