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お願い
どうして理由なんて必要なのかな? 好きだから、傍にいたいから、それだけじゃだめなの? 人間と魔物って、そこまで違うものなの?
わたしが近寄るたびにスカルミリョーネは鬱陶しそうに追い払う。めげずに繰り返し、駈け寄って行く。そうやって少しずつ時間を積み重ねて、ようやく得られる『なんか仲良くなれたかも』って喜びを、ただ一度の拒絶で簡単に打ち壊される。なぜ構ってくるんだ、もう関わるな……って。
「だって、好きなんだもん。仲良くしたいんだよ」
「押しつけがましい好意など迷惑なだけだ」
憎まれ口なんかじゃない。わたしと目を合わそうともしない態度が、その言葉が本心なんだって訴えてる。ぜんぶ無駄なの? なにをしたって近づけないの? 心の距離がいつまでも縮まらない……。
「人間のくせに、なぜ近付こうとするんだ……」
「人間だからいけないの? わたしがモンスターだったら好きになってくれるの?」
「魔物となり自我を失って、お前がお前自身だと言えるのか? 馬鹿なことを言うな」
じゃあどうしろっていうの。わたしだって別に、本当にモンスターになっちゃう気なんかないよ。だけど、だけど……なんでこんなに嫌われなきゃいけないの? こっちこそ理由を教えてほしいよ。
「自分が誰にでも好かれるほど魅力ある存在だと思っているのか。……思い上がるのもいい加減にしろ」
吐き捨てるような言葉に涙が出そうになって、握り締めた手に力をこめた。思い上がってなんかいない。誰にでも好かれたいなんて思ってない……。
傍にいたいって願ってる人に、わたしを好きになってほしいって思うのが、そんなに悪いことなの?
「どうしたら近づける? わたし、なんだってするよ」
「私がお前を好きになることに何の意味がある」
「嫌われるだけなら、なんのためにここにいるのかわからない」
「お前の存在に意味などない。最初から分かっているだろう」
……ちがうよ。わかりたくないから、目を逸らしてたんだ。わたしには何も変えられない。わたしは、いなくてもいいんだって……自覚するのが怖くて、いつも誰かの傍にいたかった。隣にいてもいいって、言ってほしかった。その言葉を得られないなら、わたしはもう本当に、この世界にいられなくなっちゃう。
「そんなに、嫌いなの……? 傍に、いることすら……許せないぐらい……」
「……お前ほど消えてほしいと思う存在はいない」
頭の奥で、プツリと何かが切れた。その感覚だけ妙にはっきりと。
一番聞きたくなかった言葉。スカルミリョーネの忌々しげな表情は、きっとぜんぶ知ってて言ってるんだ。……泣いて、それで済むなら簡単なのに。
「ううう……」
「……」
わたしが泣くと思ってスカルミリョーネが身構える。ぜったい思い通りになんかさせるもんか。二歩の距離を一足で飛び越えて、うろたえるスカルミリョーネに抱きつく。毒に侵されないためにと持っていたアミュレットを引っぺがして投げ捨てた。
ばか! わたしが自棄になったらどうなるか、思い知らせてやる!
「おい、何のつもりだ!」
必死に引き剥がそうとする手に逆らって渾身の力でしがみつく。目に見えない毒が体を蝕んでる。息がつまる。苦しくて声も出ない。かわりに涙ばっかりボロボロこぼれてくる。
「サヤ! 離れろ、死ぬ気か!?」
すぐに頭がクラクラして立ってられなくなる。スカルミリョーネの背中にまわした腕もほどけて、膝から崩れ落ちた。ほらね、やっぱりHP少ないんだ、わたし。剣の一撃でももう死ねる。胃の中が裏返るような感覚……。自分の力で支えられなくなった体を、スカルミリョーネが遠慮なく突き飛ばした。
目の前が真っ暗だ。手に冷たいものを握らされて、口に何かが放り込まれる。苦味に唸ったところで視界が戻った。
「……馬鹿が! 一体なんのつもりだ!?」
「スカルミリョーネが悪いんだもん」
「なんだと?」
消えてほしいって言ったくせに。いざわたしが死にそうになったら、見捨てられないんだ。そうやって最後に少しだけ期待させるのはやめてよ。いつも、届きそうで届かない……。
「わたし、嫌われてもいいなんて言わないよ。ぜったい、好きにさせてやる。傍にいるのがそんなに嫌なら、ぜったい離れてあげないんだから! スカルミリョーネが、わたしに消えてほしいなら、ずっとここにいてやる!!」
「……言ってることとやってることが滅茶苦茶だぞ……」
「だって、仕方ないじゃない! わたしがここにいる理由なんて何もないんだよ? でも、もう、ここにいるんだもん。いなくていいって……いない方がいいなんて、言われたって、帰れないんだよ!!」
「……サヤ」
「……いなくなったら、好きになってくれるの? 本当にそうなら、わたし、そうしたっていいよ。だけど……死ぬのは怖いんだもん……あっちの世界に、持って帰らなきゃいけない命だから……だから……」
「もういい、わかった」
うそつき。なんにも分かってなんかないくせに。ここのみんなが、スカルミリョーネたちが、わたしにとってどれだけの存在なのか、ぜんぜん分かってないくせに。
この世界にはわたしの根拠がなんにもないんだ。わたしに、生まれてきてほしいって、願ってくれた存在がいない……。そんな世界で『消えてほしい』って言われることが、どんなに重くてつらいことなのか、死を恐れないスカルミリョーネには絶対わかんないんだ。
「わたしスカルミリョーネが好きだよ。大好き。傍に、いさせてよ」
「……」
「嫌われるのなんか、やだ。スカルミリョーネにだって、どうしようもないことかもしれない、けど……やだ……」
「……」
少し離れたところで立ち尽くしたまま、顔を顰めてる。涙が乾いたあとが引き攣れて気持ち悪い。鼻がつまって、息苦しくて、もう毒は治ってるはずなのに。
一つため息をついたあと、スカルミリョーネがしゃがみこむ。同じ高さで合う目線。
「傍に……近寄ることぐらいは、許してやろう。だが! それは絶対に手放すな」
そう言ってアミュレットごとわたしの腕を掴む。その力強さと、握り返して触れた手の冷たさに、少し心が落ち着いた。
「……スカルミリョーネがひどいこと言わなければ、ちゃんと持っとく」
「自分の命を盾に脅す気か?」
「……盾にするだけの、価値があるってこと?」
聞き返すと分かりやすく動揺する。そして何も言えずにそっぽを向いた。またそうやって期待させて。わたしは単純だから簡単にだまされちゃうのに。
……まだ、無駄じゃないって思っていいのかな。消えてほしいって言葉が本当だとしても、ここにいてもいいって気持ちも少しぐらいは、あると思っていいの?
「……大好き」
「そんなことを気軽に言うな」
「照れてるんだね」
「あまり勝手な解釈は、」
「するもん。勝手に、思いたいように思うもん」
「……まったく」
繋いだ手が振り払われない。この感触は信じてもいいんだよね。
何も変わってないし何も終わってないけど、泣きじゃくってそれが止まったあとは、ちょっとスッキリした。理由なんかいらない。わたしはここにいたい。傍に、いたいんだ。だからそうする。それだけのこと。
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