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身内の目

 まだ気付かない程度にじりじりと、一団の歩みが遅くなっている。じきに目に見えて休憩が増えてくるだろう。そうなれば限界が来るのは早い。女だの子供だのぞろぞろ引き連れて来るから足並みが揃わないんだろうが、何やってんだかな。群れなきゃ何もできんのか人間は。
 無事に勝って帰るつもりなら足手まといはそれが露呈する前に切っとくべきだ。もちろんそこにはサヤも含まれている。つーか、こいつが足手まといの筆頭なんだが。
 一応自分の弱さを弁えて無茶はしねえように控えちゃいるが、前線に立つゴルベーザ様がこいつの身を案じて気が散漫になってんのは明らかだし、危なっかしいんだよなぁ。人数だけ揃えてそれが精神の支えになるのは最初のうちだけだ。ただ守られついてくるだけの小娘に、僅かでも疑念が向けられる前に……どうにかしねぇとな。

 オレは、というかルビカンテもバルバリシアもスカルミリョーネもおそらく同じだろうが、あの星の危機なんぞはどうでもいいんだ。棲み慣れた場所なのは事実で、逃げ延びる先があるのかも分からん以上、ゴルベーザ様を帰すためにもほっとくよりは守った方がいいのは確かだが。
 最奥に待ち構えている野郎が想像を超えて厄介でどうしても駄目だったなら、あの魔導船って奴で青き星なんかほっぽり出して逃げても別に構わねえ。それぐらいの熱の無さだった。元々なにかを救うだの守るだのなんてのは想像の範疇にもねえんだしな。
 守るべきものが仮にあるとして、それは家か? 土地か、国か、星なのか。少なくともオレ達にとって守るべきは青き星じゃなくゴルベーザ様だ。
「自分と関係ないものを守るって、大変だよね」
「好きで苦労してんだから世話ねぇな」
「……うーん」
 肯定も否定もせず、サヤはただ虚空を睨んで唸った。進んでるのか止まってるのか区別がつかない。ただただストレスが溜まっていくばかりだ。

 同行する人間どもは、当たり前だがオレ達とは違う。あちらに残してきたものがありそれを失わないためには戦うしかないわけだ。選択肢はない。そしてゴルベーザ様は人間であるがゆえに巻き込まれ縛られている。
 面倒臭い。……全部無視して放り出して寝ちまいてぇ。だが、戻って来ちまった以上は従うしかないんだよなぁ。
「戦って死ねとでも命じられる方が断然簡単だな」
「そんなの従うの?」
「いや。てめえでやれって唾吐いて逃げる、オレは」
「あは、は……カイナッツォらしいよねー」
 力無く笑うサヤの、妙に消沈した様子が気にかかった。どうしたのかと聞いてほしそうな素振りはないからわざとじゃないんだろう。って無意識に疲れが漏れてんならむしろそっちの方が問題か。
 放っとけばいいと思う。適当に守って適当に休ませて適当に回復してやって、とりあえず生きてさえいれば目的は果たされるんだ。ただでさえ立て込んでる時にこいつの悩み事まで聞いてやる必要はないんだが。
「何かあるんなら言ってみろ、聞くだけは聞いてやるぜ」
 もうなんつーか、身についた習慣ってのは恐ろしいな。こいつだって考えることが多すぎて愚痴を吐く余裕もないはずだ、暇に飽かせて絡んで来た頃とは違うと分かってるのに、つい自分からつついて言わせてしまう。手間を増やしてどうすんだよ……。

 オレの方から会話の糸口を差し出したのに戸惑いながら、ちらっとセシル達のいる方に目をやりサヤが溜め息をついた。
「なんか、馴染めないって、自覚しちゃうのはつらいよね」
「ああ? ……そうかぁ?」
 別段、浮いてるようにゃ見えんがな。カインやローザとは普通に話してたし、旅の間一緒に寝泊まりしたらしいセオドアとも隔たりはない。あとは忍者の親玉だのミストの召喚士だのダムシアン王だのとも、向こうから話しかけられれば……ああそうか。
 いやしかし、それで馴染めないと感じるならそりゃサヤが馴染もうとしてねえからだろ。縮める必要がないなら距離なんかほっときゃいい。
「敵を倒すまでの一時的な仲間だ。何も仲良しこよしにならなきゃいかんわけじゃねえし」
「そーゆー真面目な悩みじゃなくってさー。べつに今どうでもいいことなんだけどね」
「お前の考えることは基本的にどうでもいいけどな」
「なにそれひどい」
 まあ、真剣に考えるほど頭が痛くなるようなことばっかりなんだ、現実逃避でもくだらねえことでも考えてた方がかえっていいんじゃねえのか。息抜きぐらいにはなるかもしれんしな。

「で、何なんだ?」
 小休止に入ると決めたらしい集団から少し離れて腰を落ち着けた。何気なくオレの上に座ろうとしたサヤを追い払って続きを促す。なんだかなぁ、オレも世話焼き性がうつっちまったのか?
「わたしと、外見レベルが違いすぎてへこむんだよね」
「はあ。見た目にレベルなんてあんのかよ」
 言われて改めて周りの奴らと見比べてみるが、差異がよく分からん。強いて言うなら一人だけ丸腰なのが浮いてるといえば浮いてるか? しかしその分荷物が多いし戦闘に巻き込まれんよう走り回ってるから、「何もしてない」って感じはしねえ。
 いやまあ、美醜の話をしてるんだろうとは思うが。こいつ前にも似たようなことでうだうだ悩んでなかったか、懲りねえやつだな。
「カイナッツォから見てさ、ローザとバルバリシア様ならどっちの方が魅力的だと思う?」
「ローザ」
「えっそうなんだ」
 どっちもどうでもいいって返事でも予想してたんだろう、サヤの目が意外そうに見開かれ、やがて好奇心に輝きだした。
「なんでローザ? あんまり接点なかったよね」
 騎士団を率いていたセシルやカインはバロン王としてそれなりに面識がある。だが一介の白魔道士でしかなかったローザとはとくに関わりもなかった。あの頃オレはもうずっとバロンにいたし、ローザはすぐにゾットの塔へ連れて行かれたしな。
 頭ん中から引き出せるのは昔バロンで見かけた微かな記憶と、セシルに寄り添ってる今現在の姿だけだ。
「別にあの女にゃ興味ねえが」
「でもどっちか選ぶならローザなんでしょ」
「まあな」
 内面なんぞは知ったこっちゃねえからオレが見るのは当然外面だ。人間並の美醜感覚も、他の奴よりは持ってるだろうしな。どちらが美しいかと聞かれれば当然バルバリシアだ。それを武器にできるほどの魔性の女なんだから当たり前だ。だが今のローザは、
「他人の女だからなァ」
「うわあ」
 生憎と、いい女に貢いだり尽くしたりなんて奴隷根性は持ち合わせてないんでな。壊し甲斐のある方が魅力的に決まってんだろう。所有権が他人のもとにある女ってのはいいモンだぜ。
「改めて実感したけど、カイナッツォって立派な下衆野郎だね」
「褒め言葉として受け取るが、んな口の聞き方してたらゴルベーザ様が泣くぞ」
 ちらっとあちらを見れば、何か自分の名が出たことだけ分かったらしいゴルベーザ様が不思議そうにこっちを窺っていた。……野郎もあれだが下衆もいかんな。オレのがうつったと言われて批難されそうだ。

 人間の中にいればそれなり、魔物に囲まれりゃ霞む程度だったローザだが、愛した野郎との間に子を成して今はずば抜けたと言って差し支えない美貌を身に纏っている。顔つきは変わってないんだから心根が強くでもなったんだろうな。多少やつれてるが、周りの女どもと比べればやはり際立って見えた。
 集団にあって特に目立つバルバリシアとローザを、気にするサヤもまた女だ。そうは見えんが。いや、そう見えないことこそが悩みの種なわけだ。
「じゃあさ、わたしとローザ、だったら……カイナッツォはどっちが好き?」
 より明確な答えを求める質問に、半ば確信していたとはいえやっぱり面倒だと思った。
「お前の方が付き合い長ぇしなぁ」
「なにその濁し方。らしくない」
「うっせえな。ああお前の方が好きだよ! これで満足か?」
「……うん、多少」
 なんでこうまで考え込むんだよ底抜けにめんどくせえ奴だな。いちいち誰かと比べなけりゃ自分の価値を計れねえのか。そらまあオレ達でもなきゃローザと引き比べたうえでサヤを選ぶ奴なんか、そうそう居ないんだろうけどよ。
 クソッ、他人を褒めるってのはどうしてこう気色悪いんだ。寒気がするぞ。

「お前はあいつらを上に見すぎじゃねえのか? 口の端にのぼるぐらい端正な顔してるのなんて限られてるだろーが」
 見回してみても、これだけ人数がいるってのに目を引くような美形なんてのは少ない。スカルミリョーネみてぇのならともかく、奴らと同じく十人並みなサヤがそこまで自分を卑下する必要はないとオレには思えた。
 が、同時に周囲の顔ぶれを確認したサヤの声は重く、「全部ずば抜けて美形なんだよわたしから見たらさあ」と絶望的な顔で吐き出した。
「言うほどじゃねえよ。お前の感覚じゃどうか知らねぇが」
「そのわたしの感覚が問題なんだもん。こっちでは人並みでもみんなすごい綺麗なんだよ! こんな美男美女軍団にほうり込まれたわたしの身にもなってよ! 人気モデルばっか揃った奇跡の合コンに紛れ込んじゃった一般人、みたいな……ッ!!」
「分からねえよ」
「わたしだって普通にちやほやされたいんだもん!!」
 普通に、と強調してサヤの拳が地面を叩いた。突っ伏しているせいで普段は届かない頭が目の前にあるのは、狙ってんのか何なのか。
 いろいろと救い難い叫び声につられていくつかの目がこっちを気にしていたが、おそらくそのどれもがこいつの求めには応じられないんだろう。弱いから守ってやらなければとか、後ろ暗いから気を遣わなけりゃとか、そういうことじゃねえんだな。
 バルバリシアがどうとかローザがどうとか言う以前に、例えばあっちの世界にいるであろうサヤの親兄弟のように、何の根拠も意味もなく、ただの身内贔屓で……なんつーか……待て、オレにやれってのか……。
「あー、まあ、落ち込むな。お前だって充分可愛い、ぞ」
 口が腐れ落ちそうだ。なんてこと言わせんだよ阿呆。
「……ほんと?」
「可愛い可愛い」
 おざなりに言ってぽんぽんと頭を撫でてやると、サヤは目尻を下げてものすごい勢いで照れはじめた。心が篭ってなくても自分で慰めるよりはマシなようだな。
「心配しなくても埋もれたりしねえよ。お前がどこにいるかぐらいオレ達にはすぐ分かる」
「うん。ありがとう……」
 疲れが溜まればどうでもいいことでも重くなってくるもんだ。冴えない黒髪にこっちの服を着慣れたサヤは、確かに、目立つとは言い難い。互いによく知らねえ人間の中でこいつを独特の視線で捉えているのは、オレ達だけだろう。
 外見のコンプレックスも、問答無用に戦闘要員から除外される非力さも、目的が他の奴らと食い違ってることも、辿り着くのは同じところだ。……亀裂が、見つからないほど小さい内に何とかしねえとなぁ。

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