─back to menu─


召喚を未使用

 己の中に満ちた力が、不意に少し緩んだように思う。何か失敗した覚えもなく不審に感じたが、ともかく目前の敵に切り掛かり、とどめをさしてから背後を振り返る。呼び出してもいないはずの召喚獣がそこにいた。
「……どうした?」
 なぜ出てきたのか、何かあったのか。彼女の方から私の元へやってきた物珍しさからそう問うと、サヤは不貞腐れたように唇を尖らせた。
「べつに。四天王の真似してみただけ」
 四天王の? ……そういえば先程、倒れる直前の相手が召喚石を使っていた。それに反応して出てきたと言うのか。自分の意思で使用を制限するためと四天王を避けたのだが、代替として連れて行くのがサヤでは無意味だったか?
 しかし出てきておいて何もしないのだな。彼女は召喚獣として能力にむらが有りすぎる。だからこそ、こんな時でもなければセットする機会がないのだが。

 石の中へ帰る様子のない彼女をさておいて、更なる相手を求めて歩を進めた。まだ目標には到底届かない。数歩先で、どうやらついて来ているらしいサヤから遠慮がちな声がかけられた。
「……あのさぁ」
 横目で窺うと困惑したサヤの顔が映り、また立ち止まってしまった。どうも今日は変だな。
「何だ?」
「なんか最近、ずっと戦ってるね」
 珍しい、とぽつりと零して目を伏せる。歯切れは悪いが責められているわけではないだろう。カオスの駒と成り切れていないことを、サヤの前では隠す必要がない。それは随分と得難い休息の時ではないかと、ふと思った。
「ずっとわたしの召喚石つけてるけど、ほったらかし、だし」
 不満げに、しかしそれを露にするのが気恥ずかしそうで、つとそっぽを向く仕種がやけに子供染みていた。

 あまり熱心に聞いていなかったが、そういえば以前ガーランドが言っていたな。召喚獣の中には呼び出されぬことを気に病み、役立たず扱いされていると感じて落ち込む者もいるようだ、と。まさかこの娘がそういう者だとは思わなかったが。
「気にしていたのか」
「う、うーん。いやべつに、セットしといて放置ってのは何なのかなって、思っただけでー……」
「特に重大な意味は無いが」
 訝しむサヤに、私が身につけたアクセサリを指し示す。相手を無防備にさせライズ確率を上げるものと、特定の条件下においてその効果を引き立たせるものだ。
「……条件アクセサリ、……召喚を未使用?」
 確かめるように呟いた後、なぜか口をへの字に曲げて見上げられた。いつもながら何が彼女の機嫌を損ねるのか分からない。そして、分からぬ自分が少し苛立たしい。

「セットされっぱなしだとさ、ほかの人のとこに出る時も気になって集中できないんだよね」
 戦闘時、サヤを召喚した際に彼女が集中していたことなどあっただろうか、とは思えどそれこそ機嫌を悪くするようなことも言えぬ。ともかく、私が召喚石を装備していることが不満なようだ。
「気づかなくてすまない。私はしばらく呼ばぬ故、これからは安心して動くといい」
 どうせ呼ばないのなら誰を使っても同じこと。今にして思えば、なぜ彼女の召喚石を選んだのか自分でも分からなかった。
 ただできる限りそばにいなければならない気がするのだ。幾度の戦いを繰り返しても誰にも辿り着けない記憶の底、この世界に生きる戦士には触れ得ない深淵に、サヤの記憶が残されているのかもしれない。
 だが、当人が嫌がるのを連れ歩くわけにもいかなかった。この先まだ長く戦うつもりだ。他に空いていそうな石はあっただろうかと手持ちを探るが、やけに切羽詰まった視線を感じて顔を上げる。
「まだ何か不満が?」
「うー……セットするなって言ったんじゃないんだもん」
「しかしお前は今、」
 私が召喚石を持っていては集中できないと言ったではないか、と言いかけて止まった。……確かに外せとは言われていない。だが同じことではないのか? 私が石を身につけている限り彼女は他の者に召喚してもらえないのだから。
 いや……違うのか。もしかすると、私が呼ばないことが、不満なのか。

「条件を変えよう!!」
「あ、ああ」
「召喚を使用済、を使えばいいと思います」
 真顔だった。ここまで真剣にもなれるのかと驚くほどに。
「未使用の方が使いやすいのだがな」
「なんで!? 召喚獣あった方が戦略広がるよ? 使い所考えたら逆転だって狙えるんだよ……」
 それは理解しているが、今の私はまさしく「使い所を考える」のが煩わしいのだ。今回コロシアムで連戦を重ねているのは、腕試しでもなく鍛練でもない、格下から同格の相手と無心で戦い続け、より多くの武具を得るためなのだから。
「未使用が条件なら何も考えなくていいからな」
「……そっか。アイテム集めてるんだ」
「ああ」
「何が必要なの?」
「……色々」
 答えてから、しまったと思う。我ながら無愛想な返答だった。気を悪くしていないかとサヤを見遣るが、特に怒りもせず何事か考え込んでいたので安堵する。……なぜか少し、寂しい気もするが。

 この世界には人が多い。実際には、「世界」と言うには住まう存在が少なすぎるのだろうが、外界から切り離され閉じた空間にいる私達自身から見ると、やはり人が多いと感じる。自然関わりが密接になるからだろうか。
 私は戦闘に際して魔法をよく使うが、武器の扱いにもそこそこに通じているつもりだ。しかしここには今まで関わりのなかった道具を使って挑んでくる相手も多く、度々戸惑わされる。
 この機会により多様な武器に触れたかった。自分で扱えるようになれば対処もしやすくなるだろう。だから、新たな装備品を手に入れるため何が必要なのかと問われれば……手当たり次第に何もかも必要なのだ。
 ……そういえば、サヤもまた多種多様な武具を持っているな。しかもジョブを変えればどんな武器でも扱えると言っていた。見た目に寄らず余程戦い慣れているのだろうか。
 戦士然としたサヤなど見たくはない。その理由も思い出せない記憶の中にあるのだろうが、私にはどうしようもなかった。
「これを装備したのは手軽に条件を満たすためだ。お前が嫌なら、他の召喚石を使うが」
「え、あ、いや、理由わかったからいい、つけてて」
「ではそうしよう」
 半ば予測していた答えに内心では微笑んでいた。自然と用の無い時にこそサヤを呼び出している。戦いを避け、彼女が剣を振るう姿が目に入らぬように。
 召喚獣に対して無礼な態度だったかもしれない。それでも私は、サヤに守られるよりもその石が……意味もなく私の手中にあることが、何より嬉しい。
 遠く霞んでしまった記憶を辿る。その中に、やはり彼女の姿は見当たらなかった。

「ラグナロック……」
「ん?」
 黙りこくって考え事に耽っていたサヤが、ふと呟いた。似た名前の剣のことではなさそうだ。誰かに呼びかけるような響きにも聞こえる。
「相手をアイテムに変える力とか、」
「そんな能力があるのか」
「いや、あったらいいなーって」
 なんだ、希望か。確かにそんなものがあれば、ドロップ率を上げる装備など不要になるほど便利だな。
 しかしアイテムに変えられた相手はどうなってしまうのだろう。変容を厭うこの世界のこと、恐らく次の瞬間には元通りの姿で存在しているのだとは思うが。
「アイテム集めてるなら、そういうの欲しいよね」
「まあ、有れば楽にはなるだろう」
「うん。ちょっと神竜に掛け合ってみる」
「そうか。…………ま、待て、何を言っている?」
 すたすたと何処かへ向かって歩き出した彼女の肩を慌てて引き止めた。今なにか、聞いてはならぬ名を聞いたぞ。掛け合うとはどういう意味だ。そんな能力を持つ召喚獣を出現させるために、あれの元へ赴くと言うのか!?
「息抜きも兼ねて集めているだけだ。だから、そこまで気張らずともいいんだ!」
「うそつき。だって、わたしをセットしてからどれだけ経った? すっごい熱心に集めてるじゃん」
「だが命まで懸けることでは」
「大丈夫だよ召喚獣同士だもん」
 そういう問題ではないだろう。あれは世界の根源に関わる存在だ。新たな召喚石を増やす願いなど、世界の均衡にも影響を与え兼ねないことを……悪くすれば彼女の存在ごと抹消されてしまうかもしれない。サヤは正規に呼び出されたのではない、いわばイミテーションと同じく寄る辺なきものなのだから。
 神の前に立ち一体誰がお前を守れると言うんだ。
「行かなくていい」
「いいですとも?」
「い……いいですとも」
「わかった。じゃあやめとく」
 今のは何のやり取りだ。いや、まあいい。どうせ深い意味はあるまい。

 事の重大さを分かっていないにしろ、まさか神竜に会うなどと言い出すとは。どうしてそう無謀なのだ。まさか、私のアイテム集めを手伝いたいと言うのだろうか。
「あのね。戦闘開始してすぐ、呼べばいいんじゃない?」
「そうだな」
「だから条件アクセサリは変えてもいいんじゃない?」
「そうしよう」
 戦いを避けるよりも、見えない場所にいる方が余程怖いのかもしれない。いっそ常に呼び出しておいて、目の届くところに居てもらおうか……。召喚石の中では四天王が世話をしていると思っていたのに、何をやっておるんだあやつらは。放っておいては何を仕出かすか分からないではないか。
「チャージ中は他のとこで素材集めとくね」
「あ、ありがとう」
「うん!」
 やけに嬉しそうなサヤを見ると、頼むから余計なことをせず大人しく守られていてくれとも言えなかった。もしかすると私は、懐かれているのだろうか。むず痒いような、照れ臭いような。  何かを思い出したわけではない。が、想像はつく。私はおそらく、きっと、サヤに甘かったのだろうな……。

|



dream coupling index


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -