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風邪

 勉強は、できるかできないかじゃないんだと思う。やるかやらないかだ。っていうか、楽しいか楽しくないかだね。わたしは楽しくない。教えてもらっといてなんだけど、楽しくない! 字なんか覚えたってさ、なんにも得にならないんだよ。
 いや、本が読めれば暇つぶしにはなるけど、検閲が厳しくてろくなもの読めないんだろうなーなんて思って、やる気がわかないよー。わたしが集めた本、ある日気がつくと減ってるし。いいじゃん、どうせ読めないんだから不健全な本でも関係ないのに!
「はぁー……疲れたー、休憩しよー」
「……さっき休んだばかりだと思うが」
「ゴルベーザは休んでないじゃん。ほら座って、息抜き息抜き」
「息抜きしかしていないだろう、サヤは」
 うるさい鎧だな! 背後に真っ黒い人がぬぼっと立って監視してたら何も頭に入って来ないんだもん。
「ファンタジー世界でまで単語帳つけたくないよ……、なんで日本語じゃないのかな」
「世界が違うのだから言語が共通している方がおかしいと思うが」
 だって言葉は通じるじゃない。どうせなら文字も読めるように改造なり洗脳なりしてほしかったんですけど、と見えない月を見上げてみる。そんな親切心あるわけないよね。あーあ、英語だったら勉強にも気合い入るのになぁ。

「ゴルベーザ様、入ってもよろしいですか」
「ああ……」
 不意に部屋の外から聞こえた声、誰かと思ったらカイナッツォだった。け、敬語だ! ゴルベーザ相手なら当たり前なんだけど、なんか変。似合わないな。
 どういう仕組みなのか手も触れずに開いたドアの向こうに、現れた青い体……の、上に、横たわるバルバリシア様……、えっ!?
「どどどうしたの! なんでぐったりしてるの!?」
「具合でも悪いのか」
「そのようで。ぶっ倒れてたんで拾って来たんですが」
「なんで冷静なの! 心配じゃないの!? カイナッツォのばかー!」
「うるせえな、大声出すな」
 横に屈み込んで手を握ったらめちゃくちゃ熱が高くて、ぼんやり顔のバルバリシア様がわたしを見つめて、ちょっとドキッとしたのは置いといて。
 こんな弱々しい姿は初めて見た。可愛い、けど不安になっちゃうよ。わたしどうしたらいい?
「サヤ……あたし変だわ……あなたが三人に見える……」
「しっかりして! わたし分身の術は使えないよ!」
「とりあえずお前も落ち着け。……どうも喉が痛くて眩暈がするようです」
「ふむ。四天王ともあろうものが病に冒されるとはな」
「ゴ、ゴルベーザ様……申し訳、ございません……」
「なにそれ! 心配より先にそんなこと! 最低だよ!!」
「い、いや、すまん。そういう意味で言ったのでは……」
 ゴルベーザの言葉に慌てて体を起こそうとして、バルバリシア様の体がふらついた。倒れそうになるのを支えて、しっかり触れると熱さを改めて実感しちゃう……。重大な病気だったらどうしよう。そんなことあるはずないとは思うけど。

「大丈夫よ、サヤ……たいしたことないの」
「とにかく一度横になるといい」
「い、いえ、ゴルベーザ様の寝台を使わせて頂くわけには参りませぬ!」
「構わん。サヤ、手伝ってやれ」
 頷いて、バルバリシア様を乗せたままベッドに歩み寄るカイナッツォについて歩く。支えられ慣れてない表情が少し不満げで、拗ねた子供みたいに見える。ベッドに寝かせて布団をかけると、いつもより舌っ足らずなバルバリシア様が言い訳っぽく呟いた。
「……本当にたいしたことないの……少し体が熱くて、頭がふらふらして、喉が痛くて歯が浮くだけなのよ……」
「あーそれ、風邪のしょしょ、しょそうじょ……」
「待てサヤ、私が言おう。しょしょうぞう……しょ、」
「言えてないじゃん! しょしょ、う、しょ」
 舌噛んだ! 隣で悶えてる鎧の人もたぶん中で舌噛んでる! 風邪は侮ると怖いってホントだ。ベロが痛い。
「……何なの?」
「風邪の諸症状だろ」
 なんですらすら言えるの……カメのくせに生意気な……。
「カイナッツォ……私に先んじて言うとは不敬だぞ」
「も、申し訳ありません」
 今度は文字の勉強じゃなく早口言葉の練習しよう。目指すは打倒カイナッツォだ。ってそんなことは今どうでもいい! バルバリシア様でも風邪引くんだなぁ。……バルバリシア様が、風邪、かぁ。

「……風邪って何よ?」
「病気の一種だろ。サヤにうつされたか?」
「えっ、わたしじゃないよ! こっち来てから健康管理バッチリだもん」
 隣で頷いてる鎧の人が得体の知れない健康食を用意してくれるからね。室温調整も万全だし、人混みに出かけないからウイルスももらって来ない。たぶん向こうの世界より元気いっぱいな体になってるよ。……その分頭が鈍ってる気もするけど。
「じゃ、どっからか拾って来たんだろうな」
「……風邪のバルバリシアだな」
「…………」
「…………」
 うわあ、この沈黙きつい。わたしもちょっと言おうかなって思ったけど、やめてよかった。ありがとうゴルベーザ、犠牲になってくれて。
「で……、どうしたらいいのよ」
「さあ……オレは病気になんぞなったことねえからな」
「何よそれっ……厭味のつもり!?」
「別に、本当のこと言っただけだがなぁ」
 わあー、なかったことにして流しちゃった。二人とも気づいて! 後ろでご主人様が精神的に瀕死だよ!
「…………」
「……大丈夫だよゴルベーザ、きっと次があるよ」
「ありがとうサヤ。私の味方はお前だけだ……」
 早口言葉と一緒に駄洒落の特訓もしようね……。

「うぅ……本格的に頭痛くなってきたわ……」
 カイナッツォとの戦いでちょっとヒートアップしたせいかな。そうだといいね。ゴルベーザのせいだったら悲しすぎる。
 ……魔物の病気ってどうやって治すんだろう。獣医さんみたいなのはいなさそうだし、人間のお医者さんにかかるわけにもいかないし……。
「ありがちな治療だと、卵酒とか、ネギを首に巻くとか?」
「紅茶に柑橘類を入れるというのは聞いたことがあるな」
「……食い物ばっかですね」
 うっ……そう言われればそうかも。梅干し茶とかしょうが湯とかニンジンスープとか大根飴とか。民間療法だから、身近で手軽なのはやっぱり食べ物なんだよね……。
「魔物に、効くのかな……」
「……あまり効きそうにないな」
 そもそも何も食べないんだもん、ビタミン摂取とか関係なさそう。というか四天王にとりつくようなウイルスに家庭の医学が対抗できると思えない。
「放っときゃ治ると思いますがねぇ」
「冷たい奴だな、カイナッツォ」
「よいのですゴルベーザ様。こいつに心配されても気持ち悪いだけですから」
「てめえ……オレに悪態つく時だけ元気が出んのか?」
 でも弱ってるバルバリシア様を発見して、ゴルベーザのとこに連れて来てくれたもんね。意外に仲間想いなんだ。あとでご褒美にニボシをあげよう。
「誰がカメだ!」
「ん?」
 いきなり心読まないでよ!

「……っと、とりあえず暖かくして寝てるのが一番いいよね」
「そうだな……汗をかければ尚良かったんだが」
「ルビカンテに添い寝してもらう?」
「死んでも御免よ。余計に具合悪くなるわ!」
 そ、そこまで怒るの。あったかそうだけど……でもわたしもちょっとイヤだな。ごめんねルビカンテ。せめてズボン穿いてたらね。
「じゃ、治るまでずっとついててあげるから」
「お前ここで看病すんのかよ」
「私は構わんぞ。ついでにサヤの勉強も見られるからな」
 ……それはこの際いいんじゃないかな。バルバリシア様の完治が最優先だと思うんだよ。ねえ。……勉強、するのかぁ。
「……バルバリシア様、頑張って早く治ってね……」
「サヤ……逃げてもいいのよ!」
「ううん、バルバリシア様を置いてったりしないよ!」
「……何故か私が悪役になっているんだが」
「れっきとした悪役なんですが、まあ、念のため食事療法でも試したらどうですか」
「カイナッツォは冷たいな……」
 勉強に追われて逃げたくなっても……見捨てたりしないからね。ちゃんとずっと傍にいるからね。変に英語に似てる分だけ覚えにくくてワケわかんない言語に悩まされてもバルバリシア様のために逃げずに頑張ってここにいるからね。……たぶんきっと、頑張るから! おそらく!

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