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希望の淵

 生きてる限り考え続けなきゃいけないんだ。これからどうする? わたしはどうしたい? ……すごく疲れた。お風呂に入りたい。なにもかもぜんぶ洗い流して新しく生まれ変わりたい。お手軽に。

 ローザに引きずられてテレポして、たどり着いたのはバロン城のわたしの知らない一室。なんか、わたしの部屋にも似てる気がする。きれいな風景画、いま摘んできたみたいな生き生きした花、隅々まで掃除が行き届いて、ベッドには洗い立てのシーツが。景色は違う。だけどそこに込められた気遣いが、同じなんだ。この部屋に帰っておいでって、誰かが願ってる。その証。
 決定的に違うことも思い出しちゃった。わたしの部屋は……もう、ないんだ。小さな箱の中に、たくさんのものがつまってたのに。

「まずは一息つけますな」
「にせもんの王も倒したしな、ここなら安全じゃ」
「はいNGワード出ました〜」
 思いの外、刺々しい声が出た。オッサン連中がぎょっとしてわたしを見てる。心が荒む。いろんなもの吐いちゃいたい。ねえ、元気を取り戻すための時間くらいくれませんか。生きるための気力がもう残されてないんだよ。
 復讐のためにゴルベーザに立ち向かって死んだ。テラは愚かだった? その命は美しかった? 質問のかわりにわたしもセシルに挑んで死んでやろうか。……そんなことできるわけないじゃん。
「バロン王のこと大事だったよね。カイナッツォを憎んでる?」
 セシルの眉間に不快そうなシワが刻まれる。似合わないよ優男。
「もしそうなら、わたしもセシルたちを憎んでいいよね?」
「サヤ」
 咎めるような声はローザのもの。シドとヤンは年甲斐もなくうろたえるばっかり。カインは何も口出ししない。そう、それが一番正しい態度。いまのわたしに何を言ったって無駄だよ。ちょっと黙っててよ。

「べつに、憎みたいわけじゃないよ。そんなことはできれば避けたい。でも、わたしにも大事な人がいたんだよ! ずっと一緒にいたかった! それを、みんな……っお願いだからさ、わたしの前で、もう二度と……もう、」
 声も体も震えてる。何が言いたいんだか自分でもよくわかんないよ。セシルたちが悪いんじゃない。わかってる。でもそんなことわかってたって無意味だ。
 些細なことなんだよね。ただわたしが、光よりも闇のそばにいた。それだけのこと。もしも逆だったら今この苦しみはありえなかった。……でもどっちだって同じことだよ。
――殺して殺されて、憎み合うように生まれついたんだ。
 それに痛みを伴わないなら、わたしだってモンスターになりたいな。人間なんて……つらくてめんどくさいばっかりだ。シドと目が合った。ゴーグル越しのすまなそうな目。

「……君に謝ることはできない。失ったのはどちらも同じだ。でも、僕らが敵とする者たちを大切に思う人がいる……そのことは覚えておこう」
 わたしには誰かを許す強さも、憎みきる弱さもない。どっちつかずな心が揺れて、クラクラする。もういい。ぜんぶわたしが悪いんだ。
 ヤケクソになってる? それがどうかした? 知ったこっちゃないもん。これが一番、楽な結論なんだ。
「これからどうすんの? ……わたし、ついてってもいいの?」
 セシルは少し考えてからローザを見る。ローザは黙って頷いた。目と目で会話。それが可能になるほど濃密な時間、誰かと過ごしたことあったっけ。
「先のことは、これから考える。だけどいいのかい? 僕らについてくるなら、君の大切な人たちと敵として対峙することに……」
「誰とどこで何をしてても、わたしはゴルベーザたちの敵になんかならない」
「……分かった、一緒に行こう」

 セシルの口調と態度が少しずつ柔らかくなってくる。その許容量の大きさがムカつくし羨ましい。わたしは、まだだめだ。今は憎まないのが精一杯の好意。
「あの、でも……べつにセシルたちの敵になる気も、ないから」
 ほんのちょっとずつでも強くなれる? 生きてるのがつらい。だけどそんな悲しいことばっかり考えてるのは、やだよ。

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