─back to menu─


足跡

 一歩、進むたびに体重で足の形に沈み込む。土を踏む感触が楽しい。振り返ると時間の軌跡が続いてる。何も考えなくたって、わたしがここにいるって確信できる。
「……サヤ。その向こうの沼だがな」
「え? これ?」
「おう。そのもうちょっと右のな……」
 カイナッツォに言われるまま足を運び、ぐにゃぐにゃと頼りない地面に足跡をつけながら歩く。少しずつ深さが増して、足首の辺りまではまり込んだ。なんかこのまま吸い込まれちゃいそうで怖い。
「この辺?」
「ああ」
 ズブズブと沈んでいく足。……これ、ちゃんと止まるんだよね? って不安になってきたころに、耳を疑う無情な言葉が飛んできた。
「お前が今立ってるとこな、底無しだから気をつけろよ」
「ぎゃあああっ、カイナッツォのばかあああ!!」
 やっぱり、なんかイヤな予感はしたんだよ! なんてことするんだこのカメェェ! 必死で足を引き抜こうとするのに膝まで泥に埋まって抜け出せない。焦ってもがくほど体はどんどん沈んでいく。わあ、やだやだ、最悪の死に方だよ!?

「……まあ、ウソなんだがな」
「う、うそ?」
「ああ、ホントだ」
「ホント、あれ? ウソ……えっ、どっち!?」
「クカカ、そのうち止まるから安心しろ」
「た、質悪すぎるよ……」
 うっかり涙目になって睨みつけると、カイナッツォはすっごい愉しそうにわたしを見てた。ホントに、性格悪い! 腰まで迫った泥に手をついて、右足にぐっと力を入れて左足を引き抜くと……右足が沈んだ。今度は逆に左足に力を入れて……沈んだ。
「お前かなり頭悪いな」
「……って誰のせいだと思ってるの!?」
「じゃあオレは先に帰るぞ。……せいぜい頑張れよ」
「えっ」
 愕然とする間もなくカイナッツォの姿が消える。右を見る。左を見る。後ろを振り返っても、どこにもいない。
「やだ、うそ……ちょ、ちょっと待ってよ」
 誰も返事はしてくれない。まるで、この世界に来たあの瞬間みたいに……孤独感が溢れてくる。さっきと違う涙が出そうになる。なにこれ、冗談じゃないよ。

「カ、カイナッツォ〜」
「なんだよ」
「わああっ!」
 急に間近で聞こえた声に驚いてつんのめった。顔から沼に突っ込んで、全身泥だらけになって、頭の上でカイナッツォの馬鹿笑い。くうう……本気で腹立つ! わたしがどんなにショック受けたと思ってるの!?
「……カイナッツォなんか、だいっきらい」
「そりゃありがたいことで」
 なにそれ。ちっとも悪いと思ってないじゃん、むかつく。それでも差し出された手にすがらなきゃ立ち上がれない自分が情けない……。カイナッツォの腕にひっぱられて、ずるりと泥から抜け出る。
「あーっ、靴が脱げた!」
「裸足で帰りゃいいだろ」
「やだよ、カメじゃあるまいし」
「カメは関係ねえだろうが」

 さっきまで自分がはまってた泥の中に手を突っ込んで掻き回す。もうこれだけ汚れてたらなんにも気にならない。指先に硬いものが触れて、無事に靴を助け出した。
「もう、勝手にいなくなるとか、やめてよ!?」
「そっちに怒ってんのかよ」
「ああゆうの、冗談にならないもん……絶対、もうしないって言って!」
「あー、悪かったすまん反省してる」
「しないって、言、っ、て!」
「……もうしねえよ」
 言葉は軽いけどそれなりに反省はしてるみたい。でも信用できない……。カイナッツォは普段の行いから改めるべきだね。

 目線を落とすと、わたしがもがいて変な形にへこんだ泥。他愛のない嘘への腹立たしさと、ちょっとした愛情がこみあげてくる。
「……ま、いっか。ここは思い出ができた」
「ああ?」
「カイナッツォに騙されて……連れこまれて……どろどろぬるぬるしたものでわたしの体は汚された……っていう」
「妙な言い方するんじゃねえ!」
 一歩一歩、積み重ねていきたいな。目にする風景すべてに思い出を付加して、わたしがここにいたって痕跡を残したい。わたしがいなくなっても、この景色が存在する限り……そこに流れた時間の中にわたしがいる。
「……帰ったらバルバリシア様に報告しよっと」
「待て、それはマジで勘弁してくれ」

|



dream coupling index


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -