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中途半端なセンテンス

 スカルミリョーネにメールを送っても返事は来ない。ごくごくたまーには届くのだけど、余程の緊急事態か、どうしても返信の必要な時だけ。専用の着信音は滅多に鳴らず、専用の受信フォルダはすかすかのままだ。
 数少ないそれを覗けば、『8時』とか『17日に変更』とか『それでいい』とか、本当に必要最低限のことだけで。固有名詞以外で10文字も送られてきたら奇跡的。
 実際に話してさえぶっきらぼうだから、文字で会話なんてこれが限界なのかもしれないけど、もう少しだけでも密度を高めてくれないかな。ほんの少しのことがたまらなく嬉しいのに。

 ある時いつも通りに近況を知らせるメールを送り、返事を期待するどころか意識にも浮かべずに携帯電話を机に置いて。しばらく後に鳴り響いた音に飛び上がった。返ってきたって事実にはしゃぎすぎて何度か落としながら携帯を開き、画面に現れた文字列を見て戸惑う。
 これ……わたしの送ったメールそのままじゃない?
 悩む。返信しようとして間違えたとか? だけど引用記号が消えてるところがなんだか不自然。まるで転送しようとして失敗したような。どっちにしろ、返事をくれようとしたんじゃないみたいだ。せっかくのスカルミリョーネからの返信がただの間違いだったって、ちょっと悲しい。
 それでも何か反応を返した方がいいのか迷っていたら、今度はこちらも珍しいスカルミリョーネからの電話。慌てて出たら通話口から妙に焦った声がする。

 耳元から聞こえる愛しい声音に体が震えた。わたしいつも、惚れた弱味とか、実感しすぎだなあ。
「おい、メールが来ただろう」
「あ、うん。あれなんだったん、」
「見ずに消せ! 今すぐに!」
「えっもう見ちゃったよ」
「なっ、な……!?」
 何だかよく分からないけど、受話器の向こう側でものすごく慌ててる気配がする。そんなに重要な用件だったかな? なんか勘違いしてるんじゃないのかな。
「ただの間違いメールでしょ? そこまで慌てなくても」
「……とにかく、消しておいてくれ。頼む」
「えー、やだ」
「サヤ!」
「だってせっかく来たメールだからね。間違いでも保護しちゃうもん」
 息を飲む音。しばらく沈黙が続いて、スカルミリョーネは盛大に厭味のこめられた溜め息をついた。内容はともかく、わたしの永久保存フォルダにメールが一件増えたってことは喜ばなきゃ。
「ああそうだ、明日なんだけど、ちょっと用事できちゃって」
「そうか。ではまたな」
「ちょっと待っ……、だからそっち行くの明後日でもいい!?」
「あ、ああ、別に構わん。では切るぞ」
 分かった、って言う前に無慈悲な電子音が耳に入った。もう、なんでいっつも用件終わったらすぐ切っちゃうのかなぁ。もっと話してたいとか思わないんだろうか。まあ、わたしばっかり想ってる気がするのは今に始まったことじゃないけど。文句のメール送っといてやる。

 そんなやり取りは日常に紛れて、結局スカルミリョーネが本当は何をしようとしてたのかなんて、わたしは気にも留めなかった。だけど数日後、真実は思わぬ形で明らかになる。
 その日は一緒に外出して夕食をとる約束をし、待ち合わせではなくわたしがスカルミリョーネの家に行った。まだ仕事の残る彼を待ちながら、退屈なので許可をもらってパソコンを借りる。
 普段これを使ってるんだと思うとマウスを掴む手が熱くなる気がして、うわあわたし救いようがない、とか自覚しつつモニタを眺めてたら、発見してしまった。不審なファイル!
 いけないとは思う。でも好奇心ってなかなか自分の意志では止められないもので、スカルミリョーネがこっちを見てないのを確認して、カーソルを合わせてみた。いいよね、どうせ鍵でもかかってるはずだもの。
 予想に反して素直に展開された中身に内心あたふたする。む、無防備すぎない? もしかしてわたしの勘違いで、仕事用のデータなのかな……。そんな思考を裏付けるように、無愛想にも日付で分けられたファイルがずらりと並ぶ。
 ちょっとくらい、見てもいいかな。駄目そうなら即閉じて忘れればいいよね。怒られたら、正直に謝れば。そうやって自分に言い訳しながら、手は迷いなく動いて。覗いたファイルの中身はどっかで見たような、他愛のない文章。

 某日、『さっき隣の犬が脱走したんだよ。奥さんと一緒に追いかけたけど全然捕まらなくて、こっちを馬鹿にして振り返るの! ムカつく! 結局夕方になったら勝手に帰ってきたけど、わたし達ってなめられてるよね。まあ怪我もなくてよかったけど』
 某日、『今日はこっちに来るんだよね? こないだ気分転換に模様替えしたからちょっとびっくりするかもよ! お楽しみに』
 そして某日。『間違いとかじゃなくてたまにはメール送ってよー、ばか。あと電話切る時は返事するまで待ってね』
「…………」
 思わず振り返ってスカルミリョーネを再確認。相変わらずこっちには気を払ってなくて、不満と安堵が同時に込み上げた。
 これってわたしの送ったメールだよね。日付を遡って最初のファイルを見たら、なんともはや。やり取りをするようになった最初の日からしっかり保存してあるじゃないですか。
 律儀っていうか執拗っていうか、こんな見えないところじゃなくて、もっと素直に執着心を見せてくれたら嬉しいのにな!

 しかも、おまけに、そのうえ、あろうことか。『今からそっち行くよ。何食べたいか決めといてねー。ちなみにわたしは中華の気分』という先程送ったばかりの文章の後ろ、あるはずのない続きが書かれていたのだ!
『私は外食よりもサヤの作る食事の方がいい。出かけたくないというのもあるが、家で寛げる時間にこそ二人でいたいと思う。正直褒められた腕前ではないが、お前の作るものなら何でも美味い。と、言えたら良いのだが』
「言えよ!!」
 うっかり口に出してしまった。スカルミリョーネの不審者を見る目付きに適当な言い訳をぶつけて、更に手近なファイルを漁ってみる。
『犬に怪我がないのは何よりかもしれんが、お前が転んで怪我をしてどうする。鈍いのだからサンダル履きで全力疾走するのはやめておけ。こちらは知らないところで何かあってはと気が気じゃない』
『居間に私の写真を飾るのは気恥ずかしいからやめてくれ。それと、先日私が話した本を買ったようだが、お前には無理だろう。背伸びせず好きなものを買え。というか興味があるならうちで読め』
『恐ろしい誤爆をするところだったが返信を書く前でよかった。必ず隙を見て消し去ってやる。当人に見られないと分かっていてこんなに緊張しているものを、どうして実際に送ることができようか。電話もそうだ。耳元でサヤの声がすれば何も考えられなくなる。何か妙な事を口走る前に切るが吉だ。それにやはり話すなら目の前にいてほしい』
 どうしよう。恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。なんなのこれ、送ってくれればいいじゃない。こんな不意打ちで、知ってしまったら、耐えられない。

 歓喜と羞恥で眩暈を起こしながら、一息ついてるスカルミリョーネに擦り寄った。戸惑いの視線が返されて、なんだかもうそれを直視できない。
「あの、今日やっぱり、わたしが作ってもいい?」
「……急にどうした」
「いや、なんか、面白そうなレシピ見つけたから」
「せめて美味そうなレシピで試してくれ……」
 げんなりしつつも異存はないらしいスカルミリョーネを見て、自分の顔色が心配になった。あ、赤くなってなきゃいいけど……。多分なってるよね。
 返って来ない言葉が、だけど確かに存在してたって分かってしまったから、これからメール送る度に挙動不審になっちゃいそうだなぁ。

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