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煙管

 ここ数日の気鬱が晴れたわけではないようだが、町に出たことで少しは機嫌がよくなったらしい。塔に帰る頃にはサヤにもいつも通りの笑顔が戻っていた。
 私達の方では隠し通しているつもりでいる。だがもしかするとサヤは、薄々気づいているのかもしれない。縮まった距離の分だけ知らずにいるのが難しくなっていた。
 互いに素知らぬふりをしているとすればとんだ茶番劇だな。……それでも、演じる当人は必死なのだから仕方がない。ゴルベーザ様も、私も、バルバリシアも……サヤも。
「ねえルビカンテ……」
「ん?」
 何か訝しそうにしながらサヤが私の手の中のものを突いた。考え事をしながら無意識に弄っていたらしい。
「どうしたのそれ、煙管だよね」
「煙管? ……ああ、ただの拾い物なんだが」
 そう答えると益々不審そうな表情になった。何故だろう。確かに厳密に言えば拾い物とも違うのだが、まさか見透かされているのか? ……持ち主が落としたのを拾いあげたところまでは事実なのだから、まるっきり嘘でもない。
「ど、どこで拾ったの?」
「……町の入口で」
「入口で?」
「そうだ」
 念を押すように強く頷くと、彼女もまたつられるように頷いた。私が町に入っていたことを知られると少し厄介だ。人のいる場に連れて来てはならないということになっている。今回は、特別だ。
「町の奥の方〜じゃないよね? 裏通りとかじゃないよね? いやべつにいいんだけどさ、どこに行ってもルビカンテの自由だけどね!」
「サヤ……何の話をしてるんだ」
「ううぅ、なんでもないです……聞かなかったことにして」
 何を赤くなっているんだろう。どうも私が案じていたのとは違う方向で疑われているようだ。

 警戒心の強い国の中、魔物の紛れ込める場所など限られている。そこに連れて行けと言われたらどう言い訳すればいいのか。私が入れるぐらいならついて行っても構わないだろうと、サヤに詰め寄られたら私には返す言葉がない。
「持ってみてもいい?」
「ああ。重いから、気を……」
「うっ」
 気をつけろと、言い終えるか否かで受け取ったサヤがガクリとうなだれた。いくらなんでもそこまで重くはないと思うのだが。支えようと手を出すと、うんざり顔で煙管をこちらに返してくる。
「重すぎ……、どうやって吸うんだろ……」
「吸うのか?」
「煙草吸うやつでしょ?」
 そうだったのか……。やけに大きくて重く、手間もかかりそうだ。何もわざわざこんな物を使わなくとも、もっと利便性の高いものがあるだろうに。人間というのはよく分からないな。手間をかけるほどに愛情が高まるのだろうか。
「サヤも使ってみるか?」
「えー、わたしはいいや。ルビカンテがどうぞ」
「私は使い方を知らないんだ」
「わたしも知らない」
 ならどうしたらいいんだろう。ゴルベーザ様にでも聞いてみようか。しかしあの方も嗜好品には詳しくなさそうだな。
 再び手の中に舞い戻った煙管を見つめる。……先端に血がついていた。サヤは気づいただろうか。きっと、無意識に気づかないよう努力しているのだろう。
「ゴルベーザにあげたら素顔見れるかなー」
「……それはどうかな」
 妙に、思考の辿り着く先が似通っているな。考えている事は違うはずなのに。今更そんなことで素顔は曝せまい。難儀なものだ……。

「煙管ってね、不正乗車の代名詞なんだよ」
 サヤの世界の話だろう。異なる世界でありながら同じようなものが存在しているのは不思議だ。かの世界にも人間はいるが、魔物は……存在しない。
「不正乗車というのは?」
「乗ってちゃいけない人が、最初と最後だけごまかして、そこにいること」
 知りたい、近づきたいと無邪気に駆け寄ってきた。今はもう、同じではいられないらしい。
「……拾ったはいいが、私達には不要なものだな」
 恐らくサヤの言うものとは別物だ。この重みは明らかに、殺傷力を秘めている。
「じゃあ捨てる?」
「いや……」
 必要ないからと、今更切り捨てることができようはずもない。
「私が持っておこう」
「いらないのに」
「必要がなくても、なくてはならないんだ」
「なんだそりゃ」
 君は本当は知っているんじゃないかと、問い詰めてしまえばそこで終わる。……何が終わるんだ? 最初と最後をごまかして、それに気づかれてしまった後は、どうなるんだ。
「……私はまたしばらく戻って来れなくなる」
「そっか。行ってらっしゃい」
「ああ」
 そういえば、どこへ行くのかと聞かれたことがなかったな。貫き通せない嘘だと始めから分かっていた。まだ演じていなければ……、それを望まれているなら。

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