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散る
目を閉じているはずなのに見えるものがある。何かは分からないが確かにそこに存在するのだと、覚束ない頭で思考した。あれは何か。疑問を抱いて始めて、それが形を作り始める。
「……サヤか」
根拠も確信もなかったが、ただ納得した。またついてきたのか。こんなところへまで来るとは思わなかった。本当に、どこへ逃げても追ってくるんだな、あいつは。振り払えばそれ以上は縋りついてこないくせに、逃げたことを責めるだけ責めて気づくとまた傍にいる。
理由もなく隣にいる……その事実が心を乱し、本当に……鬱陶しくてたまらなかった。
目の前を靄のようにゆらめいている、冷たくもなく温かくもない奇妙なもの。おかしい。これは本当にサヤなのか? はっきりと物事を考えられないまま奇妙な不安感に襲われた。別にどちらでもいいではないか。あいつであろうと、なかろうと。しかし……。
瞼の裏がチカチカと煩わしい光を瞬かせ、不意に私を呼ぶサヤの声が聞こえた。
「――――」
眼前の影ではなく、記憶の中でサヤが何かを訴えている。聞きとろうと耳をすましても言葉は私をすりぬけて、掴めないまま消えてしまった。その声にかき消されるように、目の前をちらついていたあやふやな存在が消えていくのを感じ、焦って腕を伸ばした。
感覚の失せた手は何を掴むこともなく宙を彷徨う。
「く、うっ……」
重い瞼を開くと焼けつくような光で視界が閉ざされた。白い世界が一瞬で暗転し、徐々に色彩が戻ってくる。空が遠いな。硬い岩肌の感触が体を支えている。ここは……試練の山か。
あれは幻だったのだろうか。やはりサヤはここにはいない。当たり前の事実に心の底から安堵した。
伸ばしたはずの腕は存在せず、私の肉体はすでに砕け散っている。……あいつがいなくてよかった。無様な姿を曝さずにすんだ。どうせなら、いっそのこと目も覚まさずに消えてしまいたかったが。
失う時になって、自分の先にあったはずの未来を、見てしまったようだ。
私が消えればサヤは泣くだろうか。傷つくだろうか。その可能性に少し慰められた自分を嫌悪する。そんな必要はない。もう、終わるのだから。
距離が近づくことに怯え、離れることに焦る日々からようやく逃れられる。あいつが泣こうが私の知ったことか。いつものようにさっさと受け入れ、過去へと押しやってしまえばいいんだ。
忘れられることこそ望ましい。……そのはずだ。なのに何故、こんなにも、気が急くのだろう。
幻だと分かっているのに、頭の奥で響いたサヤの声にまた心が波打つ。終わり間際になって何度も現われるな。この私が生にしがみついているのか? 滑稽だ。笑えもしない。
だがあと少し、ほんの少しの辛抱だ。そうすればもう、私を呼ぶ声に悩まされることもなくなる……。
過去も未来も消えてなくなる。もうじきに、すべてが終わる。
消え失せる一瞬、何かに触れた気がした。だがそれを確かめる術も、ない。
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