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満月

 窓からぼんやりと外を眺め、ため息をつくサヤに仕事をしていた手が止まる。
「どうした?」
「月がね、きれいだなぁって思っ、」
 突然言葉を切り、頭を抱えてうずくまる。急な病か、怪我でもしたのかと心配してみれば。
「老人みたいなこと言っちゃった……」
 脱力する。相手をしてもらえずに退屈しているわけでもないらしい。何事もない時間をそれなりに楽しんでいるようだ。
 熱心に月を見つめるその姿。その目に何が見えている? 何を感じているんだ。わけもわからず不安になる。まるで……帰りたい、と言っているようだ。どこへ? 聞くまでもない。
 幾度も距離をはかり、その差を埋めようと手を伸ばす。その努力が虚しくなるほどいつまでも遠い。サヤからどんな言葉を得ても変わらない。横たわる深い断絶に怯えている。
 憧憬を誘い焦燥をかきたてる。明日には完全に満ちる、あの月のようにあたたかく。隣りでいつまでも変わらぬもう一つの月のように、遠く。

 あの場所へ行かなければならない。ただ漠然とそう考えていた。サヤに出会い初めて疑問が、それこそ降って湧いたように頭の中に浮かんだ。
 なぜ行かなければならないのだ? 今のままでもいいではないか。復讐など、どうでもいい。今日と同じ明日が訪れれば充分ではないか。

「……サヤは、月に行きたいと思ったことがあるか?」
「べつに〜。空気のないとこなんて怖いもん」
「空気?」
「あっちの世界ではそうなの」
 確かに、生のない世界などサヤは好まぬだろう。……なら、私のやろうとしていることは何だ?
「ゴルベーザは月に行きたいんだ?」
「…………」
 行きたいのか、と問われて初めて気付いた。私は特にそんなことを望んでいなかったと。ただ、行かねばならない。そう思い込んでいるだけだ。
「あれ、寂しそうだもんね……」
 ぽつりとサヤがつぶやく。その響きの方が月などよりも余程寂しそうだ。
「ここから見てる人がいるのにな……一人じゃないよって、言ってあげたい。そういう意味では、行きたいかな」
 月に。

 見上げた空に二つの光。すべてを包みこむやわらかな光と、強く孤独な輝き。変わりゆくもう一つの月を、時を止め沈黙したまま、どんな気持ちで見つめているのか。
 月に行きたいのか。そうだ。あの場所へ行きたい。サヤと共に。
 決して一人ではない……理由などなくてもそばにいてくれる存在があると、確かめたい。

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