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刻み付けられたフィア

 逃げ出したい。自由になりたい。その想いが力を生み出したらしい。進化っていうのは必要に応じて起こるものなんだ。この牢獄の中、奴への怒りによってわたしは転移魔法を身につけたのだ。天才かもしれない。
 闇に潜んで部屋の外を窺うも、スカルミリョーネの気配は感じない。まあ、奴の場合はどこからともなくいきなり現れたりするから油断できないんだけど。
 呪文は唱えない。印の組み方も知らない。ただ集中して念じる。ここではないどこかへ!
 しかし体内に凝縮された魔力と呼ばれる力が今まさに発現されようとしたその瞬間、叶うかに見えたわたしの念願は敢え無く潰えることとなる。
「っ……に゛あ゛あ゛あ゛ああああ!?」
 罠に搦め捕られたように全身が強張り、体中に雷撃のごとき痛みが走った。これは最早慣れた感覚だ。あああ雷に打たれ慣れるって何だ、どういうことなんだ! わたしって不幸だ。

 ちくしょう、動けない。転移魔法も掻き消されてしまった。頭の奥まで痺れて、もう一度集中し直すのも難しいだろう。第一、この部屋に何かの術が施されている以上テレポなんか唱えても無駄なこと。今度は罠を感知する能力に目覚めますように。
「あ、ぅ……くっ……駄目だ動けん……」
 腕を突っ張って立ち上がろうとするが、実際には指先さえ動いていない。死人にでもなった気分だ。なんとか声だけは出せるという事実でまだ生きていると確認できる。
 もがくごとに早く起き上がらなければと焦りが募った。罠にかかった以上、わたしが脱走を試みたのは簡単にバレるだろうが、スカルミリョーネが帰って来た時にこの状況では何が起きるやら。
「フッ……いい格好だな、サヤ」
 なんてあたふたしてる間に来やがったよ。ほら見ろこの腹の立つ笑い、人を馬鹿にしくさって! 殴りたいなあ!
「……起こしてよ」
「それが頼み事をする態度か?」
「死ぬ気で脱走したくなるような環境に監禁してるあんたが悪いのよ」

 太陽が昇りまた沈んでも、わたしはその動きを知ることもなく、暗闇の中で一人うずくまっていなければならない。苦痛だ。本気で狂ってしまいそうだった。
 己の存在すら希薄になる、闇の中の孤独。全ての原因たるこの男でも構わないから、とにかく誰かそばにいてと縋りつきたくなる。
 頭上に感じる冷ややかな視線に腹を立て、お蔭さまで力が沸いて来るようだ。うん、まあ実際は全然回復してないけれど。気分だけ床に手をついて体を起こそうともがいた。まだ頭のてっぺんから足の爪先まで痺れている。
「……全く、学習能力のない女だな」
 うるさいほっとけ。絶対、脱出するまで諦めないんだから。いつまでも従うと思うなよ、卑怯者。
 真っ暗な視界の中で何かが動いた。目玉だけ動かしてそこらへんを睨むと、スカルミリョーネらしきものがわたしに手を差し延べているのが分かる。小瓶、だろうか。僅かに光る硬質なガラスが目に入った。
「起きて飲め」
 だから、それができないって言ってるのに。それでもさっきよりはマシになった気がして、試しに腕を曲げてみる。脳味噌が指令した速度よりも幾分遅れて、右腕が肩にくっついた。よし、動く。
 気分だけは慌てているのに動作は焦らすようにゆっくりと、ようやく四つん這いの姿勢にこぎつけた。でもここからどうしよう。片手でも床から浮かせたら崩れ落ちそうだ。この野郎の目の前で今以上の醜態を曝したくない。

 震えそうになる体に舌打ちして、これは恐怖のせいじゃないと心に訴え続ける。腰が抜けたように尻餅をついて、やっと床に座り込んだ。あー、ビリビリする。
「それで終わりか?」
「うっさいな……そんなすぐ起き上がれるわけないでしょ」
 あの雷撃、サンダガ並だったわ。せめて威力を弱めろっての。わたしなんか簡単に死ぬんだから、ってまあそれが目的かもしれないけど。
 へたりこんで、両手をついて地面を睨む。うっすらと自分の腕が見える。いくら闇に目が慣れても、この場の全てをはっきり認識できることはない。スカルミリョーネの姿だってまだ一度も見えないんだ。
「……あんたなんか嫌いだ」
「だからどうした」
 自分はどうなのかくらい答えればいいのに。何考えてんだか全然分からない。
 不満を垂れ流そうと開いた口に、先程の小瓶が突っ込まれた。なんであっちにはわたしの行動がはっきり把握できてるんだろう。不公平だ。
「うぇ……苦い……」
 ポーションをはじめ大概の薬液はくそまずくて子供の頃から大嫌いだけど、これはとくにひどい。血が泡立つようにして、こっちの精神状態も無視してガンガン回復されるのも嫌な感覚だ。
 ぐっと顎が掴まれて持ち上げられる。そこだけ輝いてる金の瞳が細められて、表情も見えないのに嘲笑ってるのが分かる気がする。

 人のものとは思えない冷たい指が、何かの感情をもってわたしの肉に食い込んでいる。スカルミリョーネはきっと人間じゃないんだろう。それくらいわたしにも分かる。暗闇なんかで隠しきれると思ってるんだろうか、阿呆め。
「ねえ……、なんで出してくんないわけ?」
「逃がしはしないと言ったはずだ」
 求めた答えのようでいてはぐらかしてる。いっつもそうだ。
 逃げられないことくらい、本当は分かってる。だってわたしはここがどこなのかも知らないんだから。なぜ逃がさないのか、もっと遡るなら、なぜわたしを捕らえるのか。それが知りたい。
 もしも逃げ出してしまえたらどうなるんだろう? 失敗してさえこの仕置き。先の展開なんて恐ろしくて考えられない。そしてわたしには何も見えないから、また逃げ出すんだ。
「じきに、逃げる気力さえ奪ってやろう」
「……お前なんかに屈するもんか」
 まだ用が残っていたのか、闇に残光を刻んでスカルミリョーネの瞳が消えた。また一人になってしまった。
 次に奴が来るまでに何をするか。考える内、いつの間にかスカルミリョーネを待っている。全部あいつの思惑通りかと思うと、本当に本当に本当にっ、ムカつく。
「……攻撃魔法、頑張って覚えよう」
 畏れてるって、自覚はしてる。でも恐怖に囚われたりしてやるもんか。

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