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君への忘れもの

 この荒涼たる大地にぽつりと開かれた小さな店。なんだか変なモーグリがふよふよ浮かんで店番をする横で、陳列棚に鎮座する禍々しい生き物がいる。
 正直、手持ちも頼りなくてさ。高いんだよね、100クポって。わたしがこのバカバカしい戦いを生き抜くのに、あなたは本当に必要な存在なのかな? なんて思っちゃう心が無くは無い。
 でもどこかで躊躇する。でも、だからって、必要なかったとしても、このまま立ち去って後悔しないの?

 あ、この人どっかで見たことある気がする、でも誰だっけ思い出せないなぁ。知ってる人なのは確かなんだけどなー。
 なんて、時々あるようなこと。名前も思い出せないんじゃあ、きっとその人はわたしにとってさほど重要な存在じゃないんだよね。その場はてきとーに話を合わせといて、後になってふと「あそーだ、あの時の人だ」って思い出してもやっぱりどうでもよかったりする。
 それが普通の世界での記憶ってもの。
 だけど、どうだろう。突然召喚されたこの世界では、自分の持ってるものが真実だなんて誰にも証明できないんだ。振り返って見える過去さえ簡単に偽造できてしまうんだもん。何の気無しにすれ違った人はわたしの大切な相手だったかもしれない。知らず戦ってる相手はわたしの――。
 思い出せないってだけで捨てちゃいけない、見えない絆があるような世界だから、この人どっかで見たことある気がする……って直感も無下にしちゃダメなんだと思う。
 誰なのか、はっきりわかんないけど……、大切な相手かもしれないから。切れてほしくない縁がある気がするから。

「だ、から……買うべきなのかな?」
「…………」
 ローブの中に仏頂面を隠してそいつは何も答えない。赤い召喚石の下に貼られた商品名はスカルミリョーネ。薄汚いボロ布をかぶって腐臭を発するその姿はどう見ても値段に見合ってないけど。
「知ってるかもしれないってだけで、充分すぎるくらいの価値があるよね……」
 何が起きるかわからない未来のためと、連戦に連戦を重ねて手に入れた貴重なクポ。手放すのは惜しいけど決心はついた。
「よーし店員さんっ、この召喚石買いま」
「……なぜ私が貴様に使われてやらねばならんのだ」
「むっ」
 なのにやっと聞いた第一声がそれじゃあわたしの貧乏性な手もすぐ止まるってものだよ。召喚石なんて、使われるためにあるんでしょ! ってそういう問題じゃないか。
「わたしじゃ不満だって言いたいの?」
「ああ」
「即答!」

 狭いようでいて実際に足で歩いてるとけっこう広い世界だ。こんなところでせっかく掴んだ絆の端っこ、絶対に離しちゃいけないと思ったのに。
「じゃあいいよべつに。買わないもん。他の人が来るの待ってればいいんじゃないですかー」
 誰も来るとは思えないけど! ……寂しい一人旅に、話し相手ができるなら人間でなくても、知り合いでなくたってよかったのに。いいよいいよ嫌なら買ってあげないよ。スカルミリョーネのばか。
 なんかムカつく感じに馴染み深い気持ちを抱きつつぷいっと向きを変えて歩き出す。後ろ髪を引かれる思いなんて感じるのは片方だけだ。ホントは全然これっぽっちも引かれてない。ただわたしが、引かれたいだけ。
「……おい」
 かけられた声に反応して足が止まりそうになったから、ブーツを直すふりしてごまかして、またしれっと歩を進める。う、うーん、そろそろ装備品も買い替え時かな!
 背後なんて、ちっとも気になってない。
「サヤ」
「んぬ!?」
「なんて声を出すんだお前は」
「だ、だっ、名前……」
 驚きのあまり意地も吹き飛んで、面倒臭そうに横を向くスカルミリョーネに駆け寄った。
 やっぱり知ってるんだ。はっきり覚えてないけど、わたしに関わりのある人なんだ! いや人じゃなさそうだけど。

 離れたくないな。せっかく会えたのにな。これを逃してもし二度と会えなかったらと思うと。
「ねえ。どうしたらわたしに買われてくれるの?」
 べつにこき使ったりしないし、ご主人様になりたいわけでもない。ただわたしもこの世界を一緒に歩く仲間が欲しいだけ。スカルミリョーネを見た時に、それがあなただったらいいなって思っただけなんだ。
「覚えていないんだろう」
「……知ってる気はするよ。でも自分の勘に自信が持てない」
 見たことあるような人ならいっぱいいたけど皆してわたしのこと知らないし、こっちでも「なんか違うかな?」ってのばっかだもん。誰が本当に、わたしの記憶にある人なのか。わかるわけない。
 でもそれって重要なことかな? 大切なのは繋がりそのもので、元の世界の記憶を取り戻すことには興味がない。だって、どうせ全部は返らないんだもん。大事な相手だってこと、それだけわかってればいいよ。
「なんかね、単純に、そばに居てほしいな」
「……」

 スカルミリョーネは相変わらずの仏頂面でまたそっぽを向いたけど、不思議に拒絶された気はしなかった。……いいのかな?
 恐る恐る店番モーグリにクポを差し出して、棚から赤い石を取り上げる。やっぱり何も言われない。
「買っちゃうよ? 買っちゃったよ? い、いいんだよね」
 何がきっかけで心変わりしたのかわかんないから不安でちょっと下手に出てみたら、すっごいわざとらしい大きな溜め息をついて睨まれた。
 あ、目が綺麗だ。まわりの肉が腐ってるからかな、金色が映えてなんだか……懐かしいな。
「……カオスについた人間と、あまり戦わないのなら……ついて行ってやろう」
「ホント? ……あ、そこは大丈夫だよ。わたしイミテーションとしか戦ってないもん」
 だって、変な風に巻き込まれちゃうのイヤだから。どっちの味方だとか敵だとか、どっちにも知り合いがいるかもしれないのにさ。とはいえ物騒な人もいるから、最低限お人形相手に修行してるだけ。
「スカルミリョーネ、戦うの苦手なんだ」
「……そういうわけではないが」
「ふぅん? まあいっか。じゃあ行こー!」
「無駄に張り切るな」
 うんざりして呟きながらも、わたしが繋いだ手を離さずにいてくれるのが嬉しかった。表向きの態度ほど愛想が悪いわけじゃないみたい。

 それにしても、手冷たいな。そもそもが召喚獣なんだし人間じゃないのはわかってたけど、やっぱりゾンビとかなのかな。モンスターなんて狩るべき存在だとばっかり思ってた。
 でもいいや。忘れちゃいけないのに消えてしまった記憶があったとしても、たぶんスカルミリョーネが一緒にいてくれれば埋められると思う。
「どこへ行くんだ。……そっちは雪原だが」
「動きにくいから人が少ないんだよ、あの辺」
 ただ顔を付き合わせて近況を話し合うだけならいいけど、それだけで済ませてくれない人も多いから、できるだけ人目を避けて過ごしたいな。どこでものんびり楽しく! そうできたら一番いい。
「寒いのってつらいけど、雪はきれいだから好きだなぁ」
「……遊びに来たのか、サヤ」
「遊んでられる内が幸せだもん。だめ?」
「いや。……」
 どっか遠くを見ながらスカルミリョーネが言ったこと、よく聞こえなかった。ナントカをしたから? ……約束? やっぱりよくわかんないけど、その後の「付き合ってやる」は聞こえたから充分だ。

「長居はせんぞ。風邪を引かれては困る」
「はーい」
「……珍しく素直だな」
「えっ? わたしはいつも素直だよ」
「そうだったか」
 一人ぼっちなら虚しいだけの時間潰し。誰かがいるならそれは日常になる。戦いの合間に得られた日常は、ずっとずっと輝いて見えるね。

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