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 最悪の目覚めだった。内容はよく覚えてないけど、なんだかすごくイヤな夢をみたんだ。怖い夢じゃなくてイヤな夢。ぬるぬるのうねうねにどろどろにされてゆっくり溶かされながら死ぬようなそんな夢。
 悪夢からやっと逃げ出して目を覚ましたら、夢と同じ光景が目の前に広がってた。最悪な、最低な気分を通り越したら、それって何て呼ぶんだろう?
「…………モルボル」
 べつに呼んだわけじゃないんだけど、現状確認のために名前を口に出してみると、返事をするみたいにツルがしなって床を叩いた。
 君はどうしてわたしの部屋にいるのかな? うん、なんかあれ、思い出したくない感じ。脳味噌が働くのを拒んでる。理性がまた記憶を押し込めようと頑張ってる。だけどたぶんわたしの中で一番強くて厄介者の好奇心ってヤツが頼んでもないのに張り切っちゃって。
 もわっと浮かんで重なる、ついさっきの記憶と夢。

「それはペットですか」
「いや、晩飯だ」

 ひょっこりと台所を覗いたのはただの偶然だったけど、まさにその瞬間に振り下ろされようとしていた刃が、間一髪止まった。
 何となく例の物体に「助かった!」って顔で見られた気がするけど実際のところアレが何考えてるのかはわからない。
 無駄にカッコイイ構えで包丁を握ったままゴルベーザが振り返る。何だその気を抜いたら死ぬかもって雰囲気。あのね、そんなに無理しなくていいんだからね。
「……あー、甲冑つけたまま料理することにしたの?」
「いつサヤが覗くか分からぬのでな」
 おつうみたいだね、ゴルベーザ。この襖を決して開けないでください、開けたらモルボルが逃げるから。ってそうじゃなくて……。
 そんなに見られたくないならわたしに料理させてくれればいいのに、そしたら脱走企てるようなものを食べなくて済むのに! 実は料理が好きなのかな。それがストレス発散なのかな。なんだかんだで自分でやりたがるよね。
 まあいいや、とりあえず一つだけは言わせてほしい。
「わたしの世界ではモルボルって食べ物じゃないんだよねー」
「安心しろ。食せることは確認済みだ」
 食べられるかどうかじゃなく食べたいかどうかの問題だってことをもっとよく理解すべきとの見方です。
「お前もこの間は平気で食べただろう」
「ほぁい?」
 この間って? この前食べたあの、海鮮サラダ(仮)みたいな、タコ足のような、吸盤のない、しゃきしゃきの、わりと美味しかった……アレ、
「……サヤ!?」
 ああゴルベーザもわたしがぶっ倒れたら心配くらいはしてくれるんだねって、その甲冑の中に響いた余裕のない声音が嬉しかったよ。

 夢を見たんだ。ちょっと懐かしささえ覚え始めてる、あの世界に帰った夢。久しぶりに食べたお母さん手作りの酸っぱいドレッシングがかかったサラダ。……に、食べられる、夢を見た。
「……モルボルは食べ物じゃないよねぇ」
 何となく、目の前の物体が頷いたような気がした。たぶん気のせいじゃない。気絶したわたしが部屋で寝てて、この人?もいるってことは、今晩のおかずになる運命は避けられたみたいだ。
 よかったね。あなたにとっては、よかったよね。
「一応言うけど、人間も食べ物じゃないんだよ」
 何となく目の前の物体は頷かなかった気がした。……気のせいだったらいいなぁ。

「目が覚めたか」
「ずっと眠っていたかったよ……」
 どうせ夢の中でもモルボルだけどね。ああどっちだって一緒だよー。ゴルベーザが部屋の中に入った瞬間、触手がざわざわと忙しなく動き出す。
「怯えられてる?」
「いや、威嚇しているようだ」
 そんな平然と言われても困る。フフンって感じにあしらっちゃったらそいつが可哀相になるよ。同レベルで争ってるのが悲しくもあるし。
「……これは嫌いだったか?」
「そ、それ以前の問題だと思う」
「お前が食わぬならば仕方ないな」
 そう言って腰の後ろ辺りから短剣……違った、包丁を出す。握りなおしたかなと思った次の瞬間にはゴルベーザの手に一本のうねうねが、って早ッ! なんにも見えなかったんだけど!
 鈍いわたしにも感じられるほどの何かがビリビリと空気を震わせた。
「おぉ怒ってるよこれ、怒ってるよね!?」
「問題ない。すぐにまた生える」
「この外道! っていうかもしかしてこの間のサラダもこいつ……」
「勿論だ」
 ここにきて初めて、帰りたいって思ったかもしれない。
「……それ、わたしは食べないからね」
「ああ……だが好き嫌いはあまり感心できな、」
「だからそれ以前の問題だってば!」
 いっそ殺してあげたらと口に出しかけて、ざわざわのおさまらない魔物を見上げる。……殺したら……このでかい図体……いったい誰が食べ切れるというのでしょうか……。
「……生きてるだけでもめっけもんだよ、うん」
 何となく目の前の物体が「逃げやがったな」って言った気がしたけどきっと気のせい。

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