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憂鬱

 白髪混じりのグレーの髪に厳めしい目と凛々しい眉。堂々たる体躯から出る威厳に満ちた声。……なんか不思議。この姿、この声の持ち主は、もうこの世の存在じゃないなんて。いま目の前にいる見慣れないおじさんはカイナッツォなんだって……分かってても、どーも納得いかないなぁ。

「……もう帰りてえ……」
 自分を囲い込むように積み上げられた書類を捌いていた手を止めて、カイナッツォは巨大な執務机に突っ伏した。偽物でも一応王様。仕事はいろいろ多い。その山のような紙の束がどんな命令を生み出すものなのか考えたくないけど。中身が読めなくてよかった? 読めたほうがよかった……?
「……サヤ」
「ん」
「なんかしゃべれよ……」
 えっ、一番困るフリがきた……。起き上がったカイナッツォは椅子に浅く腰掛けて、だらだらと足を伸ばしてる。見た感じ立派な壮年男性がそんなかっこしてるの、あんまり見たくないよ。
 なんかすごく疲れてるみたい。そりゃそうだよね。書類に目を通してハンコを押してまた書類に目を通して……座ってるだけのこんな作業、一番苦手な人だよね。
「なんかって……なに話そう?」
「お前今日は愛想悪いな……」
 ずっと目が据わってるカイナッツォには言われたくないんですけど。
「だってなんか、変なんだもん。それ気持ち悪い。……元の姿に戻っちゃだめなの?」
「いちいち戻すのめんどくせえ……」

 ゴルベーザもいるし、いざ問題が起きたら洗脳しちゃえって気分だとしても……敵の中で四六時中周りに自分を偽ってるのって、やっぱり疲れるんだろうな。いつもの姿だったらもう少し……もう少し、なんだろう?
「……肩でも揉んであげようか」
「んあー? なんだそりゃ……」
 姿も声も違う上に、疲れきった言動がどうしても普段のカイナッツォと一致しない。わたしにまでやる気の無さが移っちゃって困る。だらけきったカイナッツォに近づいて肩に手を乗せると不審そうに振り返った。
「……なんだよ。……おおっ?」
「お客さん凝ってますね〜……っていうか凝りすぎ? 固っ!」
「あ〜〜気持ちいいな、それ」
 筋肉がガッチガチに固まってるのを力いっぱい揉んでほぐす。自分の体じゃないんだもん。きっと体の休め方もよくわかんないんじゃないかな。

「……なんか、お前がやたらと出かけたがる気持ちも分かるな」
「どっか行く?」
「これが終わったらな……」
 くそう。そんなにうんざりしながら結局サボらないんだ。カイナッツォのくせに真面目だなぁ。労ってあげたいのもホントだけど、邪魔しちゃいたいのもホントなんだよね。何かを奪うために疲れてる姿なんて見たくないのにな……。

「たまには塔に帰ってこようよ」
「……」
 カイナッツォは返事もせずに遠くを見てる。どんなに視線を辿っても、どこを見てるのか分からない。もう長いこと一緒にいるのに。分かりあえなくても傍にいられればいいって……その気持ちに変わりはないけど。
「サヤ、そろそろ帰れ」
「……うー。あんまり無理しないでね」
「適当に手ぇ抜いてるから心配すんな」
 そ、それもどうなんだろう? カイナッツォが体を起こしてわたしに手を翳す。景色がぐにゃりと歪んだ。
「じゃ、またくるね」
「おう……またな」
 確かに返ってきた言葉に安心して、何もない空間へと消えていく。この瞬間はいつも怖くて目を閉じる……。つぎに目を開いたときには、もう塔の中にいた。

「……こっそりローザのとこにでも行こうかな」
 ことが始まってから塔は人が減った。ゴルベーザとカイナッツォはずっとバロンにいる。スカルミリョーネもルビカンテも帰ってこないし、バルバリシア様もなかなか構ってくれない。すかすかの密度。みんなが何をしに出かけてるのかなんて、分かりすぎるだけに聞くこともできない。
 もうぜんぶやめちゃって、のんびり暮らしたいな……。だけどわたしの側に引っ張り込めるだけの力もなくて。激しい動揺を感じてるわけじゃない。ただ鬱々とした日常を、うんざりするほど穏やかな日々をすごしてる。
 わたしだけが……。

 結局それなんだよね。一緒にいてもまださびしい。取り残されてる孤独感が拭えない。わたしも戦えたらよかったのかな。でも、そんな覚悟は決められない。「だけど」と「でも」を繰り返してる。
 何をやっても気分が晴れない。なにかいいこと、あるといいのに。

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