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 セオドアの不機嫌そうな顔ってなかなか見られないものだと思う。落ち込んでたり悩んでたりなんてのは、生真面目な人だからよく見るんだけど。あんまり怒らないんだもんね。
 ローザを目の前にして、唇を真一文字に結んで眉を寄せて。怒ってる顔がちょっと場違いに可愛いんだけど、そう言ったら微妙な気持ちにさせちゃうんだろうなと思って黙っておく。
 むっつり押し黙っちゃってるセオドアを刺激しないよう、そっとローザ(仮)を振り返った。いつもと同じはずなのに実はいつもと違いすぎる。
 バロンには金髪の人が多いけど、中でもローザの髪は冒険の旅に出てたとは思えないほど整ってて、繊細できれいだ。一本たりとも絡まってないんじゃないかってくらいのサラサラストレートが、本人の気性をあらわしてるみたいにすとんと伸びてる。掬いあげれば意外に冷たい毛先が、砂みたいに指から零れ落ちた。
 これでずば抜けて美女ってわけじゃないなんて言われたら、わたしはどうすればいいんだろう。泣こうかな。こっちの世界の美人の基準ってよくわかんないなぁ。

 ここにいるのはローザ。内面の強さが光になってあらわれて、美しさとして目に映る。外見だけなら確かにそっくりだった。ただ視線が、セオドアを見る目に母性の色がないことだけが辛うじて疑問を残してる。
「要は、性転換したようなものだよね。どんな気分なの?」
「どうってこともないが、この格好でバロンをうろつくのは面白ぇよなァ」
 形のいい唇が下品に吊り上がって、そこから出てくる涼やかな声はガラの悪い言葉を紡ぎ、優しげだった目は同じ面影をもつセオドアを見つめて奇妙に歪む。まったくもって似合わない嘲笑がそこに浮かんでた。
「なんかさー、気持ち悪いよね」
「ああ?」
「そうだと思ってる人の中身が違うって、むずむずする」
「何言ってんだよ今更」
 これはローザ。……に化けたカイナッツォ。概ね誰に対しても柔和なセオドアでも、これにはさすがに引くみたいだ。

 確かに今更といえば今更かもしれない。カイナッツォが誰かに変身してるとこはいろいろ見てきたし、掛け離れた姿から見知った気配を感じるのにも少しは慣れた。
 でもね。四天王だとかゴルベーザだとかに化けてたのも違和感あったけど……今ほどじゃなかった、うん。バルバリシア様になってもこんな気持ちにさせられるのかな。正直なとこ、それだけはやめてほしいって思うから、今のセオドアの気分もお察しします。
「変身するのはいいんです。するだけなら構わないんだ。……でもあなたは、やりすぎです!」
 珍しく声を荒げてセオドアが拳を固めた。ロー、じゃなくてカイナッツォは平気な顔してそれを見返してる。なんかイヤだなぁこの構図って。
「いいじゃねーか、別に。誰に迷惑かけてるわけでもあるまいし」
 うーん、ある意味では全国民に迷惑かけてるような。

 いくらカイナッツォが性格悪いからって無意味に変身なんかしない。しかも女の子になんて。逆に言えば、えげつない魂胆があるからローザに化けたわけだ。
 ちょっとずつでも何か変わればと思ってバロンについて来てもらって、でもセシルに会わせるわけにはいかないから別行動をとって。まさかこんなことになると思わなかったっていうか、わたしも責任問われるのかなって少しビビッてたりする。
 魔物の姿のままウロウロできないから、カイナッツォは人間に化けてた。わたしがお城で遊んでる間にローザの格好して町におりて、そして……。
「真っ昼間から酒場に入り浸る王妃様ってねー」
「そのうえツケにするなんて!」
「同性なのをいいことに女の子に絡んだらしいし」
「ぜっ、全部かあさんの仕業になってるんですよ――!!」
 セオドアも、もう泣きそうだった。

 あのローザ様が、って幻滅してる町の人は意外に少なくて、むしろ王妃になってから遠い存在になってた近所の娘が久しぶりに帰って来たって喜んでるくらい。この格好でカイナッツォが調子に乗っても怒るのはローザ本人じゃなくてセシルやセオドアなんだろうなぁ。
「下々の奴らと親しめてよかったんじゃねえの」
「母さんは元々城下に住んでたんです、親しむ必要はありませんっ!」
「次はセシルんとこにでも行ってやるかねぇ」
 うわそれはさすがにやめてあげてー……。
 わたしでさえ下品なローザなんて有り得ないもの見て夢が砕かれてく感じがしてるのに、セシルが目撃したら死んじゃうんじゃないの。
「……止めますからね」
「ここまでやりゃ同じだろ。城の連中にはオレもいろいろあるんでなぁ」
「駄目です。城下ならともかく、お城の中には入らないでください」
 ことローザに向ける感情については、セオドアはお父さんに似てる。美化しすぎちゃうというか、神聖視してしまうというか。実を言うとわたしもそうなんだけどね。“ヒロイン”っていう外から見た印象が強いから、ローザの理想像が崩れるとショックを受ける。
 まあカイナッツォの場合、そこら辺まで知ってるうえでわざと化けてる気がするけど。
「止められるもんならやってみろよ、ガキ」
「ぜ、絶対止めます。こちらにはサヤさんがついてるんですから!」
「えっ」
 わ、わたし? いきなり振らないでよビックリするから。

 お城の中には、カイナッツォがバロン王に化けてた頃からいる人もいくらか残ってる。やっと忘れられそうなくらい時間が経ったと思えば、ついこないだにはセシルが変になっちゃったし。
 間近で歯痒さを味わってきた人には“ローザ”の正体もすぐバレそうだ。そして、このうえ王妃まで、ってまた確執が深まる。
「サヤさんなら全力で阻止してくれます!」
「そりゃあどうだかな」
 見透かしたようにカイナッツォが嘲笑う。皆に好きになってほしいとまでは思わないけど、これ以上憎まないでほしいって考えるのは、やっぱりわたしの我が儘? 憎悪を煽りたがるのはどうしてなんだろう。
「うー、気持ち的には殴ってでも止めたいけど」
「分かっててもこの姿に手出しできる奴はなかなかいねぇよな」
 ローザの皮をかぶってるのはホントに卑怯だ。卑劣だ、悪趣味だ。中身がカイナッツォだってわかっててもぶん殴れないんだもん。
 普段なら絶対に歯がたたないモンスターだけど、今は人間の女の人、だからわたしにだって弱点つくのは簡単だ。でもそれで苦痛に顔を歪めるのがローザだっていうのが困り者。
「ごめんセオドア、わたしは戦線離脱するよ」
「そ、そんな……!」

「クカカカ、たまには女に化けるのも悪かねぇ、」
 腕を組んで高笑いするローザっていう意外に似合いのポーズが、唐突に床へと減り込んだ。一瞬どうなったかわからないで疑問符を浮かべたわたしとセオドアの耳に、つんざくような悲鳴が飛び込んできた。
「いってぇぇ!!」
「いい加減にしろよ全く」
「てめ……遠慮なしに殴りやがったな!?」
「お前相手に遠慮する必要はないんでな」
 一体どこから飛んできたのか、不可視のスピードでジャンプを繰り出したらしいカインがそこに立ってた。中身カイナッツォって知ってるみたいだけど、涙目のローザに睨まれてちょっとニヤッとしてる。
「か、カインさん」
 自分でも手を出しかねるくらいなのに、仮にも母親の姿を模っていたものを容赦なく攻撃されて、セオドアの顔が青褪めた。やっぱわたし達は外見にとらわれちゃうよねぇ。
「どうして躊躇しないの? 見た目だけでもローザなのに」
「俺の目にはどう見てもローザとして映らない」
「で、でも言動以外は完全に母さんと同じですよ」
 何のこだわりもなくさっぱりした態度のカインに、わたしもセオドアもついでにカイナッツォも不審の目を向けた。口には出さないけどたぶん全員が、カインのくせにそんな簡単に割り切れるのはおかしいって思ってた。

 絡むような視線に口元だけフッと笑みを浮かべて、自信満々でカインが言い放つ。
「俺がローザの匂いを間違えるはずがない」
「……」
「え?」
「匂い?」
「匂いかよ」
「匂いって……」
 三者三様の落胆と侮蔑と冷笑を受けて、慌てて取り繕おうと言い直してみるけど。
「……お、俺がローザの気配を間違えるはずがないだろ!」
「もう遅いよ」
 愛情の向け方っていろいろあるんだなぁ。自分の理想であってほしいとか、他の人にも愛されてほしいとか、自分の想いだけで満足しちゃったりとか。自己完結できるようになっただけカインは幸せに近づいたのかもね。そうだといいね。
 頼りになる相手なんて意外と少ないってこと、早くに理解してしまったセオドアがまた不機嫌になる。幼い顔立ちに目一杯の不満の色があらわれてるのは、やっぱり可愛かったけど黙っておこう。

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