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終止符

 一口に異世界とは言っても、人間ってものにそんな大きな違いはない。ここでも“普通”というのは適当な暮らしをして好きな人ができて結婚して子供を作って年老いて……、あっちと変わらない生活が、普通の生活なんだって聞いた。
 いつかはわたしもきっとそうなると思ってた。この世界で誰かに恋をして、結婚して、子供を作って、でもそれは普通なのかな? だってわたし、戸籍もないのに。知り合った人の中にしかわたしは存在しない。世界のどこにも“サヤというデータ”がない。
 異なる世界同士には隔たりがなくても、わたしが異物だってことに変わりはないんだ。
 そしてふと、ゴルベーザはどうするんだろうって思った。ここにいる証がないのはゴルベーザも同じ。生まれ育った家はもうないし。頼めばミシディアで用意してもらえるのかな? 虫が良すぎるって怒る人がたくさんいそうだよね。まあ、当たり前なんだけど。

 セシルはバロンにハーヴィという家を持ってる。でもゴルベーザはそこに入れない。
 セシルはゴルベーザを受け入れてくれたけどそれはただの一面、“セシルのお兄さん”を家族として迎え入れてくれただけで、例え本人に昔のゴルベーザを許す気持ちがあっても周りがそれを認めないから。
 ゴルベーザを憎んでる人はまだ世界中にいて、憎しみをぶつけなきゃやり切れない人が残ってて、やっぱりセシルの周囲にもたくさんいて、セシルにはその人達を傷つけられないから、だから……全部を受け入れられるのは、人間の側に立たないわたし達だけなんだ。
 べつに人間世界に馴染めなくてもいい。わたしは皆と一緒にゴルベーザのそばにいられればそれでいいんだよ。どうせそれを受け入れてくれる人のことしか好きにならないし、どこかの町に住み着かなくてもモンスターみたいにふらふら生きればいいやって思ってた。
 じゃあどうして急に気にし始めたのかっていえばそれもやっぱり、ゴルベーザのことがあるからだ。
「……わたしとゴルベーザって、何だろ」
 ぽそっと呟いた声は自分で思ったよりどよんとしてて、あー結構ショックだったんだなって他人事みたいに考えた。ゴルベーザは不思議そうにわたしを見つめて、かと思えばいきなりハッとして黙り込む。
「何、だろうな。考えていたつもりなのに、考えていなかったようだ」
「うん、わたしも」
 家族になれたらいいなって漠然と思ってた。わざわざ口に出したりしないけどわたしはゴルベーザのことがすごく大切だし、この世界の何を犠牲にしてもゴルベーザのことだけを想うし、その、たぶん、愛してるんだと、思う。
 家族……。そう言ってもいい立場にはあると思ってた。わたしも四天王もゴルベーザのためにいる、そのためだけの家族。何が引っ掛かってるの?

 わたしはゴルベーザに、普通でいてほしいんだ。恋をして結婚して子供を作って、ちゃんとこの世界の人間として生きてほしい。だって本当はそうするはずだったんだから。何も間違わなければ普通に生きられた。ゴルベーザの中に元々憎しみのかけらがあったとしてもそれは誰しも持ってるくらいのもののはず。間違ったのはゴルベーザのせいじゃないもん。
 犯した罪はそりゃ消えないんだろうけど、誰もかれもがそれを許せないわけじゃない。ゴルベーザのことを丸ごと受け入れてくれる相手を探してその人と一緒に幸せになってほしいって、ずっと思ってて。
 ……よく考えたら。そうする時に一番邪魔なのは……わたしの存在なのかな? って、気づいちゃった。
「誰かてきとーな人と早く結婚しちゃえばいいのかもね、わたし」
「何を言う」
「だってそうしなきゃ……」
 自由になれないじゃん。好きな人ができたらその時にはもう、わたしはただのお荷物だ。ゴルベーザが自分の家族を手に入れたらわたしはどこへ行けばいいんだろう。そうなってほしいって願ってたくせに、実際そうなった時のことを何も考えてなかったなんて。
「サヤ」
 考え込むわたしに、ゴルベーザの声は冷たかった。怒ってるみたい。まあそりゃそうだよね。今更こんなところで躓くなんてね。
「お前は私のために、ここへ留まったのだと思っていたが」
「そうだけど、わたしがくっついてたらお嫁さんも探せないし」
 こっちの婚期ってよく分かんないけどゴルベーザは間違いなくいきおくれ……じゃなくてえーっと、とにかくかなり慌てた方がいい年齢だと思うの。そこへきて素性不明のモンスターとか異世界人とかくっついてたら、女の人も寄って来ないって。
 何とも言えない表情でわたしを見つめたあと、ゴルベーザは急に仏頂面になった。慣れてきた今なら分かる、これは何か照れてる顔だ。……今なにか照れるような話してたっけ? わたしが首を傾げてるのに気づいて、ムスッとしたままゴルベーザが言った。
「お前が私の伴侶になればいい」
 うん。いいですとも?

「……その発想はなかったよ」
 嘘つき。最初に考えたよそんなこと。それが一番丸く収まるって思ったもん。今のまま何も変わらずにいられるって。でもそんなの、ずるいから。ゴルベーザの本当の気持ちも分からないうちに、甘やかして餌で釣ってわたしの方を向かせて、利用してるだけみたいでイヤだから思いつかないふりしてたんだ。
「わたしとじゃ歳も離れてるしね」
「私は幼女趣味なわけではないぞ」
 真顔で言われて思わず吹き出した。誰もそんなこと言ってないってば。
「ていうかわたし幼女じゃないし」
「やはり歳は、気になるか……」
「ゴルベーザが気にするでしょ?」
「私は気にしない」
 そうかなあ。わたしは幼女じゃないけどゴルベーザがロリコン扱いされるのは間違いないよ? しかも手近なとこで間に合わせたなとか言われるよきっと。
 こっちの世界の人だったら。この人との間にまだ凝りを残してる人達もきっと、あー、あいつも何か一山越えたんだな、受け入れてもらえるだけのものが出来たんだなって認めてもらえる。でもわたしが相手じゃ……逃げたって謗られるかもしれないよ。
「……や、でもわたし頼りないし」
 肝心のわたしの気持ちには少しも触れずに、くだらないことばっかり挙げて。「そんなことはどうでもいいんだ」って言ってほしいだけみたい。卑屈さに応えるようにゴルベーザの腕がわたしを引っ張って、ぎゅっと抱きしめられた。
 選んでもらえるだけのメリットがなきゃ、デメリットを考え尽くさなきゃ安心できないんだもん。ここはわたしかいるべき世界じゃない、ただ居座ってるだけだから、必要とされる何かを持たないと怖いの。

 ゴルベーザに抱きしめられるとホッとした。力強くてあったかくて、鎧と違って心音も聞こえる。生身の誰かがわたしを抱き留めてくれてるのが堪らなく嬉しかった。
「私が気負わず頼れるのはお前達だけだ。それが仲間であり、家族だろう?」
「……そうかも」
 頷いてみながらも、漏れる笑いは苦いものだった。
 仲間だから。それならバルバリシア様でもいいし、想像したくないけどスカルミリョーネやカイナッツォやルビカンテでもお嫁さんに相応しいもん。わたしを選んでるわけじゃない。赦しの檻でゴルベーザの視野を狭めて、わたしを選ばせてるだけ。
 どこまで与えられたら身を任せられるのかな? ひょっとしたら、自分を捨てられるほどの信頼なんて、誰にも預けられないのかな。
「お前は私の幸福を願ってくれるが、最早それだけでは足りぬ」
 わたし、だって……幸せになりたい。ゴルベーザと一緒に。他の誰かじゃなくてわたしがこの人を幸せにしたいよ。
「私はお前に求められたい。私が欲する程度に、私を手に入れたいと、思ってほしい」

 好きだよとか愛してるよとかそういう数ある告白の中でもわたしが一番求めてたものを囁いてる。って、自覚はないんだろうなあ。
「恋をして生涯をともにしろと言うのなら、その相手はサヤしかいない。……例えお前が、嫌だと言っても」
「嫌だなんて言わない」
――わたしもゴルベーザが欲しい。
 離れ難くはあっても、ひょっこり新しい人が現れただけで壊れて変わっちゃうような曖昧な関係に、形を決めてしまおうと思った。お互いに逃げ道をなくすがんじがらめの駆引きだけどべつにいい。わたし達はそうやって関わってきたんだ。
 はっきり言葉に出せるようなものはまだ何もない。でもこの想いだけは、この人の未来だけは、誰にも渡さないって決めた。

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