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帰還

 思わず胸に吸い寄せられる視線を必死に持ち上げて、考え込むリディアの顔を見つめた。
 どうしてこの世界の女の人はみんな露出が激しいのかなっていつも思うんだ。確かに抜群のスタイルだし見せられて苦じゃない体型だけど、だからこそもっと惜しもうよ! 目のやり場に困っちゃうんだよ! ああっ、また見ちゃった。
「うーん」
「ごごごめんなさい」
 タイミングよく眉をひそめたリディアに焦った。不思議そうな視線が痛い。
「えっ、何が?」
「なんでもないの」
 何もしてないのについ謝ってしまう、日本人だもの。べつにやましいことなんかないですってへらへら笑ってみる。リディアはちょっと首を傾げただけでまた手の中の本に視線を戻した。無防備さが怖いぞ、そこの自覚のない美女!
「……うん、これならたぶん、大丈夫。基本的には召喚魔法と変わらないみたい」
 ああ、悩む姿もなまめかしい。いやいやちゃんと聞いてるよ。ん? いま大丈夫って言った?
 リディアが抱えるように持ってる本を、ろくに読めないなりにわたしも覗きこんだ。ゴルベーザが月の民の館で見つけたっていう、やたらめったら分厚い魔術書。……そっか、大丈夫なんだ。
「じゃあわたし、元の世界に帰れるんだね」
「うん」
 きっと何年もかかるだろうと思ってたことが、他人に助けを求めただけであっさり解決してしまった。なんだか複雑な気分になる。
 元の世界への道が繋がったときのこと、想像するたびにもっと、すごく重大なことだろうって思ってたのに。

 呼ばれたとき使われたと思われる強大な召喚魔法、これを応用すればわたしは生まれ育った世界に帰れる。難しい単語が羅列したページがなんとなくぼやけて見えた。帰るって言葉がいつの間にかこんなにも希薄になってる。
「誰でも使える魔法?」
「ううん。あたしじゃちょっと……力不足かなぁ」
「そっか〜」
 ゼムスだってあれですごい力の持ち主だったんだもんね。そういえばゴルベーザも前に似たようなこと言ってたっけ。知識を得るのは簡単でもそれを使うには力がいる。当たり前のことだ。
 ゴルベーザは、この本を読んだのかな。読めれば理解できるって類いのものじゃないらしいけど、パロムやポロム、リディアにも分かるんだからゴルベーザは知ってたはず。それとも確実な判断ができるまで言わなかっただけかも。……ま、もうどっちでもいいけど。
「ゴルベーザだったら使える?」
「……使えると、思うよ」
「じゃあとりあえず安心していいのかなー、いつでも帰れるって」
「うん……でも、あの……」
 リディアが視線をうろうろさせながら言いにくそうに口ごもった。何が言いたいのか、なんとなくはわかるけどね。でも別に今すぐ帰るってわけじゃないんだからいいんだ。って、そんなこと一人で納得しててもダメだって、後ろから聞こえた声の暗さでやっと気付いた。
「私には使えない。……他をあたってくれ」
 振り返るとそこに、目を合わせようとしないゴルベーザが。ぽかっと口を開けたわたしが言葉を絞り出そうとした瞬間、苦々しい表情ごと闇に包まれて消えた。
 ダメだあれ。絶対なんか勘違いしてる。そりゃなんにも言ってなかったわたしも……まるでこそこそ隠れるみたいに本を読んでたわたしも悪いけど。
 だからって、なんなの? わたし全然信用されてないの? 帰れるからってすぐ帰るわけないじゃん。それくらいわかってよ!
「ねぇリディア、うちに戻ったと思う?」
「どうかな……でもきっと、行くところなんてないから」
「しょーがないヤツだな〜」
「サヤも悪いよ?」
 拗ねたわたしをリディアの視線が責める。……わかってるってば。少し眉を寄せたあと、リディアは吹っ切るようにふわっと笑ってわたしの肩を叩いた。
「いってらっしゃい」
 うーん、そうか。この世界の女の人はみんな、自分をさらけ出して生きてるから強いんだね。いつだって他人のことを考えられるくらい。ローザもそうだったし、バルバリシア様だってそうだ。
 見習えるのかな。あんなに弱い人を好きになっちゃったんだから、わたしもこっちの世界の女の人にならなきゃいけないのに。
「……いってきます、って自分の家だけどね」
 軽やかな笑い声を後ろに聞きながら、住み慣れてきたこっちの我が家を目指した。話さなきゃわからないこともある。でもまだうまく伝える自信がなかった。

 なんだか家のまわりがどんよりしてる気がする。ゴルベーザが精神波でも出してるのかな? ただでさえ町外れのボロ家なのに幽霊屋敷っぽくなるからやめてほしいよ。
 そっとドアを開けてわたしの隣の部屋の前に立つ。静かすぎる。みんなどっか行ってるのかな。こうやって静かな部屋で立ち尽くしてると……なにかイヤなことを思い出しそうで怖くて、必要以上に大きな音を立ててゴルベーザの部屋に入る。よかった、ちゃんといた。
 ベッドに腰掛けて暗い顔してたゴルベーザが、洗脳されてるんですかって感じの目でこっちを見た。
「そんな捨て犬みたいな目で見られても困る」
「……」
 だからって目を逸らせって言ったんじゃないんだけどね。もっとちゃんと、思ったこと口に出してほしい。何を怖がってるのか想像しかできなくて、どうやってわたしの気持ちを説明したらいいかわかんなくなるんだよ。
 逸らした視線を追いかけてすぐ隣に腰掛ける。と、意地になって反対側を向いたから顔を掴んでこっちを向かせた。グキッて音はたぶんわたしの気のせい。
「……サヤ」
「聞かなきゃ教えてあげない」
「元の世界に、帰るのか。私にそれをさせるのか?」
 頷いたら死んじゃいそうな顔だった。やっぱりゴルベーザ、本当はわかってたのかもしれない。自分ほどの魔力があればわたしを帰せるって、その方法も全部知ってて。言い出せずに落ち込んでたのかも。それも結局は想像でしかない。
 なんか悲しいより腹立ってきた。こいつ進歩してないー! って。わたしもだけど、ゴルベーザ! いくつなの!? もうちょっと余裕を持って大人になってよ。
「わたし、まだ帰らないよ」
 絶対に信じてないって読心術なんかなくてもわかる顔でゴルベーザがじっとわたしを見つめてた。
 わたしがゴルベーザを捨てないなんて信じられない。その気持ちもホントはわかってる。だって事実わたしは一度捨ててしまったし、わたしとゴルベーザには、積み重ねてきたものがないから。大人になんてなれない……わたし達はたぶん、まだ二人合わせてようやく半人前くらいで……だから、二人とも動き出すのが怖いんだ。

「サヤ、お前を愛している」
「う……そういう言葉って、苦手なんですけど」
「……お前が好きだ。私の傍にいてくれ」
 うわ、響きが一緒だから意味ないし。恥ずかしすぎて耳の先がぞわぞわしてきた。わたしの防御力の低さをなめるなよ!?
 急に顔の近さが気になってきた。好きとか嫌いとかそういう感情を伝えようって思う関係じゃなかったし、それでなくても難しいことがゴルベーザには余計にやりにくい。伝えなくちゃわからないのに、伝えるべき言葉を知らなくて、愛してるなんて嘘くさいことしか言えないんだ。
「傍にいて、だけでいいんだよ。言われなくたってこにいるけど」
 顔を掴んでた手の上にゴルベーザの手が重なった。あったかい肌に挟まれてちょっと熱がおさまった。自分でやっときながら言っちゃダメなんだろうけど、この体勢で落ち着いて話すのって至難の業かもしれない。
「みんな戻ってきて、ゴルベーザも帰ってきて、やっと落ち着いたんだよ」
「ああ」
「なのに方法が見つかったらさっさと帰ると思ったの? わたしってそこまで薄情?」
「サヤならやりかねない」
 なにいいい、そんなふうに思ってたわけ、へええ! 頬っぺたつねってやる。むにっと伸びた間抜け面に耐え切れずに吹き出した。
「痛いな」
「ヘンな顔」
 お互いにつき続けてた嘘が今を阻んでた。笑いあえる距離なのに、信じあえるほど近くない。どうしたらいいのかわかんなくて怖いけど……一人じゃないから、背負えるはずだよ。
「帰る方法があると知っても、お前の気持ちは変わらないのか?」
「あったりまえでしょ、わたしだって……」
 じっとわたしを待ってる目が言葉を途切れさせた。続きが言えない。愛してる? 無理! 大好き、まだ恥ずかしい。好きだよ、は小さすぎるかな。
「……わたしだってゴルベーザの傍にいたいんだよ。ちゃんと戻って来れるって保証されるまで、帰れないよ」

 わたしの手を覆ってた手が離れて背中にまわされた。ぎゅうぎゅう抱きしめられて、気分はいいんだけどちょっと苦しい。
 帰りたい気持ちは抑えられないし、抑えようなんて思わない。でもいざ帰る方法が見つかった今、やっぱり置いて行くのは無理だなって実感してた。
 方法を見つける前はゴルベーザも連れてっちゃえば? って思ったりもした。でもそれはないよね。こんなどっちつかずな思い、させたくないし。手放す決心がつかないわたしが、やっと家族を見つけたこの人に、それを捨てて一緒に来てなんて。
「もし、二度と帰れなくてもね」
「ああ」
「ゴルベーザが一緒に後悔してくれるなら、平気だよ……」
 動けないほど強く抱き寄せてくる腕を無理矢理引きはがして、わたしから抱き着いた。まだ足りないものがたくさんある。時間だけは長く過ごしてきたけど、考えてみたらこうやって触れ合ったことってほとんどない。
 今度はもっと密度を高めないと。怖がってたって解決しないんだ。

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