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喜劇

 その頬の赤さ、潤んだ瞳。覚束ない視線と頼りない体は、一見すると発情しているようでもある。……手に酒瓶さえ持っていなければ……。
「誰だ、サヤに酒を飲ませたのは」
「……バルバリシア、が……」
 今まで一人でサヤの相手をしていたらしいカインが答えた。余程疲労しているようだ。僅かに残されていたはずの、抵抗する意識の波が消えかけている。
「そのバルバリシアは?」
「逃げました……」
 逃げた? バルバリシアが? 不可解な……いつもならば止めてもサヤに追い縋っているものが何故。ふと視線を感じて振り返ると、やけに嬉しそうなサヤが私を見上げていた。

「何だ?」
「カインはねぇー、独身のまま死にそうだよねー」
「……そうか」
 言われた男を見遣れば怒るでもなく、ただぐったりと壁に寄り掛かっている。兜の下に見える肌が心なしか青い。……どうも、ずっとこの調子だったようだな……。バルバリシアが体調を崩していなければいいが。
「ゴルベーザもそんな感じだよね!」
「…………」
 なぜ嬉しそうなんだ。そうなっても別段問題はないと思いつつ、何か物悲しい。不意にサヤが立ち上がった。何かを掴むように手を丸めて口にあて、空いた片手をあげると高らかに告げる。
「1番サヤ! カインの歌をうたいます!!」
「やめ……ろ……」
「夜ごと〜ぼくを〜苦しめるぅ〜」
「クッ……言うな……ッ」
「重なーる〜、ふたーつの〜影〜〜」
 何か思い当たることでもあるのか、苦悩の表情を浮かべたカインが床に突っ伏した。ほんの少しローザの記憶までも消してやろうかと思ったのは事実だが、もちろん実行はしない。サヤは未だ機嫌よく歌い続けている。

「……いい加減やめてやれ。カインが泣いている」
「泣きませんッ!!」
「ええ〜……」
 精神が弱りすぎて使い物にならなくなっても困るからな……。不満そうに口を尖らせていたサヤがふらふらと視線をさまよわせ、私の前でぴたりと止まった。
「……」
「……」
「じゃあ、ゴルベーザの歌をむぐ」
「……聞かないんですか、ゴルベーザ様」
 思わずサヤの口を塞いだ私を、胡散臭げにカインが見つめる。私まで巻き込まれたくはない。様子を見に来るべきではなかった……。しかしここで去っては知らぬ間にどんなことを歌われるか……。

「んむー! むむむぅ」
 何かを訴えながらぺちぺちと間抜けな音を立てて腕を叩かれ、我に返って手を離す。苦しげに息をついて、サヤが私を睨んだ。
「ひどい……そんな黒くて硬くてぶっといので無理やり口ふさぐなんてー」
「ばっ、馬鹿者!」
 普通に言えんのか、人聞きの悪い!
「ゴルベーザの中の人がいじめるぅ」
「中の人などいない!」
「もう! ゴルベーザなんか……大好き」
「なっ」
 脈絡なく呟かれた言葉と抱き着いてきたサヤに、思いっ切り動揺してしまった。勢い余って甲冑に額をぶつけたサヤが頭を押さえてうずくまる。意識を読み取るまでもなく、カインの視線が『その程度でほだされるのか、安すぎないか』と訴えていた。

「……もう部屋に戻っても構いませんか」
「……待て。その前に、バルバリシアと共に塔から酒を一本残らず片付けておけ」
「はっ」
 立ち去るカインをぼんやりと見つめながら、サヤが眠そうに目をこする。動き回ったせいで酒が行き渡ったようだ。
「サヤ。寝るなら部屋に戻ってからにしろ」
「んー」
「こら、ここで寝るな」
「……おとーさん……うるさい……」
「おと……!?」
 ゆったりと眠りに落ちてゆくサヤを抱え上げる。覗き見たい気持ちはありながら、心を見るのが怖かった。まさかこのような形で知るとはな。……それがお前の本心か? むず痒くもあり、妙に悲しくもあるな。
 無防備にすべてを預けたサヤは確かに娘のようであり、それを運ぶ私は父のように見えるかもしれなかった。偽りだとしても、家族を……ずっと演じられれば……。

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