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ふたりのバランス

 この世界に住まうものは、定められしルールに従い戦うことになる。半永久的な命を得られる代わりに完全な自由を奪われているのだ。それは私のような神の駒も、石に封じられた召喚獣達も同じこと。
 ただ、中にはその原則をいともたやすく破る者が紛れ込んでいることがある。

「今日は剣装備なんだね」
「ああ」
「じゃあこれで行こっと」
 召喚石より現出したサヤが、のんびりと私を観察して荷物を漁り始めた。こちらとしては一応の機を見計らい呼び出しているのだから、もう少し手早く技を発動してほしいのだが。
 襲いくるイミテーションを剣で往なして、彼女の行動を待つ。ややあって背後で物音がし、何か不可思議なアイテムを使った気配があった。
「……何だ?」
 同時に、今しがたまで苛烈な攻撃を繰り出していたイミテーションの動きがぴたりと止まった。我が弟に瓜二つの目が見開かれ、私の肩の向こうを凝視する。感情などないはずの人形が何故そのような恐怖を露にするのか。
 呆気にとられて生じた隙にも反応せず、じりじりと後退り、やがて踵を返して逃げ去って行った。彼奴の落とした騎士剣だけが虚しい音を立てて足元に転がる。
「なにこれ凄い威力……、やっぱセシルの偽者だから効いちゃったのかな?」
 平然と歩み寄ったサヤが、ドロップ扱いになったらしい剣を拾い上げて差し出してきた。混乱したままそれを受け取る。……何か釈然としないのだが。

 彼女が発動したなにがしかの技が効いたのは間違いない。世界の意向も意に介さない彼女は、召喚獣でありながら相対した敵に直接危害を加える攻撃をおこなうこともあるからな。今のは私ではなくサヤが倒したと見ていいはずだ。
 だが、そんなにも強力な攻撃があったとは思えなかった。間近にいながら彼女が何かを仕掛けたようには見えなかったのに。
「あれは何故に逃げたのだ」
「ん」
 ちょいちょいと指を差す仕種をし、私の背後を示す。そちらへ向き直ってみるが、常と変わらぬ荒野が広がるばかりでとくに変わったこともない。
「うしろ、背中」
 そう言われても、振り返ろうにも兜が邪魔で見えないな。なぜか一瞬の戸惑いを感じたが、彼女の指の先を確かめるため兜を脱ぐ。開放感とともに視界が広がり、その中でサヤもまた一瞬、身を固くした。
「どうかしたのか」
「え、あ、べつに」
「……そうか」
 妙な居心地の悪さを気にせぬようにしながら、首を傾げて背後を振り返る。透き通った紫色が見えた。よくよく目をこらせばそれは巨大な蝶の羽だった。さて、何か魔物でも呼び出したのだろうか。近すぎて全容がよく分からないが、その蝶は私の背にとまっているようだ。
「……待て、まさかこれは」
 生えている、のか? 私の背に蝶の羽が! 知らず曝していた醜態に気づかされ青褪めた。それを理解しているのかどうか、サヤが微笑みながら私の肩を叩き、
「イミテーションもどん引きの必殺パピヨンブレードだよ」
 どん引き……イミテーションも……。言葉が脳を揺らしながら頭を巡り、直ぐさま羽を引きちぎろうと背中に手を伸ばした。もちろん届かない。
「今すぐに取ってくれ!!」
「どうせそのうち効果切れるから」
 言い終えるタイミングを見計らったかのように、無駄に幻想的な美しい羽が光の粒となって消え散るのが視界の端に映った。イミテーションが、あの魂なき人形が顔を引き攣らせて逃げるほどの異様な格好をしていたのか私は。
「落ち込まなくっても、意外と似合ってたよ」
「……その技、二度と使うな」
 似合ってたまるか。何の慰めにもならぬ。驚愕し恐怖し逃走したあれが本物のセシルだったらと思うと、月まで弾け飛びたくなる。いや、弟でなくとも、誰にも見られたくはない姿だ。蝶の羽だと? そのような技ならばサヤが自分でやればよいのだ。なぜ私が。

 パピヨンブレードとやらの封印を求める私に、そんな予感はしていたがやはりあれを気に入っているらしいサヤは眉をしかめて不満をあらわした。この娘、武術も魔法も相当な使い手であろうになぜ戯けた技ばかりを好むのか。
 できることなら戦わせたくない。それは確かだが、だからこそ戦うべき時には身の安全を最優先に、ふざけた行動は慎んでもらいたいものだ。死に縁がなくとも傷はつくのだから。
「よいな、もう使うのではないぞ」
「えーっ、やだ。わたしは自分の好きな技で戦うもん」
「あれはお前の技と言うより……いや、分かった。もういい。私がお前を呼び出さねば良いのだな」
「え……」
 平時であればいいだろうか。あの姿をサヤの前に曝したというだけで既に羞恥を拭えぬのに。セシルの前で、あるいはカオスの者共の前でもしもあのような格好をさせられては、もう私は砕けて星のかけらに成り果てるしかない。
 幸いあの技の発動には媒介が必要なようだ。アイテムが尽きるまでは呼ぶものか。絶対に。クジャや道化に呼ばれた時にでも使えば喜んで乗ってくるだろう。
 しかしそうした決意もすぐに覆されることとなった。私は呼ばぬという言葉に愕然としているように見えた彼女が、犬のように低く唸りながら心なしか目に涙を溜めて私を睨む。まさかとは思ったが、どうやらショックを受けているようだ。
「べっ、別にいいよ呼びたくないなら呼ばなきゃいいじゃん。他の人が使ってくれるし! ……ゴルベーザじゃなくたって」
 そうか。私に呼び出されたかったのか。てっきり迷惑がられているものと思っていたが……嫌われているわけではなかったのだな。だがそれとこれとは別問題だ。
「真っ当な戦いを心掛けると約束すれば、また力を借りることもあるやもしれぬ」
「むー」
 不貞腐れながらも決して頷きはしない、意外に頑固な奴だ。戦闘でなくとも召喚はできるが、この娘は私をからかう手立てがなくば出てくる気がないのだろうか。何とも複雑な気分だな。

「……共に戦いたくないのなら勝手にすればいい」
「怒ってるの?」
「当然だろう。良いか、自由に生きるのは結構だが他人に迷惑をかけるものではない。あのようなファンシーなものをつけられた私の身にもなってみよ。ああいったものはむしろサヤのように若い娘が使うものであって、」
 途中からあからさまに話を聞いていないのが分かり心が折れそうになった。彼女は何やら鞄の中を探り、奇妙な物体を取り出し私に向ける。微かに火薬の匂いがするが、そうでなくとも嫌な予感がした。それは何かと問う前に身を翻しその軌道から逃れると。
「チッ」
 舌打ちなどという下品な行為は以後せぬようにと、後で窘めておかねばなるまい。まあそれはともかく……。
「今、何をしようとした?」
「ちょうちょ以外もあるんだよ」
 先のアイテムを使うと天使のごとき純白の羽が生えるのだと得意げに話す頭上に拳を固め、すんでのところで踏み止まった。さすがに殴るわけにはいかぬ。しかし、しかし――。
「面白いからいいじゃん〜」
「人をからかって面白がるな」
「仕方ないなぁ。じゃあ次は何にしようかな」
「いらぬ。何もするな」
「似合うのに。もっと面白いカッコしたら怖がられたりしないよ、きっと」
 誰に怖がられているんだ。お前にか。セシルにか。そんなことに構うものか! 私に向けられる感情など……どうでもいい、はずだったんだ。
「ねー、ほらほらやろうよウリエルブレードっ」
「いい加減にしないかこの馬鹿娘! いらぬと言って、」
 咄嗟にサヤの腕を振り払ってしまい、まずいと思ったがもう遅い。怪我はないようだが相当に痛かったはずだ。彼女は黙したまま真っ赤になった顔を俯かせて、足元に転がるアイテムを見つめていた。

 怒っているとは思わなかった。泣くのだと思った。焦りに焦って、大人げない己に苛立ちながら。……そこまで怒るほどの事ではなかった。少なくとも、手をあげるべきではなかった。
「すまない。大丈夫……」
 問いかけて不意に疑問が芽生えた。あの頬の紅潮が、怒りや悲しみからきたものではないように思えた。項垂れながら肩を小刻みに震わせ、何かに耐えるような様は怯えているようなのだが、そこには微かに、しかし確かに――喜びのようなものが感じられたのだ。
「お、怒られた」
「いや、もう怒ってはいないが」
「ゴルベーザに怒られちゃった……!」
「……」
 なぜ少し照れているんだ? 思うような反応ではなかったことに安堵するよりも、戸惑いが大きかった。怒鳴られ腕を振り払われて何故に喜ぶ。
「その……、手は痛くなかったか」
「え? う、うん大丈夫」
「なぜ逃げる」
「いやべつに」
「……な、何なんだ」
「なに、がっ?」
「なぜ慌てているんだ」
「そっちだって……なんか変だよ」
「そんなことはない」
「変だよ!」
「……怒っているのか?」
「そ、それはそっちでしょ」
「私は怒っていない!」
 しつこい程に「怒っている」「いや怒っていない」と問答を繰り返し、しまいにはサヤが拗ねてそっぽを向いた。こちらもむきになって余所を向けば、転がされたままのアイテムが目に留まる。
 近頃こうして無為に過ごす時間が増えている気がする。それは決して悪くない気分なのだが、彼女と二人きりであるという状況に、気まずさが拭えないのもまた事実だった。記憶が無いからか、それとも常に頭にある終わりの時を思うせいか。理由はさておき、サヤとの距離の取り方が分からない。
 分からないのだが……。

「サヤ」
「えっ、な、なんですか」
 頼りなげな肩に手を置き、振り返った彼女に向かってアイテムを放った。
「ぶわ! あ、ああー!?」
 一体どうやって作られているのか見当もつかないが、匂いからするとあのアイテムは花火の一種らしい。閃光を腕で遮り、再び目を向けた時にはサヤの背に羽が生えていた。
 純白の、まさしく天使のごときそれは、私ほどではないにしろ武骨な鎧を纏う彼女にも。
「意外と似合わないな」
「……すっごい冷静に言われると恥ずかしい」
 使い込まれた武具には美しく荘厳な羽など不釣り合いだ。私だから馴染まないのだと思ったが、サヤにも似合わないのか。
 そう掛け離れた存在ではないのかもしれない。不思議に安堵感を覚えて、隙ができたのだろうか。彼女がこっそりとまた鞄を探っているのに気づけなかった。
「でぇぇい!」
 最早振り返らずとも分かる。私の背には再びあの紫色の蝶の羽が生えていた。怒りというか、脱力感しか沸いて来ないな、もう。
「……使うなと言ったのに」
「言っとくけどそっちの方が面白いんだからね!」
 私と張り合ってどうする。しかも面白さで。
 永久に月夜の荒野で、傷だらけの鎧で身を守り、幻想的な羽を背負ったものが二人。空に光るあの星から私達を見下ろせば、さぞかしアンバランスでおかしいだろう。
「お前はくだらぬ戯れが好きだな」
「そーだよ。戦いより好きだよ。悪い?」
「いつも癒されている」
「……え」
「ありがとう、サヤ」
「え、えっ? どういたしまして!?」
 時にからかわれ、無茶を言われて面倒なこともある。だが私に何かを求めるわけでもなく彼女がただ私に寄り付いてくると、心安らげる。何のわだかまりもない、おそらくはこれが真っ当な人間関係なのだろうと、僅かに遠いこの距離が心地よいものだとようやく知った。
 この世界が消える時、私も彼女も消えるだろう。だがそれでも構わない。そこで全てが終わるわけではない。どこに在り何をしていても、サヤは私を待っているはずだ。この無意味な時を共に過ごすために。

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