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止まらないフォーエヴァー
死後の世界のイメージってどういうものだったかなあ。確か、花が咲き乱れて年中しあわせ能天気な極楽と、餓鬼が入り乱れて血の池が沸き立つ地獄と……そんな感じ?
ところがまあ実際死んでみるとあっさりしたもので、死後の世界は生きてるときに見てた世界と何も変わらなかったんだ。死したわたしの周りに、今まであったものが今まで通りに存在してる。
わたしの死は世界を変えない。変わるのはわたしだけだった。わたしは今も世界を見てるのに、世界からはもう見つけてもらえないんだ。ここにいるのに、通り掛かる人は皆わたしを素通りしていく。
幽霊とアンデッドモンスターって違うものだったんだね、って今更ながらに思い知らされた。死んでから知識を蓄えたってどうしようもないじゃん。……認識してもらえないのって悲しいな。
死んではみたけど誰かに裁いてもらえるわけでもなく、地獄でお勤めが待ってるわけでもなければ極楽で面白おかしく暮らせるわけでもない。何をしようか迷えるほどにもできることがなくて、とりあえずスカルミリョーネのところへ行ってみる。助けてはもらえなくても、何か展開を望めるんじゃないかって思って……。
もうホントにね、あなたにすら見えないのは予想外でした。
実感のわきにくい体をふわふわ漂わせてスカルミリョーネをストーキングしてみる。全く気づいてもらえそうにないけど……。
やっぱり、ただ普通に死ぬだけじゃモンスターにはならないんだね。そりゃそっか。死んだ人間がみんなアンデッドになってたらこの世はゾンビだらけだもんね。でもわたしは、どうせなら魔物になっちゃいたかったなあ。
一人黙々と本を読んで、スカルミリョーネは時々何かに気を取られて辺りを見回していた。わたしに気づいてるわけじゃない。見えない何かを探してる感じじゃなく、単に気掛かりがあるだけみたい。
いつもなら横で喚いても纏わりついても気にしないくらい没頭してるのに、今日はなんだか集中できないんだね。いま声が届いたら構ってもらえそうなのにな〜。
わたしが死んだって知ったらどうするだろう。やっぱり無関心なままかな。怒ってもらえれば嬉しいし、悲しまれると胸が痛い……どっちもありえないだろうけど。
不意に視線を感じて部屋の隅を目をやると、ゾンビが頭をふらふらさせながらわたしのいる方を見つめていた。ん? いや気のせいかな……でも視線が素通りしない。やっぱ見えてる? 人間にも、スカルミリョーネにさえ見えてないのに?
もしかして動物の直感ってヤツなのかな。知性がないからこそ野性に優れてる、猫やなんかが何もない空間をじっと見つめているあれ。そんなシーンを想像したら改めて自分が幽霊なんだって自覚して、ちょっと悲しくなった。
無意味に過ぎていく時間がもったいなくて、どうにかして気づいてほしくて穴があくほどスカルミリョーネを睨む。死者の親玉ならせめて気配くらい察してよ!
その怨念が届いたのかはわかんないけど、重々しく溜め息をついてスカルミリョーネが本を閉じた。立ち上がって、どっかへ出かけるみたい。困ったな、テレポされると追いかけるの大変なんだよねー。
特に目的もないらしくぶらぶらと外を歩くスカルミリョーネの背中に、ついでにわたしを見つけてくれないかなって淡い期待を寄せつつ、自分一人だけならのんびり散歩もするのか! って腹立たしさもあり。一緒に歩きたかったな。もう、どうしようもないけど。
わたしの体、できれば腐る前に埋めてもらいたいよ。お墓を建てて毎日お祈りしてなんて言わないから、野ざらしになるのだけは勘弁してほしい。
獣の餌になって風に曝されて、誰にも知られないまま忘れられて土に還る。それは自然の正しい姿なのかもしれないけど、悲しいんだもん。
死に物狂いで逃げて、結果的に死んじゃったけど、モンスターすら通らないひっそりした場所へ駆け込んでしまったから、わたしの体は奥まったところに倒れてる。そこで風に当たってぼけっとしてるスカルミリョーネに言いたい。もうちょっと東に進んでくれたら出会えるんだよ。
届かない声のかわりに小さな呟きが聞こえた。それは一瞬、通じ合えたのかと思うくらいにわたしの心をあらわしていた。
「……妙に、心細いな」
どうすれば連れて行けるだろう。どうにかして伝えられたら……。風がざわめくのに苛立ちながら、なくした頭を懸命に捻る。取り憑いて操る、のは無理か。腐っても四天王だもん。
普通には見えなくたって、やたらめったら死人が居残ってる世界じゃん。わたしだって、その気になれば──!
と、奮闘すること数時間。疲れる体もないのに眩暈がするほど頑張ったけど、進展はなかった。形だけでも体があれば、スカルミリョーネを押したり引っ張ったり、もう少し自由がきいたんだろうに。
それでも何か引き寄せる力だけは働いたのか、わたしの体への距離は縮まっていた。あんなに頑張って結局偶然に頼るのは悔しいけどもういいよ。見つけてほしい、わたしのところに来てほしい、それだけだ。
あとちょっと、もどかしいところでスカルミリョーネの足が止まる。
「……何だ?」
もし探してくれてるんだとしたら、すぐそこで茂みに突っ伏してるわたしを、
「──……!」
わたしを見つけて、スカルミリョーネの体が強張った。口元が微かに動いて、名前を呼んだように見えて。何を感じたのかすごくすごく気になったけど窺い知ることはできなかった。
それなりに葬ってくれたり死体を持ち帰ってくれたり、あわよくば……なんて考えたわたしが浅はかだったのかな。スカルミリョーネはさっとわたしから目を逸らすと、そのまま魔法でどこかへ消えてしまった。
わたしが死んだことへの衝撃なんて一瞬だった。一秒後には忘れられるくらいの希薄な関係だったんだ。たった一瞬、驚いてくれただけでもマシ?
本当のこと言えば悲しんでほしかったんだよ。わたしが死んだこと、大きな事実として受け止めてほしかった。叶わなかったんだって自覚すると、どんどん気分が沈んできた。
死体を見てちょっとびっくりして、ああやっぱりすぐに死んだなってその程度。あまりの軽さに泣き出したいのに泣けないし。重くなった心に合わせて足まで動かなくなった。あ、足はもうないんだっけ。
消えたスカルミリョーネの後を追っかけてうらめしやって呪ってやりたかったけど、もうそれもできない。
心細くなって空を見上げる。日が傾きかけてた。見つけてもらえたけど無駄だったね。じゃあもうこれから先、わたしは永遠に一人……?
それから、そんなに時間は経ってないと思う。太陽がすっかり沈んで辺りが真っ暗になって、まだ次の太陽が昇る前。
わたしの死体にまで月の光は届かなくて、周りの土との区別もつかない肉の塊が何となく恨めしそうにこっちを見てた。……寂しいな。このまま地縛霊になっちゃうのは嫌だ。誰か、ほんのちょっとでいいから惜しんでよ。
生きてれば悲しすぎてさぞかし胸が苦しかっただろうなって思えば、死んでてよかった。苦痛なんか……感じない。先のことを考えて不安になりもしない。死体に未来なんかないから。
だから、大きな黒い影が近寄ってきた時もぼんやり見つめてるだけだった。何だろう、熊かな。これでわたしの体が食べられるなら死んだふりは無意味って証明されるなぁ。
月明かりも届かない薄闇の中で、その影はまっすぐわたしのもとへ歩いてくる。死体の傍らに居るわたしには気づかないまま、小さく舌打ちして「馬鹿が」って呟いた。なんか、聞き慣れた声で。
え、もしかして、って淡い期待が芽生えた瞬間、ぐーっと地面に引き寄せられた。慌ててみたところで抵抗するための手足もなく、そのまま地の底に吸い込まれて──何かが一気に弾け飛ぶ。そして急速に萎まって元の場所に落ち着いた。
言いようのない気持ち悪さはテレポで転移した時の感覚に似ていて……ん? 感覚?
「──……ぶはーっ! うっなにこれ、なんか入っ、ゲホッ、うぇぇ」
ガバッと体を起こすと口の中に土と草の味が広がった。まずい? や、よくわかんないけどもさもさして気持ち悪い。ぺっぺっと残らず吐き出して、突き出した舌を指先で払って一息つく。……あ。
「生き返った!?」
「違う」
頭上で響いたのは呆れ気味の声。驚いて見上げる前に顔の両脇へ腕が伸びてきて、力一杯顎を持ち上げられた。
「いだだだだ痛い痛い」
「嘘を言うな。痛覚はないはずだ」
「いっ、痛くないけど気分的に痛い!」
首が曲がっちゃいけないとこまで曲がりそう。適当にいたぶって満足したらしいスカルミリョーネがわたしの顔を離して、そのままゲンコツで殴られた。うん、痛くない。
「……こんなところで勝手に死ぬ奴があるか、馬鹿」
その声の震えから、起きた事実のどうしようもなさを痛感した。生き返れはしないんだ。でも、ついさっきまでわたしを包んでいた寂寥は跡形もない。
スカルミリョーネは怒ってくれた。悲しんでもくれた。それどころか、わたしを取り戻してくれたんだ。辺りを見回しても死体はもうどこにもなくて、また自分の意思で動くようになった手をじっと眺める。……わたしの体だ。わたしのものだ。
「あ、なんか青白いね」
血が通ってないんだから当然かな。そっと首筋に手をあてて、次は胸に置いてみる。鼓動は感じられない。やっぱりそうだ。今のわたしは生ける屍。
「不満なら送り還してやるが」
「ううん! これでいい」
ちょっと後ろめたそうなスカルミリョーネにわたしの方が慌てた。せっかく会話ができるようになったのに、また物も言えない死体に戻るのは嫌だよ。心臓止まってたって息してなくたって体温なくたって、気にしない。だってスカルミリョーネも同じなんだから。
「……手を挙げて回って見せろ」
「はい」
なんか、考える暇もなく従っちゃったなぁ。逆らおうって気持ちが全然ない。いつも連れてるゾンビ達みたいに支配下に置かれちゃってるのかも。べつに不満もないけどさ。
バンザイしたちょっと間抜けなポーズのままくるりと回ると、わたしの全身を確認したスカルミリョーネはしんみりと呟いた。
「外傷が無いのは幸いだった」
まあ、毒で死んだからね。モンスターからは逃げ切ったけど町まで辿り着けずに力尽きるなんて、低レベルではよくあること。ゲームじゃなく現実で起きてしまえば、それも一度きりの体験になるだけ。
スリップダメージで死ぬのってつらいね。あのゆっくり死んでいく感じ、思い出しても血の気が引く。いやもう引くほどの血の気もなかったか。だけどそれだけ、毒を纏ったスカルミリョーネが普段どれだけわたしを気遣ってくれてたのか、知ることができた。
そばにいるのを嫌がってたのも、その方が安全だからだ。……ああ、死なせたくないって思ってくれてたのに、どうしてわからなかったんだろう。
「言うな。そうやって放っておかなければ、サヤを死なせずに済んだのに」
「ん……」
でもわたしは、思われてたって事実だけで満足だよ。ってにまにましてからふと気づいた。口に出してもないのに言うなってのは、変だよね。
「なんで考えてることわかるの?」
「……顔を見れば分かる」
そういうもんなんだ? そっか。把握してなきゃ君臨できないもんね。じゃあわたしの考えてることもスカルミリョーネには筒抜けってこと。
例えば、うーん……そうだ、熱愛光線を出してみよう。先を歩く背中に向かって好き好き大好き愛してる、きゃースカルミリョーネ様かっこいい! 抱いて! って見事に無反応なんですけれども。
わかんないんじゃないか、嘘つき。スカルミリョーネのばか、あほ、根暗。変態、むっつりスケベ、童貞!
「わぷっ」
思いつくまま悪口を並べ立ててたら、突然立ち止まったスカルミリョーネの背中に勢いよく顔をぶつけた。衝撃は感じるのに痛みはないって、変な感じ。
「どうしたの?」
生きてた時の習慣でぶつけた鼻を押さえながら、その顔を覗き込む。ゆっくりとわたしを振り返ったスカルミリョーネの全身から、なんか黒いものが立ち上っていた。
「調子に乗るなよ……サヤ……」
「あは、は……ごめんなさい」
やっぱり、通じてたみたいだ。どこで怒ったのかわかんないけど。だったら前半にも反応してくれればいいのに、ケチ。
「あのね」
「何だ」
甦らせてくれてありがとう。連れ帰ってくれてありがとう。またそばにいられて嬉しいよ。思いの丈を、言葉に乗せずに差し出してみる。スカルミリョーネも無言で受け取って、少し歩調を緩めてわたしに合わせてくれた。
「……帰るぞ、サヤ」
「うん!」
境目が曖昧で、生きてるのか死んでるのかわからない。この時が永遠に続いても、手を繋いで二人で帰ることができるなら。ずっと一緒にいてくれるならべつにどっちでもいいんだと思う。
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