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 今日は何を読もうかと本棚の前に立った途端、興味が失せた。そもそもここへ来たのは目的があったからではなく、また何かと絡んで来そうなサヤから逃げるためだ。となれば別に無理やり時間を潰さずともじっと隠れていればいいんじゃないか。奴が私を探しに出かけたとしても、先にバルバリシアにでも遭遇すれば……。
 思案に耽ろうとしたところでふと何かを感じて天井を見上げる。が、とくに何も見当たらない。
「……」
 だからと言ってどうして安堵できるだろうか。部屋の中に何も見えなくとも、無視し難い気配が扉の外にあった。

 音を立てないよう慎重に扉に近寄り鍵をかけてしまおうと手を伸ばす。僅かに私の方が遅く、扉が少しだけ開いて、隙間から恨めしげな目が覗いた。
「……気味の悪いことをするな」
 どうしていいか分からず思い切り扉を押すと、向こう側で不様な悲鳴があがる。鼻でもぶつけたようだが自業自得だ。
 私の部屋で眠りこけ、目が覚めたのはつい先程。なぜこんなに早く居場所が知られたんだ? 姿が見当たらなければまず塔内を歩き回り、じきに諦めて他の者のもとへ行くだろうと期待していたのだが。
「ちょっとー、なんで閉めるかなぁ」
「お前が入って来るからだ」
「なにそれ感じ悪っ!」
 狭い通路で身構える気配がした。体当たりでもするつもりなのか。あんな軽い体でこの厚い扉を壊せるわけがないのに、どこまでも馬鹿な奴だ。それとも怪我をすれば私が出てくるなどと考えているのだろうか。
「なぜここにいると分かった」
「ドラキュレディに聞い、たわっ?」
 力を溜め、ぶつかると思われた瞬間を狙いすまして扉を開ければ読み通りにサヤが転がり込んできて、勢いを殺しきれず本棚に突っ込んでいった。またしてもあがった悲鳴に魔道書やら何やらが崩れる音が重なった。
 もう、放って逃げようか……。片付ける面倒臭さにうんざりした時、積み重なった本の山から涙目のサヤが顔を出し、丁度その手元に、あまり視界に入れたくない類の書物が紛れているのに気づいた。
「お、おい……」
「ううぅ痛い……え、何?」
 戸惑うサヤを引きずり出し、奴がこちらに気を取られた隙に例の物を部屋の奥へと放り投げる。
 なぜあんな物が紛れ込んでいるんだ! 決して私が持ち込んだ物ではない。だから見られたとしても構わないんだ。ただこいつが誤解した場合に説明するのが面倒なだけであって後ろめたいなどというわけでは絶対になく、いやそもそもサヤは字が読めないのだからあれが何かは分からなかったのだろうか? クソッ、無駄に焦ってしまった。
「ど、どしたの?」
「気にするな」
「……もんのすごい気になるけどまあいいよ」

 私に近づいたため青褪めたサヤに、毒消しの入った小袋を手渡した。何度も繰り返していれば欝陶しくなり寄り付かなくなるかとも思ったが、今のところその様子はない。むしろ毒に侵されることに慣れつつあるようだ。
 なぜそうまでして……本当に、よく分からん奴だ。サヤは渡された袋から丸薬を取り出し、一瞬の躊躇のあと自棄くそのようにそれを口へ放り込んだ。
「ぐぅぅ……毒消しってまずいよね」
「飲まずに済む方法を教えてやろうか」
「近寄るなってのなら聞かないもん」
 来なければ毒になど無縁だと、一応分かってはいるのか。しかし分かっていながら悪びれずにまたしがみつくばかりか、私が無視を決め込むと調子に乗ってよじ登ってきた。ローブがずれて欝陶しい。
「貴様の目的が分からん」
「もっとスカルミリョーネとふれあいたいだけだよ」
「毒に侵されてもか」
「まあ治るんだからいいかなって思って」
 治っても最中の苦痛はやはり大問題だと思うのだが……? 仮に毒を防いだところでまだ死臭だのなんだのは消えないのだが、それは最初からあまり気にしていなかったか。しかし何故そう執拗に接近したがるのか全く理解できんな。
「……とにかく、私に乗るのは止めろ」
「えー、なんで? わたし重かった?」
「そういう問題ではないだろう」
 一方的に纏わり付かれているだけなのに仲が良いと誤解されるのは心外だ。近頃は私の配下どもが皆揃って生暖かい目で見てくる。それだけならまだしも、バルバリシアの嫉妬が煽られるのが一番恐い。
 単純に、迷惑だというのもある。
「頭の上にしがみつかれて、貴様なら嬉しいか」
「重くないならべつに気にしないかな、わたしなら」
「……」
 どうすれば引きはがせるのだろう。そもそも会話が噛み合っていない。巧妙にはぐらかされているように思うのは気のせいか? 気にしないかどうかではなく嬉しいかという話だ。当然ながら私はまったくもって嬉しくない。

 振り落とすのも億劫だ。私の背に座ったまま寛ぎはじめたサヤは無視して、先ほど奴がばらまいた本を片付けながら適当な魔道書でも読むことにしよう。しかし以前一度、放置しすぎて背中の上で眠りこけたことがある。それだけは注意しておかなければ。
「なに読むの?」
「貴様にだけは関係のないものだ」
「スカルミリョーネってびっくりするほど感じ悪いよね」
「相手による。ローブをめくるな!」
 ひと時たりとも大人しくしていられないのか。思えば、通り掛かりに襲って殺す以外に私が関わりを持った人間など、ゴルベーザ様しかいなかった。あの方と比べることそのものが無礼に当たるとは思えど、同じ人間という生き物なのに何が原因でこうも違う性格になるのだろう。
 ほんの少しで構わない。ゴルベーザ様の我等への無関心さを、サヤにも見習ってほしい。
 切実なる願いは叶う気配もなく、相変わらず落ち着きのないサヤは私の上でころころと体勢を変えて読書の邪魔をする。いっそ片付けを手伝えと言えばそちらに専念するだろうか。……しかし先程のアレを発見されても困るしな。

「スカルミリョーネに『ひとでなし!』とか言っても罵倒にならないよねー」
 ようやく定位置を見つけたのか、私の肩辺りに座り込んでサヤが言う。
「……人でないのは事実だからな」
「で、いざって時のために悪口を考えてたんだけど」
「喧嘩を売っているのか」
「まだだよ。喧嘩する時のために考えたんだって」
 いや……それを確定的な未来として前提にしているなら同じことではないのか。つまり、いずれ必ず喧嘩をする気があるということだろう。こんな小娘にいくら罵倒されようと毛ほども傷つきはしないが、
「ひとでなしがダメなら、このごくつぶし! ってのはどうかな」
「ご……」
 穀潰しだと。確かに私は弱いが。このところゴルベーザ様に頂く役目もろくなものではないが。つまり役立たずと目されているのだろうが。雑用ばかりでいじけているのも事実だが。四天王の数合わせのためだけにいるのだろうかと思うこともあるが!
「……、そう感じていたのか……」
「へ?」
「ではやはりゴルベーザ様もそうなのだろうな」
「いやあの」
「使えぬ奴だと廃棄される日も近いかもしれん……フ……ハハハ……」
「え、なんか、ごめんなさい」
 人間に罵倒されるなど珍しいことではない。ただの憎まれ口ならこんな小娘が何を言おうとどうでもよかった。だが、その言葉はあまりにも核心をついていた。……日頃から薄々疑っていたことを……他人の口から聞かされるのは、逃げ場を塞がれたようで辛い。
「なんか、毒消し効かないくらい凄くなってきた」
「……穀潰し……か……」
「ちょっと気にしすぎじゃない!? 大丈夫だよ、役に立ってることもあるよ」
「例えば何に」
「わ……わたしの面倒見てるじゃん!!」
 自信を持って言える唯一の役目がそれか。泣きたい。しかしサヤがいるので泣けなかった。居なくても泣けないが。

 バルバリシアは、そのカリスマを以てこのゾットの塔を預かっている。ルビカンテはエブラーナ侵攻を一任されている。それも遠からず果たすだろうし、新たなクリスタルが見つかりそうだという話も聞いている。あのカイナッツォでさえ、じきにバロン城へ入り特技を生かして重大な任務につくのだ。
 私は何をしているんだ。……せめてサヤの機嫌でもとっていなければ、放逐されるのではないか。ルゲイエだのメーガスの代表者だのバロンの間者だの、四天王の位置を狙う者はいくらでもいるというのに。
「……どこか、出かけるか……?」
「わたし地雷踏んだのかな……じゃ、じゃあゴルベーザも誘って行こうよ、息抜きって言ってさ、ね!?」
「そうだな……私の誘いなど聞いてはくださらんだろうがな……」
「ごめんなさいわたしが悪かったです、お願いだから立ち直ってー!」

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