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下駄

 見慣れない顔立ちの少女が履物を飛ばして遊んでいた。服装を見るとバロンからの旅人のようだが、そこいらの土産物屋で買ったとおぼしき観光客向けの派手な下駄は男物で、服にも顔にも体にも不釣り合いだった。
「こら、誰かに当たったら危ねえだろ」
 声に振り返り、まじまじとオレを見る。観察するような視線がオレの髪に注がれた。眉が僅かに潜められる。なんなんだ?
「何してたんだ」
「天気占い」
 なんじゃそりゃ。天気と言われて空を見上げる。中途半端な曇天だった。今朝からずっと、雨が降りそうで降らない。気分がくさくさして出掛けてきたが、妙なのに出会えたな。

「これを履いて、こうやって飛ばすでしょ? 表が出たら明日は晴れ。裏返しだったら雨」
「まじないか。聞いたことないけど、面白いな」
「なんか今日は、なかなか表が出ないんだ」
 ……晴れが出るまで、何度もやっちゃ意味ないんじゃないのか? 細い足が振りあげられて、放物線を描いて飛んだ下駄は、半端に横向きになって落ちた。
「曇り」
 下駄を飛ばした当人がつまらなそうにつぶやく。
「晴れじゃなきゃダメなのか」
「その方が気持ちいいもん」
 まあ、たしかに、オレもお天道様が見えた方が好きだな。分かりやすく気分も晴れるし。

「でもこれだってすごくねえか?」
 下駄は一番細い部分を地につけ、危ういバランスで立っている。狙ったってなかなかできないだろ、これは。
「……能天気だね〜」
 悪いかよ! どうせなら前向きだと言って褒めてくれ。

「ところで嬢ちゃん、親はどうしたんだ?」
「嬢ちゃんって」
「なんで笑うんだよ」
「ごめん……親はー、いないけど、保護者がいるから大丈夫」
「そうか?」
辺りを見回してもそれらしいのはいない。こいつの妙に寂しそうな顔が気になった。ガキのくせに……過去を悼んでるみたいだ。なんか放って行けないじゃないか。この国で孤独を感じてる子供がいるなんてよ。
「町の外で待ってるから」
 危なっかしいなぁ、一人の時になんかあったらどうすんだ? 見たとこ丸腰みたいだし、腕が立つようにも見えないし……。

「……これ、やってみる?」
 差し出された下駄をじっと眺める。どうせやることもないし、もう少しここにいるのも面白そうだ。
「よっしゃ! オレが晴れにしてやるぜ」
 足に馴染んだ足袋を脱ぎ、いそいそと履きかえる。隣で見守る表情がどことなく楽しそうだ。なんとなくオレまで嬉しくなってきた。
「どりゃああああッ!」
 気合い充分で振り上げた足を離れ、空へ吸い込まれていく小さな影。ゆっくり宙を舞って、急速に落ちてきたそれは、向かいの茶屋の縁台を破壊した。
「嵐だね……」
「明日じゃなくて、今からな……」
 店の主人がにこやかにこっちに歩いてきた。その額に浮いた青筋がハッキリと見える。そろそろと後退りする首っ玉をつかんで引き留めて、冷や汗が流れた。
「離してよ! 壊したのはあなたでしょっ!」
「れ、連帯責任ってやつだ」
 あの店の親父は顔見知りだ。オレが誰だかもよく知ってる。やばい。見知らぬ、しかも子供のこいつがいたら多少は怒りが和らがないか……。無理か。絶対ウチにまで伝わるよな。いや、今ならまだ逃げてごまかせるか? 微妙なとこだ……。

「……逃げよう?」
「顔見られちまったからなぁ」
「今日逃げ切れたら、明日は嵐もおさまってるかもよ」
 ……そう甘いもんじゃねえだろ。でもまあ、次に投げたら表が出るかもな?
「外に連れがいるんだっけか」
「お願いします」
「お願いされてやる!」
 腕を差し出す。片足にだけ下駄を引っ掛けた、さっきまでより更に妙な姿になったヤツが手を重ねる。担ぎあげて、同じく片足だけ裸足のまま走り出した。背後から追いかけてくる怒号に二人して笑い声をあげながら。
 明日の天気なんか、明日にならなきゃ分からねえ。空が曇ってたって、気分まで合わせてやるこたないよな。

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