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名前

 ものすごく根本的な問題ではあるけど、とっても重要だからしっかり覚えなきゃいけないことがある。与えられた部屋の床に座り込んで、事実の再確認。
「最初が土、順番に水、風、火」
 ローブを着てるのがスカルミリョーネ、カメみたいな青いのがカイナッツォ、綺麗なお姉さんがバルバリシア様で、赤いマントの人がルビカンテ。うん、覚えてる。
 他にもいたかもしれないけどはっきりは思い出せないや。でもせめて関わりの多そうな例の……「ゴルベーザ四天王」の人達。あれだけは把握しとかなきゃね。で、もっと問題なのは。
「ゴルベーザ……四天王……」
 これはまあいいか。ちょっと微妙な気持ちにはなるけど平気かな。
「……す、スカルミリョーネ……うわー」
 何だろうこの変な気持ち。今まで一切口に出したことがない、ってこともないと思うんだけどな。会話の流れで「四天王のあいつがさあ、」なんて。だけどここはいわゆる中の世界だ、勝手が違いすぎる。
 会っちゃうんだよね!? っていうか既にゴルベーザと、顔は見てないけどゼムスに会っちゃってるし! 四天王にもその内どっかで出くわすはずで、そうしたら面と向かって名前を呼ぶんだ。

 ゲームキャラ、それもモンスターの名前を本人に向かって呼ぶのって。……な、なんかすごーく微妙な気分だ。芸能人に会った時とも違う。変な気恥ずかしさ?
「……はぁ」
 ため息ついて深呼吸。ゴルベーザの時には事態への混乱もあって普通に名前呼んじゃったけど、今度は冷静なまま呼ばなきゃいけないこともあるはず。あえて名前をスルーって方法もあるけど、それもなんかヤダ。
「スカルミリョーネ、カイナッツォ、バルバリシア様、ルビカンテ」
 馴染みのない響きと言いにくさも相俟って、いざ相手を目の前に噛まずに呼べるか心配だ。ちゃんと口に覚え込ませとかなくちゃ。
「スカルミリョーネ……」
 でもやっぱり恥ずかしいな。なんでだろう? ただの外国人だとも思えない、いかにも人間じゃないですよって響きのせいかも。ゲームの登場人物に呼びかけるっていう非現実的なことを、現実に行う違和感。でも今は現実なんだもんね。

「カイナッツォ」
「何だよいきなり」
「うわああっ」
 急にかかった声にびっくりしてひっくり返った。振り向いた先にはカメ。ええっとこれはええっと、
「カイナッツォ!」
「だから何なんだっての」
 あ、指差しちゃった。まあいいや、モンスター相手に失礼も何もない気がする。大体いきなりなのはそっちだよ! ドアも何も開かなかったのにどうしていきなり後ろにいるのかな。ここ、プライバシーないんだったら嫌だなあ。
「お前がサヤか。想像以上に普通だなぁ」
 なにそれ安心してるのか不満なのか。最初から普通だって想像してたなら、もうゴルベーザから話がいってるんだよね。どう紹介したんだろう。

「ここに寝泊まりするのか」
「あっ、はい、うん。場所も手頃だからってゴルベーザが」
「まあゴルベーザ様の部屋も近いしな」
 今はもう何の変哲もない、少し前までは床いっぱいに魔法陣が広がってた部屋。怪しげな気配が消えてみればもうどうしようもなく普通な部屋になってる。何も無いしゴルベーザもいないから、寒々しい印象はあるけど。
 そっか、ここからゴルベーザの部屋まで近いんだ。それだけでも安心する。刷り込みなのかもしれないけど、とりあえず一番頼れるのはあの人だもんね。っていうか他に頼ってよさそうな人、いるのかどうかもわかんないし。
 部屋を見渡すカイナッツォは気まずそうで、わたしと目を合わせようとはしない。ああ、あっちも戸惑ってるんだ。そう思えたら少しだけ肩の力が抜けた。そうだよね、いきなり人間が転がり込んできたら扱いに困るのも仕方ない。

「……何もねえな、ここ」
「あ、うん。後で用意するって言ってたけど」
 そういえば敬語使った方がいいのかなぁ。別にいいよね、ゴルベーザにだってタメ口なんだし。
「あの、カイナッツォ」
「何回呼ぶんだ。……何だよ」
 うう、やっぱり一回や二回じゃ慣れそうにないや。口に出して言う機会がなさすぎたんだもん。ポーションくらいなら話題に出ることもあるけど、銀の砂時計とか実際に言ったらマニアックだよね、ってそういう感じ。
「えーっと、わたし外に出てもいいのかな」
「知らねえ。何も言われてないならいいんじゃねえのか」
「ちょっと外も見ときたいんだけど……」
 そもそも、ここって何処なんだろ。あんまり詮索しちゃいけないのかな。わたしはどこまで知っていいの? うー、ゴルベーザどこ行ったんだろう。

 頼りないご主人様(仮称)にイライラしてたら、いつの間にかカイナッツォがわたしを凝視してる。座ったままだと目線の高さが合うけど立ち上がったら見下ろしちゃうね。でもそこはかとなく感じる偉そうな雰囲気が身長差を消す予感。
「な、何? 外を見るってべつにちょっと探検したいだけで、後ろめたいことはないよ?」
「ああ、いや。厠なら突き当たりにあるぜ」
「違うし! 変な気を回さなくていいから! でもありがとう」
 切羽詰まって申し出たんじゃないのに勘違いされた。まあ有益な情報だからいいけど! トイレも近いんだ。よかったー探してる時に迷子になったらいろいろと悲惨だもんね。お風呂もあると嬉しいな。
 っていうかつまりゴルベーザの部屋が近いのもそのため? 人間しか使わない施設、だからわたしもここにまとめられたのかぁ。
「カイナッツォ、達も部屋持ってるの? 同じエリア?」
「滅多に使わんがな。この階層だが一旦下に降りなけりゃ渡れねえよ」
 なんかややこしそう。ああそっか、ダンジョンなんだ、ここ。ボスの根城だもんね。
「後でカイナッツォ達の部屋も知りたいな」
「……さっきから思ってたがお前、無理矢理オレの名前呼ぼうとしてんだろ」
「うっ……!?」
 い、意外と鋭い。カメのくせに。
「お、覚えられないわけじゃないよ」
「なんか知らんが欝陶しいぞ、サヤ」
 ああカイナッツォのお陰でこっちが呼ばなくてもわたしの名前を呼ばれるだけで同じような気分になるのがわかったよ。……慣れなきゃ!

「ま、外に行くなら止めんが、まず間違いなく迷子になるだろうな」
「なにそれ脅し? 大人しくしてろってことなの」
「察しがいいじゃねえか。どうせテレポも使えねーだろ」
「とりあえず馬鹿にされてるのはわかった」
「何しに来たのかはどうでもいいが、身の程知って余計なことはすんじゃねえぞ」
 危ないから変なとこ出歩いちゃダメだよ、って脳内変換しとけばいらつかないかも。何しに来たのかなんてわたしが知りたいよ。むしろそれを探しに外に出たいんだ。
「……カイナッツォ」
「何だよ、サヤ」
 呼ぶことも呼ばれることも、気恥ずかしさや違和感なんてなくしてやる。この何もない部屋もわたしの色に染めてやる。また肩に力が入った。だけど今度は緊張してるわけじゃない。

 何すればいいかなんてわかんないけど、わたしはここで頑張る! でもとりあえず今は、そう。
「トイレってどっちの突き当たり?」
 笑うなこのカメ! 場所聞いたら行きたくなってきちゃったんだから仕方ないじゃん!

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