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自覚

 思えば今までずっと、自分か或いは目指すもののことしか見てはいなかった。周囲のことなど考えたことがなかったし、誰かのことを大切に思うこともなく。
 畏怖と敬愛……ゴルベーザ様に付き従うことがあたしの使命だと思っていた。勿論今も変わらずそう考えているけれど。
 サヤと過ごす内に、捧げた分だけ返してほしいと思うようになった。ただ従うだけではなく、四天王であるということが、ゴルベーザ様に選ばれた存在であることが誇らしいと。
 自意識を持ち得たのは支配を受け入れた時から。感情が生まれたのはいつからだったか。サヤの視線の先に居たいと考えるようになったのは。
 煩わしい思いも増えはしたけれど、不快感よりも喜びが大きい気がする。こんなにも強く感情というものを意識したことがあったかしら。個の存在だった今までと、関わりを求めている今と……どちらが幸せかと比べれば、守るべきものが増えた今の方が断然幸せだわ。

「……お前が羨ましい。弱いからサヤに構ってもらえるのかしらね」
 たまにはあたしのことも追いかけてほしい。厭味っぽく呟いてみても反応はない。見ればスカルミリョーネは未だ回復しきれず朦朧としていた。……まあそうさせたのはあたしなのだけど。とどめにケアルでもかけてやろうかしら。
 下層の配下達が、サヤにあたし達のどちらが好きかと尋ねたらしい。彼女は答えず逃げたと聞いた。もしも、四天王の誰が一番好きかという質問だったら……どうしたかしら。きっとルビカンテあたりの名を出したに違いないわ。とても無難でサヤらしい。
 べつに一番になりたいわけではないわ。どれほど大切に想っても、あたし達は自分のために生きているのではないもの。それはサヤとて同じこと。あの娘が全てを捧げるのはゴルベーザ様でなくてはならない。 ……それは構わないけど同じ四天王に負けると腹立たしくて堪らないのよ。

 あたしだと答えていたら、面倒を避けるためにそうしたのかと疑いたくなる。スカルミリョーネだと言えばやっぱりそうなのねと腹が立つ。カイナッツォならばどうやっても怒りが収まらない。ルビカンテだったら逃げたわねとやはり憤るだろう。……結局、選べないというのが一番サヤの本音に近いのかもね。それはそれで複雑な気分だわ。
「……ちょっと、いつまで寝てるのよ」
「貴様……誰のせいで私が……」
「お前の修練が足りないのでしょう。稽古でもつけてもらいなさい」
 いつまででも喜んで指導してくれるわよ。うっかり相手しろって頼んで想像以上に強くなれたあたしが保証してやるわ。永遠に解放されないかと思った。
「それしか取り柄もないのだから、とっとと復活しなさいよ」
「……お前に、いたぶられ殺される者の気持ちが分かるか」
「魔物の言葉とは思えないわね」
「…………」
 自分だって弱者に対してはいたぶり殺す側のくせに。そんなことは自分でも分かっているのにサヤから隠そうとしている。……あたしも似たようなものだ。
 これまで殺した人間、これから殺す人間の顔を知られたくない。視線が日常から逸れた時、彼女が痛ましい表情になるから。
 拭い損ねた殺意を纏って眼前に立ってしまったとき、あの一瞬の変化。過ぎった罪悪感を包み隠していつものように笑ったサヤの顔。死ぬほど後悔したわ。あの時初めて、ゴルベーザ様の命令を正確に理解した。
 一番になりたいとは思わない。それはただ曖昧でいたいのかもしれない。サヤが人間であると、あたしが魔物だと、明確に区別して自覚したら、あの娘は逃げるかもしれないから。

「これでも加減してるんだから感謝しなさいよ」
「……じわじわと追い詰められる方が苦しい」
「なら抵抗しないですっぱり殺されなさい。あたしだって傷を負っているんだから」
 こちらはお前と違って、使い物にならなくなったからと外して取り替えるなんて芸当できないもの。さほど回復に長けているわけでもないし、面倒なのよ。傷が残るとサヤがショックを受けるし。
「ねえ、スカルミリョーネ」
「……何だ」
 思い返せば、面と向かって名を呼ぶこともあまりない。お互いに。
「お前カイナッツォのこと、好き?」
「………………何だと?」
 そうね、すぐには意味が分からないわよね。あたしも今、口にして吐き気がしたわ。
「ルビカンテのことは? すぐに嫌いだと答えを出せる?」
「……考えた事もないな」
 考える必要もないとは言わないのか。どちらかと尋ねられれば、やはり好きではないわ。打ち負かして自らの証をたてたいとも思う。答えを出そうと思えば出せる。そう、今は。
 今までは、どう思うかなんて……考えた事もなかったのよね。
「あたしは、ゴルベーザ様さえ存在すれば他はどうでもよかったのよ」
 それはスカルミリョーネも同じだろう。他の二人はよく分からないけれど。
「気に入らないとも、何とも思わなかったのに」
 排除してしまいたいとか、そんな嫉妬心以前に……その存在を意識していなかった。あたしの配下達の方が人間に近いところにいるのかしら。もっと関わればあたしも近づけるのか。
「まあ、好きにはならないのだけど、ねぇ」
「何が言いたいんだ……」
「……分からないわ」
 ただ、ふと実感しただけ。何かの存在を感じるには、他の何かも見ていなければならないと。自分の周りにお前達がいることを、思い出したのよ。

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