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休息

 背中に人が乗っているという状況は初の体験だがあまり愉快なものじゃない。真後ろに気配があるのに見えないし、鎧越しに触れてるような触れてないような軽い体は現実感が薄い。多分歩きながら落っことしても気づかないと思う。
 後ろになんかいる。なんかずっといる。そんな気配だけを感じ続ける。正直言って不安になった。これからは背中に何かを乗せるのを極力避けよう。尤も四天王から命令が出されてしまえば俺ごときに断る権利はないんだが。

 気まぐれに、ちょっと遠出したいなとサヤが言った。今日は忙しくてそんな暇は無いというカイナッツォ様(事実かどうか甚だ怪しい)やゴルベーザ様から賜った所用があるので無理だというスカルミリョーネ様(これは本当かもしれない)に代わり、何故か俺に護衛及び子守の任務が下された。理由は一つ。何かあった時に魔法を使わずともサヤを連れてさっさと逃げられるから。
 俺達程度の力では他人を連れて瞬時に転移魔法など使えない。時間を食ってる間に怪我をさせては困るというわけだ。怪我をしたって死んでなければ構わんのじゃないかと思うが。実際、あの娘は怪我してでも面白いことに首を突っ込むタイプだとか誰か言っていた。誰だったか。塔の女どもの誰かだ。
 サヤを連れて逃げられるから、か。便利に使われている気がする。逃げるのを前提に考えられているのも気に入らない。どうせ俺は半端ものだよ……。危機にあえば命を捨ててもサヤを守れとか、そういう命令なら喜んで聞けるのに。
 大体、指示を出してきたのがバルバリシア様だというのが姑息だ。色々な意味で断れるわけがない。どうも我らが主様方は上にいくほどサヤに甘いな。

 不意に肩を叩かれて足を止める。背中を振り返るとサヤが西の方を指差して話しかけてきた。いつの間にか後ろ向きに乗っかっているのは何故だろう。真後ろからの敵襲を警戒してくれているならばありがたい。
「町、が見えた。あれ、どこ?」
マチ……町……どこ? 俺は人間の言葉はほとんど分からんのだがな。区切ってゆっくりと発される言葉は、通じないものだと一応分かっているらしいが。サヤはなんとか会話を成り立たせようと努力している。ミシディアだとかバロンだとか、聞き齧った名前を挙げて尋ねてくる。しかし例え単語が分かっても俺には答えられんのだ……。
 そもそも町ってどこにあるんだ。指差された方向を見ても緑の塊がぼんやり混じっているだけだった。人間は目がいいな……羨ましい。
「わからない?」
「…………」
 分からないという言葉は理解できたので頷く。俯き気味に振り返ってみると、サヤは少し笑ったようだった。何故笑うんだろう。馬鹿にされてるんだろうか。こんな人間の少女にまで……ああ、落ち込む……。
「はぁー。なんかあれだね、大人って感じだね」
 オトナって何だ? 俺のこと言ってるのか。ならあんまりいい意味じゃないんだろうな。だが口調は穏やかだ。馬鹿にされているようには思えなかった。

「過保護すぎない冷たすぎない……何も言わなくても走らずに歩いてくれる気遣い。レディさんたちみたいな身勝手さもなくてビーストよりは安心感がある。素晴らしい! ケンタウロナイト最高! お尻痛いけど」
 だからそんな早口でたくさん言われても通じんというのに……。でもケンタウロナイト最高のところだけ分かってしまった。あと尻。分からん。乗り心地がいいとか言ってるのか?
 なんだかまどろっこしいな。人語の分かる奴について来てもらえばよかった。魔法使いなら放って逃げても問題無かったんだよな。次は覚えておこう。
 とりあえずさっき指差していた方角へ行ってみようか。どうせ町には入れないが見えるだけでも気晴らしにはなるだろう。そのために来ているのだし。人間の住み処が近づけば魔物も減る。サヤの危険も少ないからな。

「なんで塔なのかな。嫌がらせみたい……。砦やお城だったらまだマシだったのになぁ」
 どうもただの独り言のようだ。語りかける口調じゃない。なら放っておこうと思うのに、背中を預けてブツブツ言われると気になってしまう。所々理解できる言葉が混じるし。
「おもいっきり走り回れたらよかった」
 ……走る? サヤは塔の中を窮屈に感じているのかもしれない。もしそうならばその気持ちはすごくよく分かる。俺達は本来駆ける生き物だ。ああいった狭い空間は性に合わない。槍だって振りにくいし。文字通り肩身が狭いというやつだ……。こうして草原を歩いている方がずっといい。
 いかんな、走りたくなってしまった。振り落としたら人間は死んでしまうだろうか。「しっかり捕まっていろ」というのは何と言うんだろう。
「…………」
「ん?」
 足を止めずに振り返るとサヤが顔を覗き込んできた。両腕を掴んで俺の腰にまわさせる。何となく察したらしく、しっかり手を組んでしがみついてくれた。……何だろう。こいつ、最大限こっちを理解しようとしているような。俺も人語を話せるようになろうかなぁ。色々と愚痴を聞いてもらえそうだ。
「走るの?」
 徐々にスピードを上げながら頷く。背中の辺りで嬉しそうな声がした。何と言ったのかは分からなかったが。上体を反らせて駆け抜ける。後ろから奇声が聞こえたので念のためサヤの腕を押さえておく。点在する魔物の気配が次々に流れ去って行った。ああ、やっぱり外はいいな……。

 さすがに全力では駆けられなかったが、久々に思う存分足を動かせて満足した。が、しがみついたまま固まっていたサヤは死にそうな声を出した。
「は、ひ、速すぎ……目が、目がまわ、」
 頭をふらつかせながら滑り落ちかけて、慌てて掬い上げた。一応俺なりに抑えたんだがそれでも速すぎたらしい。謝罪の言葉を知らないのでぽんぽんと頭を撫でてみた。サヤが情けない笑顔を向けた。別に構わんということだろうか? 怒ってないなら幸いだ。
 この辺まで来るとさっき示された町が俺にも見える。ミシディアだな、あれは。はっきりは見えんが魔力の気配が漂ってくる。あまり近寄らない方がよさそうだ。帰ったらソーサルレディにでも「さっきのはミシディアだ」と伝えておいてもらおう。
「おもいっきり走ってスッキリした?」
「…………!?」
 俺の気晴らしだったのか……? 参ったな。今度は、他のやつらも連れて来よう……。

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