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矮小
「ルビカンテはトード使える?」
第一声が意図のよく分からない質問だった時、サヤは何かを企んでいる。近頃そんな気がしてならない。カイナッツォやスカルミリョーネに尋ねればおそらく同意が返ってくるだろう。
「……使えないこともない」
ただ使う機会はなかった。私にはカエルと戦う趣味はない。サヤの瞳がきらりと光った。心苦しくとも嘘をつくべきだっただろうか。もう、遅いが……。
「使ってみて!」
「サヤに?」
「自分に!」
しばし時が止まった。ふとカエルに成り果てた自分の姿が思い浮かび、誰にともなく怒りを感じる。いくらサヤの頼みでも、そんな無防備かつ間抜けな状態には陥りたくない。
「すまないが、他をあたってくれるか」
「他は断られたんだもん。ゴルベーザなんて、いいって言ったくせに途中でやっぱり嫌だとか言うし!」
仕えている私としては最初から断って欲しかったのだがな。他というのは他の四天王だろうか。下層の魔物にはサヤと意思疎通できるものが少ない。彼女が頼み事をできる相手は限られている。……ということはつまり、私に逃げ場はないと……。
「なぜ急にそんなことを言い出したんだ? 他の魔法では駄目なのか」
「トードじゃなきゃ意味ないんだよ〜」
「……カエルが好きなのか?」
「わりと」
さほど熱の篭らない返答と、行動の必死さが噛み合わない。断られたことで意地になっているのではないか。とんだ貧乏籤を引いてしまったものだ。
「仕方がないな」
「やったー!」
諸手をあげて喜ぶサヤに少しほだされながら、魔力を溜める。ほんの一時の辛抱だ。ここで私が頑なに拒否すれば、またゴルベーザ様のもとへ行きかねない。
「ゲコゲコおなき! って言わないの?」
「……あれは呪文というわけではないと思う」
「えー!?」
そんなに驚くことなのだろうか。何か真剣に考え込むサヤを余所に印を結び呪文を唱える。
「カ〜エ〜ル〜の〜き〜も〜ち〜」
が、発動の寸前に聞こえた声が集中力を掻き消し、魔法は不発に終わった。
「……トードは?」
「いや、それより、何なんだ今のは」
「呪文」
それはもっと呪文ではないと思うぞ。というか渋々ながらカエルになろうとしている時に、カエルの気持ちなどと言われるとすごく嫌だ。心までカエルに成り下がる気がする。
「……もう一度はじめから」
「うん」
印を結び、呪文を唱える。どうせそうだろうとは思っていたが、やはり横から気の抜ける言葉が聞こえてくる。
「カ〜エ〜ル〜の〜き〜も〜ち〜」
「サヤ……、ゴルベーザ様の時にもやったんだな」
「もちろん!」
だから途中で嫌だと言われたんじゃないのか……。脱力感を抑えて魔力を放ち、視線がずるずると下がっていく。軽くなった体をサヤの手が包み込み、そっと持ち上げた。
「毒持ってそうな色だね〜」
そう言われても自分では見えないんだが。視界の端に映った前肢を見る限り、鮮やかな赤のようだ。しかしカエルになった自分の容姿などあまり詳しく知りたくない。
彼女の指先が鼻先から背筋をなぞる。サヤが頭を撫でられるのを嫌がる気持ちが少し分かった。これは完全に弱者の立場だな。
「あああ〜、かわいい! このまま飼っちゃダメ!?」
全力で首を振りたいところだがこの体では上手く動かせず、わずかに体が揺れただけだった。それを見遣ると眉間を押さえてうずくまる。私を乗せた手がぶるぶると震えた。
この軽さなら落ちても死にはしないだろうが……、サヤの掌の端から覗き見た床は遠く、自分の存在の脆弱さに目眩がした。
「うぅ……戻したくないなぁ。また見せてくれる?」
そう言って見つめる瞳は否という返事を拒絶している。そもそも首を横に振れないのだから頷くしかないじゃないか。身動き取れずに戸惑っていると、サヤの顔が近付いてきた。視界が暗くなり、鼻先にやわらかいものが触れる。
「……サヤ、一体どういうつもりで……」
「おー、戻った! アイテムいらずで便利だね」
……あれは私であって私ではない。ただのカエルだ。だから問題ない、ということにしておこう。元の自分と照らし合わせると不都合が生じる。
「……次はないからな」
「えー、いいよべつに。バルバリシア様に頼むから!」
「断られたのではなかったのか?」
「他の人にかけるんならいいかなって」
それはつまりバルバリシアと組んで私を追い詰めると宣言しているのか。いい笑顔で鬼のようなことを言うな。もう普段通りの立場に戻ったはずなのに、相変わらずサヤの掌の上にいる気がするのは、なぜだろうか……。
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