─back to menu─


立場

 いつも気になっていたんだ。決まった時間になれば、あるいは外に出て帰ってきた時にはもう、部屋に食事の用意がしてあるその理由。サヤが運んで来るのを見たこともあるが……あれは一体、誰が作っているんだろうかと。
 最初は当たり前のようにサヤが作っていると思っていた。というか他の可能性を考えたくなかったんだが、毎度のようにアレが入っているのを見ると疑わしい。あの年頃の少女にアレを処理できるとは思えないからな。
「カイン」
 気配もなく背後からかけられた声に驚いて振り返ると、何か困り顔のルビカンテが立っていた。
「……何の用だ」
「サヤを知らないか?」
「いや……」
 問われて首を傾げる。彼女は一定の場所にいることがあるんだろうか。
 朝にはバルバリシアと遊び回っていたし、昼前にはどこぞへ出かけていた。日によってはバロンに入り浸っていることもある。落ち着きがないというか……、何がしたいんだかよく分からないやつだ。
「困ったな。部屋に食事を持って行ったんだが、どこへ出かけたんだろう」
「お前が食事の用意を?」
「バルバリシアが出かけてしまったのでな」
 四天王が何故サヤの食事の支度をするんだ。召使ではあるまいし。いや待て、まさかこいつが作っているのか? ……他の輩よりは有り得る気もする。

 ふと、捕虜たる身の上を理解しているのか疑いたくなるような和やかな歓談風景が浮かんだ。
「またローザのところにでもいるんじゃないか」
「今は付き添いがいないからそれはない」
 いやにキッパリ言い切るな。サヤはどうもローザを気に入っているように思えたが、俺の気のせいだったのか。まあ言われてみれば確かに、ローザを訪ねるのと同等かそれ以上に他の者のところへ遊びに行ってるな。
「こう探していないのなら、ゴルベーザ様の部屋かもしれないな」
 低く嘆かれた言葉に思わずルビカンテを凝視してしまった。あの方の部屋など四天王ですら容易には入れないはずだが、彼女がそこにいるかもしれないということは、出入りを許可されているのか。本当に別格なんだな。理由はよく分からんが。
「では行こうか」
 先立って歩き出したルビカンテについて行こうとして、はたと立ち止まる。なぜ俺が一緒に行かねばならん。
「……ちょっと待て、俺もか?」
「ゴルベーザ様の部屋に無断で立ち入ったのはサヤを探すためだと、何かあった時に証言してもらわなければ」
 そんなものはそこらを歩いてる雑魚にでも頼めと言おうとして、不敵に笑う気配に気づいた。何か嫌な予感がする。
 そもそもこいつだって四天王最強と言われる男だ。それが叱られるなら俺の証言ごときがどんな力を持っているのか。
 俺の迷いに気づいてかルビカンテが溜め息をついた。サヤに関することとなると四天王はおかしい。慎重にならなければ気づいた時には妙なことに巻き込まれるはめになる。
「ついて来てくれればお前の食事にカエルの卵を使わぬよう進言してやろう」
 会話を無視して突然言い当てられた自分の弱点に、柄にもなく慌てふためいてしまった。
「なっ……何故それを!?」
「ローザから聞いた」
 どうして馴染んでるんだローザ! 世間話なんかするなよ。あと俺の弱点を気軽にバラすのもやめてくれ。……小さい頃は肉が食えなくて泣きついて来たくせに、一人だけ克服しやがって。いやそんなことはどうでもいい。
 だってアレは仕方ないだろう。見た目からして食う気がしないし、食感も苦手だ。味もしないのに何のためにあんなものを食わなきゃならないんだ。苦行だろう。
 そして、この塔の食事にはよくアレが入っている。
「……ついて行けばいいんだな」
「ああ。助かるよ」
「ゴルベーザ様に進言してくれるんだな、お前が」
「信用してくれ」
 これがバルバリシアやスカルミリョーネなら悩むところだが、こいつならまあいいだろう。あの中ではまともだしな。……あのプニプニもそもそした食感から逃れられるなら、面倒なことなんかない。
 いまいち釈然としないものはあるが、とりあえず彼女を探すのを手伝ってやるとするか。

「サヤもあれが入ったものは食べないから作るときは気をつけるのだと、ゴルベーザ様がおっしゃっていたな」
「そうなのか」
 あれが好物という人間、しかも幼い少女などそうそういないと思うがな。気をつけて、別に作ってもらえるならいいじゃないか。俺なんて……。ん?
「って、おい待て、ゴルベーザ様が作ってるのか!?」
「他に誰がいるんだ?」
 そ、そう言われればそうだが。バロンに逗留していればいいものを度々こちらに戻って来るのはそのためだったのか。いや、誰か手伝ってやれよ、料理ぐらい。
「それこそサヤにでもやらせればいいだろうに」
「食材を見て気絶した時から彼女が調理場に入るのは禁じられている」
 何を見たんだ。
 ところでゴルベーザ様も俺がアレを嫌いだと知ってるんだろうか。知ってて出されてるとしたら結構ショックだ。彼女に食わせられないからと俺にまわされているのかもしれない。逃げたい。

 眼前に、いかにも重たげな扉が立ち塞がっていた。侵入者どころか客も寄せつけぬような断固とした拒絶がそこにある。
「ついたな」
「ああ」
 真面目くさった顔で頷いたきりルビカンテは動かない。サヤを探しに俺をつき合わせてまでここへ来て、なぜじっとしているんだろうか。
「開けないのか?」
「カイン、開けてみろ」
「……何故俺が」
「……いいから」
「理由を言え!」
 不穏な気配を感じてやつに詰めよる。仕方ないとでも言いたげに口を開いたルビカンテは、普段の紳士然とした態度が薄れていた。
「以前ゴルベーザ様に呼ばれてここに赴いた際なぜか室内に偶然潜んでいたサヤに体当たりを食らって油断していた私は咄嗟に炎の温度を下げられず彼女に火傷を負わせてしまって死にかけたんだ」
 潜んでいたって明らかに偶然じゃないだろそれ。どうして火傷をさせた方が死にかけたのか……聞きたくないな。
 そこまで分かっていながら俺にこの扉を開けさせるのは、つまり囮、実験台、鉄砲玉。こいつ案外性格悪いな。それとも他に影響されて捩曲げられたのか?
「あとは頼むぞカイン。お前のことは忘れない」
「待て! 一緒に開ければいいだろう! サヤだって火傷したなら懲りたはずだ」
「分かっていないな。彼女は自分が痛い目に合ったぐらいでは諦めないさ」
 何の目的があるんだよ! 諦めろよ! 怪我を負ってまで悪戯したいって言うのか!? そしてさりげなく俺の背中を押すのをやめろ!
 突如このゾットの塔に連れてこられ、ゴルベーザ様の配下としてそれなりに重用されているかと思ってたが、単に使い勝手がいいと思われているだけなんだろうか。
 振り返ればルビカンテは少し離れたところで明後日の方角を見ている。そのくせ逃げ出せるような隙はない。で、結局俺が開けるのか。

「……」
 中からは何の気配も感じられない。ゴルベーザ様がおられないのは勿論のこと、誰もいないんじゃないかというぐらい静かだ。
「……」
 開けたくないな。なんかきっと俺だけひどい目に合う。そんな予感がする。天井がなければ飛び去って逃げられるんだが。
「……くっ」
 腹の底から『やるしかない』という苦い決意が溢れてきた。飛び出してきたら避ける、何か落ちてきたら避ける、爆発したら避ける、とりあえず避ければ何とかなる。よし、行け俺。
 重い扉を慎重に開いた先には、予想に反して暗く静かなだけの部屋が待っていた。
「おい、いないんじゃないか」
「明かりをつけてみよう」
 さりげなく背後に隠れたルビカンテが手を翳した。小さな火が点り、赤い色が瞬くが……部屋はさして明るくならなかった。室内の様子が見えるようになって、唖然とした。
 ゴルベーザ様の部屋は黒一色だった。こんな圧迫感の中で寛げるのかというほど黒い。壁も床も天井も、寝台から書棚、そこに並ぶ書物も、机も椅子も茶器も。部屋中が圧迫してくるようだった。

「……サヤ?」
 ルビカンテの声につられて見下ろした先に、何故か黒装束を纏ったサヤがいた。……部屋の入り口に座り込む彼女は肌を隠して髪から服まで真っ黒で、気づけなかった。恐ろしいほど気配がない。目の前にいるのに、じっと眺めるほど周囲に溶け込んでしまいそうに薄弱な存在感だ。
「この部屋の有様は、君がやったのか」
 ルビカンテの問いかけに、浮かび上がったサヤの目がにっこりと笑った。
「うんそう、暇つぶしに。模様替えかな?」
「仕方ない奴だな」
 仕方なくないだろ! 自前じゃないのかこの部屋!? 主人の部屋を勝手に模様替えなんかするな。ゴルベーザ様がお帰りになってもこれじゃ見えなくなってしまうだろうが。
「もうお昼なの?」
「ああ。食事は君の部屋に運んでおいた」
「ありがと。じゃ、一緒に食べる?」
 唐突に背後を振り向いてサヤが闇に話しかけた。不信に思い俺とルビカンテがそちらを見た瞬間、真っ黒い壁がゆらいだ。
「私はいい。先に食べてこい」
「ヒッ!?」
「ゴ、ゴルベーザ様、いるならおっしゃって下さい!」
 ぬらりと壁から抜け出てきたように、ゴルベーザ様が立っていた。
「いつ気づくかと思ってな」
「やっぱ気づかなかったねー」
 溶け込みすぎなんだ。壁に話しかけられたかと思った。さすがにルビカンテも驚いたらしく、明後日の方を向いて呼吸を整えていた。……ほら見ろ、見えなくなってただろう。黒背景は駄目だ!
 それにしても何故ゴルベーザ様まで一緒になって遊んでるんだ。こいつの暴走を止める奴はいないのか。今すごく、土と水の四天王に戻って来て欲しい。あいつらなら少なくとも一緒に遊びはしないだろう

「お昼、ローザと一緒に食べたいなぁ」
「カインは連れて行ってやらんのか?」
 翻弄されて惑う部下など気にせず、ゴルベーザ様はサヤと楽しそうに昼飯の話などしていた。余計なことを言わないでもらいたい。こういう状況でローザと楽しく食事をする度胸なんかないぞ、俺は。
 しかし幸いというか何というか、彼女の方で俺の同席を断ってくれた。妙に言葉を濁しつつ。
「カインとはやだ。だってカインの今日のメニューってさぁ」
「ああ、そうか」
 何なんだ。俺の今日のメニュー何なんだよ! またアレなのか? いや、あれなら彼女が怯えるほどではないだろう。嫌がりはしても。……いち人間の娘が怯えるような昼飯って何だよ!
 俺は料理が苦手だ。でも少し、自炊の努力をしよう。でないと正気を保てそうにない。
「頑張れよ、カイン。命を大事にな」
「逃げられないように気をつけてね」
「健康にだけはいいから残さず食べるのだぞ」
 同情と、救えぬ罪悪感と、まったく気づいていない優しさと。向けられたそれぞれの感情に全て曖昧な笑顔を浮かべて返した。
 なあセシル、俺が今戻ったらお前は許してくれるだろうな。部屋に帰りたくないんだよ。どうも本気で俺の健康を気遣ってるらしいところが余計にきついんだ。
 やはり自炊しよう。助けを求められる友人もここにはいない。自立していないと、ここでは暮らせないようだから。

|



dream coupling index


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -