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寂しがりやの住まうトップ・オブ・ザ・ワールド

 用がある日はそれを済ませてから、何もない日はまず真っ先にサヤのことを考えた。今頃あいつは何をしているだろう。……何もできるはずがない。何を考えているだろう。……私への恨み言に決まっている。
 そうして考え疲れて虚しくなったら、奴を閉じ込めている部屋まで様子を見に行く。反抗的だが生命力の有り余るいつもの彼女を見て安堵する。それが最近の日課となっていた。
 頭の中には常にサヤがいるように思うが、実際に一日の全てを共に過ごしているわけではなく、気が向いたら訪ねてやるという程度の付き合いだ。配下達の世話もあるし、ずっと一緒に居ては何かが崩れてしまう気がして戸惑っていた。
 私はただ手元に置いておきたいと願うだけだったのだが、どうやらそれは叶わないようだ。何度罰を与えても何度宥めても、サヤは懲りずに闇からの脱出を試みた。
 陽の当たる場所とはそうも惹かれるものだろうか。失うことを納得できないものだろうか。……奴は堕ちない。視界も音も接触も、なにもかも遮断してサヤの世界を私の足元のみに制限したが、奴は恐るべき生命力を以て抗い続けている。
 何故なんだ。どうすれば、あいつは諦める……?

「ねえ」
「……何だ」
 光の差し込まない部屋の中、サヤが手探りで私のもとへ歩み寄ってきた。
 思い返してみるとこの娘は、ここに連れて来た当初から暗闇に怯えるということがなかったな。退屈を嘆く言葉は吐いても、姿も掴めぬ私の存在に恐怖を発したことはない。よほど鈍いのか、或いは虚勢をはっているだけなのか。
 どうせ何も見えないのは分かりきっているのに、何かを探すように視線をさまよわせた後、声と気配で見当をつけたサヤが私に体当たりを試みる。が、こちらからは彼女の動きも手に取るように分かるのだ。避けるのは容易い。
「ぶべっ」
 思ったよりも正確に私の居場所を当てたようで、つい先程まで立っていた場所にサヤが倒れ込む。
「何をしている。馬鹿か?」
「ちょっと今あんた避けたでしょ!」
「お前が突進してきたからだ」
「そこにいるか確かめようとしただけよ」
 そんな生温い勢いではなかったぞ。突き飛ばして壁に激突させ殺してやる、それぐらいの意志を感じた。現に顔面から床に突っ込んだサヤは皮膚を擦りむいているようだ。
「話をしているのだから、ここにいることは分かっているだろう」
「……見えないから苛々すんの」
 もしも闇から出てこの姿を晒せば、恐れるのだろうか。私が何者であるのか情報を与えれば、サヤは怯えるのだろうか。……そして逃げ出そうとする。今と同じだな。

「こっち来て」
「何を企んでいる」
「人聞き悪いこと言うな。いいから早く!」
 人聞きも何も、この間はいきなりファイガをぶつけてきただろうが。囚われの身の分際で手際よくレベルアップしおって……いつ殺されるか気が気ではない。
 尤も、私が死ねばサヤもまたこの部屋から出られんようになっているのだが。
「聞いてんのスカルミリョーネ。ねぇ……」
 急に弱々しさを孕んだ声に油断し、二度目の突進を避けられなかった。
 崩れかけた肉に、でなければ剥き出しになった骨に。全身あらゆるところに触れられるのが恐ろしく、慌てて引きはがそうとするがサヤは必死にしがみついて離れない。
 普段あれだけ悪態をつくくせに、どうして触れたがるんだ。私の方が優勢に立っているはずなのに、一挙一動に怯えて戸惑うのは私ばかりだ。彼女の考えていることが分からない。
「……離せ」
「嫌だね」
 人ならぬ感触を悟られてしまえば、サヤは私を知るだろう。私が魔物であることを、畏れるべきものであるということを。
 しかし真正面から私に抱き着いた彼女は、何に戸惑うこともなく大人しくしていた。これだけ密着していれば腐臭もごまかしきれまいし、そもそも先程から突き出した骨がサヤの頬に当たっている。
 驚きもせず相変わらず怯えもしない。……やはり相当鈍いのだな。この感情は安堵なのか他の何かなのか、自分でもよく分からない。

「……外に出たいか?」
 答えを聞くまでもなく分かっていたことだが、実際に私の方から口にすると妙に不自然な言葉だった。サヤもまた驚き目を見張っているのを感じる。
 否と言うわけがないんだ。理由もなく監禁され、それを良しとする人間などいない。
 閉じ込めていたいのではないと言って誰が信じるだろう。ただ逃げないでいて欲しいだけなどと。……それを言える弱さすらないのに。
「ちょっと待ってよ、本気で言ってんの? 今まで脱走の度にあれだけのことしといて」
「出たくないのか。さっさと答えろ」
「出たいよ! でも、」
 戸惑いは必要ない。終わるなら早く済ませればいいんだ。どうせ待っていてもこいつは諦めない。

 テレポの浮遊感に驚いたのだろう、私にしがみつく指に力が篭った。
「あ……っ」
 外へ出た瞬間、サヤが短い悲鳴をあげてうずくまる。長らく暗闇に閉じ込められていたところへ、突然このような明るい場所に出て光に目を焼かれたのだろう。目薬か万能薬でも用意しておけばよかったか。それとも、その瞬間が少しばかり遠退いたことを喜ぶべきか。
 瞼を手で覆い隠して苦しげにする彼女を立たせ、ローブの中に抱え込む。僅かに光を遮断され、サヤはようやく目を開いた。
「……チカチカする」
 まだ少し視界が悪いらしく、目を細めて宙を睨んでは何度もまばたきを繰り返し、やがて明るさに慣れたのか確かな力の宿る瞳が──私を見た。
「……こういう顔だったんだ、あんた」
 サヤは冷静だった。日の光の下に曝された私の姿を見ても、動揺することなく淡々と観察している。時折強風に煽られて、よろめきながら私の腕に縋った。
「他に言うことはないのか……?」
「何が? ってかさむ……なんでこんな風強いわけ? ここどこなの」
 これは予定外だ。己を拐かした者が魔物だと知れば、怯えるか錯乱するか……気の強い娘だとは身を以て知っているから、何か予想外の反抗を見せるかもしれんとは思っていた。しかしここまで無反応ということがあるだろうか。

 立場上、逆のはずだが、私の方が混乱している。サヤはこちらを気にも留めず私のローブを掴んでいた手を離し、そのまま自分の居場所を確かめるべく歩き出した。
「おい……」
 彼女が私に応えないとしても逃がす気はなかった。だから、連れて来るならば体力を使おうと魔力を使おうとすぐには逃げられない場所でなければならなかった。つまりここは、ゾットの塔の上だ。
「サヤ!!」
 風に煽られた体が音もなく傾いた。空へ投げ出される寸前に、私の指先が彼女の服を掴む。
「ば、」
 馬鹿が、落ちたらどうするんだ! ……と怒鳴ろうとした瞬間、引き寄せた腕が私の腹に減り込んだ。
「馬鹿! 馬鹿! 崖っぷちならそうって言っとけよ!! あああびっくりしたもぉぉ」
「分かったから殴るのを止めろ」
「スカルミリョーネの馬鹿!」
 ああ、一応の恐怖心はあるのだな。……ではなぜ私に怯えない? ようやく暗闇から脱出したことで興奮しているのか、それとも。
「はぁー、えらいところに閉じ込めてくれたもんね、これ」
「……逃げる気は失せたか?」
 答えもしないまま青褪めた顔で地面を覗き込む。彼女の手は依然として私の腕を掴んでいた。まあ、落ちるのが怖いというだけだろうが。

「満足した。部屋に帰ってやるから、あそこに明かりつけてよ」
 一瞬、意味が分からなかった。いやしっかり考えても分からない。満足した? 部屋に……『帰る』だと? 固まった私に、呆れ果てた風の彼女が苦々しく吐き捨てた。
「光が駄目なのかと思ってたけど違うんでしょ。じゃあもう隠さなくていいじゃない」
 それはつまり、私が何者であるかを彼女は知っていたということだ。そしてそれを知られたくないがために暗闇に押し込めていたことも。そして、知ってもなおサヤは、
「いなくなったら寂しいんでしょ?」
 私の求めに、応えると言う。
「……へぇ、なんだ。そういう顔もできるんだ」
 言われて思わず顔を押さえた。それを見た彼女が嬉しそうに笑う。……どういう顔をしていたのだろう。

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