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黒い稲妻

 何か軽く洗脳でもされてるような気がした。というか自己暗示なのかな? 黒ってもともとカッコイイものだと思ってたけど、誰かさんのせいで一層魅力的に見えてくるんだ。
 いつかとは違って壁になんて阻まれずに眺められる姿、戦うゴルベーザは、正直に素敵だと感じてた。本人には絶対言わないけど。
「いや……言ってやれよ」
「だって恥ずかしいよ! あっちも微妙な顔して『あー、どうもありがとう』とか言うに決まってるし」
「そりゃお前が普段いじりまわしてるから素直に受け止められねえんだろうが、自業自得だ」
 べっつに受け止めてもらわなくて結構ですう。わたしの本心なんてわかってもらえなくても、この距離を楽しんでるもん。だからもういいんだ。
 それは確かに嘘じゃない。間違いなく本音なんだけど強がりが含まれてるのも事実で、カイナッツォは見透かしたように笑っていた。
「ヘタレ」
「うっ……うるさいな」
 ヘタレじゃないもんわたしヘタレじゃ、な、ないもん。心の中で唱えた言い訳にまたカイナッツォがニヤニヤしてたからとりあえず蹴る!

 大体、ゴルベーザの記憶がちゃんとあったとしてもそう素直に「カッコイイよ」って言えるわけない。むしろ今以上に頑なに言えないと思う。なんか恥ずかしくて。
「言葉を変えりゃいいんじゃねえのか」
「例えばどういう?」
「黒が似合うよね、とかな」
 そっか、なるほど。似合うってだけなら褒めてないもんね。べつに褒めたくないとかそういうわけでもないけど。でもわざわざ似合うとか言う必要なくない? それで喜ばれたってわたしは特に嬉しくなんかないし。そもそも黒いからカッコイイんじゃなくて着てる人が、ああっ今のなし。
 セシルのことを覚えてるせいか、この世界でのゴルベーザは元の世界にいた頃のあの人以上に重々しくて悲しい。だからこそ内から出てきたような闇色が似合っちゃうんだろうと思う。
「そういえば、カイナッツォもカッコイイよね」
「オイそういえばって、ついでかよ?」
「わたし黒い方が好きだな〜」
「あっそ」
「ちょっとくらい喜べばいいのに可愛いげないな」
 青かった時には生々しくていかにもモンスター! って感じだったけど、黒い方はどこか無機質でメカっぽくて、合体変身とかしそう。せっかく四人揃って召喚獣にされちゃったんだから巨大ロボとかになればいいのに。
「お前、オレ達を何だと思ってんだ……」

 くだらない会話で時間を潰す。退屈なのは他の皆がいないせいだ。カイナッツォって一番呼び出し少ないよね。サボりたがりだから丁度いいのかもしれないけど、常に待機所にいるのもどうかと思うよ。今は召喚獣としての役目に邁進すべきときなのに。
 他人事ながらちょっと心配になってた時、その声を聞き取ったみたいにカイナッツォの周りに召喚の赤い光があらわれた。なんかすごい面倒臭いって顔してるけど!
「いってらっしゃい、頑張ってね」
「何もしたくね〜」
「……」
 カイナッツォの性能がいまひとつ使い勝手悪いのは、もしかして自分の意志なの? 働きたくないからなの?

 真っ黒い大きな体が消え去ると、ふっと心細くなった。か、カイナッツォでさえ呼ばれたのに、四天王が皆いないのに、わたしだけ召喚されない!! わたしってそんなに役立たずですか!?
 やっぱり遊びすぎるのがいけないのかな、この世界にはいろんな人がいるからお祭り気分になっちゃうんだよね。珍しくちょっと反省しかけてたらわたしの周りにも赤い光が。
 誰が呼んだのかわかんないけど今回は真面目に戦ってみよう……そんな決心を覆すように現れたのは二つの黒だった。消え残る赤と明滅してくらくらする。
「ゴルベーザ……?」
 敵の姿がないから戦闘じゃないみたいだ。代わりにそこにいたのはさっき召喚されたはずのカイナッツォで、なんでかシラけきった顔でわたしを見てた。
「どうしたの?」
「サヤはどちらの方がより格好良いと思うのだ」
「は?」
 一瞬、何事かと思った。次には冗談かなって疑って、だけどゴルベーザの声音はとても真面目で、実際かなり切迫した空気が広がり緊張感に包まれた。どっちがって、カイナッツォとゴルベーザと比べて? え? さっきの……なんで会話が筒抜けなのかな! 逃げたい!!
「どっどっどっちってっ」
「黒が好きなのだろう。私とカイナッツォならどちらを選ぶのだ」
 なにその二択。せめてバルバリシア様が入ってればああでも逃げ道なんかに使っちゃ失礼だよね。

 頭のてっぺんから湯気が出そう。カッコイイとか好きとか、深い意味はないってわかってるけどっ……。面と向かって正気でストレート投げたことなんかない。回りくどくも言えないのに。だってそれはあまりにも、わたしの深いところにあるから、さらけだす勇気なんか無いよ。
「い、言う義務とかないもん」
「では言わずとも良い。態度で示せ」
「はい?」
 意味わかんないままゴルベーザが兜をとるのを呆然と眺めた。素顔を見るの、まだ少しだけ緊張する。あっちが全然気にしてないのがまた癪なんだよねー。
「どちらか好きな方に接吻するのだ」
 せっ……ぷく? いや……。なに? どうしてこうなった?

「なぜ青褪めるんだ。何も口にしろとは言っていないだろう」
「あ、ああ……頬っぺたとかでいいんだ」
 それならまあ。それでもすごくイヤだけど。っていうか兜を脱いじゃうってことは自分が選ばれる気満々ってことで。でもわたしは――。
「どっちかって、言われたらそりゃ……」
 選択肢なんか二つしかないのに消去法だよ。カイナッツォはいいよ、平気だ。カメだから。カメだもの。サヤ、平常心!
 どうなっちゃうのか少しだけ気にしつつ、逃げ腰なカイナッツォの甲羅をがしっと掴んでその額に顔を近づける。体色が変わっても体温は変わらないんだ。以前と同じ冷たい肌がわたしのくちづけを受け止めた。きっとゴルベーザの鎧もこんなふうにひんやりして――かっ、考えるなー!
 唇が離れると同時、背後に寒気がしそうな冷ややかな視線を感じたような気がして、振り返るのが怖くて見下ろしたカイナッツォの顔が引き攣ってた。
「……、死ぬか殺されるか好きな方を選ぶがいい」
「選べてないんですが」
「では私が選んでやろう!」
 殺してやると一言呟いて剣を抜き放つ。やっぱり魔物相手に魔法じゃ不利だから物理攻撃、カイナッツォはゴルベーザに攻撃なんかできないんだから、力任せに突撃するだけでいい。多少の思考力は残ってるみたいだね。これっぽっちも安心できないけど。
 逃げ切れないものだってすでに諦めてるカイナッツォは、疲れた顔で水のバリアを張って防御に徹してた。切れるはずのないそれを切り捨て、稲光みたいな影が何度も何度も叩きつけられる。ザッシュザッシュと聞き苦しい音、そして悲鳴。繰り広げられる惨劇に背を向けて空を見上げてみよう。
 わあー、月がきれいだねー。いっつも同じ景色だけど。

 涙ぐむカイナッツォとかすごく貴重だなぁ。って呑気なこと考えつつ激闘で刔れてしまった地面にしゃがみこむ。
「サヤッ、てめえがちゃんとしてりゃ何事もなく済んだんだろうが!」
「知らないよそんなのー」
「どうせ駄々漏れなんだからさっさと好きだと言っちまえ!」
「わああああっ!!」
 他人の口から漏れ出た告白を聞かせまいとゴルベーザの両耳に手を伸ばして、普通に届いたことにぎょっとしてしまう。そうだ、前ほど身長差がないんだ。顔……近いっ……。
 硬直したわたし達に、足元から冷ややかな声がかけられた。心は引いてるのに手を離せないし、ゴルベーザも動かない。
「こう言っちゃなんですがゴルベーザ様」
「な、何だ」
「記憶があってもなくても、やってるこた同じですよ、あんたら」
 言うだけ言ったらわざとらしい溜め息ついて、カイナッツォは一人勝手に石の中へ帰っていった。わたしはゴルベーザの耳を塞ごうとした途中の半端な体勢、まるで抱き着いてるみたいな形で取り残される。
 ど、どうしたらいいのこの状況。

 さりげなく離れるつもりで動かした手足はぎくしゃく人形みたいな変な動作をして、たぶん意識しまくってるのはバレバレなんだろうなって思うと今すぐアトモスの中に逃げ込みたかった。
「あのさ、」
「うん」
「な……なんで急にあんなこと聞いたの?」
 不自然に開いた距離をじっと眺めて、どこまで見透かしてるのかわからない深紫の瞳がわたしを見据える。
「……サヤは四天王に執心だからな」
「そ、そうかな」
 でもそれは、ゴルベーザ四天王だから、なんだけどな。ゴルベーザがいなくちゃ四天王とも会えなかったし、ゴルベーザが間にいなきゃ好きになることもなかったし、何よりわたしが受け入れてもらえたのもゴルベーザがいたから。けど当の本人は覚えてないんだ。
「……なぜ召喚獣と張り合わなければならないんだろう」
 でもそれは……、それはゴルベーザにとってカイナッツォ達がただの召喚獣じゃなく、仲間だったって意識が少し残ってるからだと思えて。自分と同等に扱ってくれてるのがたまらなく嬉しい。
「ルビカンテは?」
「何だ」
「そっち選んだら怒る?」
 もしホントに“そういう意味”で聞かれたらちゃんと選べるのか、考えて途中でやめた。
 逆にわたしから与えられた質問に、ゴルベーザは少し悩むと真顔で頷いた。
「ルビカンテか、勿論駄目だ」
「じゃあスカルミリョーネ」
「まあよかろう」
「んじゃ〜、バルバリシア様!」
「やめてくれ……」
 ああなんか分かった気がする。自信の度合いなんだね。スカルミリョーネになら勝てるって思ってるんだ。ルビカンテやカイナッツォ相手だと勝敗が微妙だから牽制するんだ。バルバリシア様には始めから負けてる。
 張り合ってどうするのかなー、最初から同じ土俵に立ってない……のかな? あれ、ちょっと待って。ゴルベーザにとっての四天王は自分と同じ位置にいて、……わたしにとってのゴルベーザは四天王とは別の位置にいるの? 待って待って、そこは踏み込んじゃいけないところだ。

 なんでか急に、初めて会った時のことを思い出した。
 どこの世界でどんなふうに出会っても同じならなおさら、ここでは笑ってお別れしたいな。こんな限りある世界でゴルベーザが特別だって自覚しちゃダメなんだ。それはもっとちゃんと向き合える世界ですべきことだから、……だから。
「わたしは誰と比べてもゴルベーザのことは選ばないけどね」
「……時々、やはりサヤには嫌われているのではと思う」
 終わったものだと思ってたけど、こういう続きが有り得るならもう一度あの世界に行きたいな。今度は誰も間に介さずに向き合って、出会って、そして。
 その先を考える顔を見て何も知らずに「赤いぞ」なんて指摘するゴルベーザに、送還の光のせいだって言い訳して石に逃げ込むわたしは、カイナッツォに言われるまでもなくヘタレなんだろうなって思う……。

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