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おやすみ

 いつも「ツイてないね」とか「こうはなりたくない」って評価ばかり得ているところ、今日に限っては陰欝な顔して動かないスカルミリョーネが羨ましくて仕方なかった。
 わたしはさっきからもぞもぞと落ち着きがない。じっと時間をやり過ごしたいのに、座ってると温もった床に耐えられなくなるんだ。いいな、死んでると体温がなくて!

 暑い。他の言葉なんか燃え尽きて消えるほど暑い。町を囲う林の緑は一層濃くなって視界を圧迫してくるし、真っ白に輝く太陽は元気いっぱいでうんざり。風が吹くと熱気が肌を撫でてイライラ。でも風がなくてもあたたまった空気が溜まって纏わり付いてくるからやっぱりイライラ。
 カイナッツォにへばりついてみたり、バルバリシア様に涼風を起こしてもらったり、熱波を放ってるルビカンテを遠ざけたり、黒ずくめで暑苦しいゴルベーザを見なかったことにしてみても暑いものは暑い。
 頭の中には気怠さしか残らなくてなんか何もやる気が起きない。怠惰になってるって、自覚はあるんだ。部屋は散らかってるし隅の方には埃が積もってて、「ちょっと奮起しなきゃいけないんじゃない?」って声も聞こえるんだけど。
「片付けるの……今度でいいよね」
 そうやって毎度毎度、やるべきことを後回しにしてしまう。いつもなら背中を押すどころか蹴り飛ばす勢いで叱咤してくれる相手がいるからいいけど、今はちょっと、それも望めそうにないし。
「そうだな。この暑いのにわざわざ動きたくはない」
 相手の方も、わたしの背中を蹴っ飛ばす気力もないくらい弱ってるから。

 肌もひんやりしててわたしにはいい感じなんだけど、スカルミリョーネ自身は暑さに弱い。って言っても普段から明朗活発とは程遠い、暗くて静かでじめっとして動かない死体みたいなというか死体そのものな魔物だけど。暑い盛りの今、その不動っぷりはとても顕著だ。
「……ああ、だが放っておくとゴルベーザ様のお手を煩わせるだろうか」
 ハッと顔を上げて呟く。一瞬でもゴルベーザの存在を忘れるほどぼんやりしてるなんて重症だと思う。
「ゴルベーザね」
 言われて改めて部屋を見回してみた。うーん、耐え難いほど汚いわけじゃないけどゴルベーザは手を入れたがるだろうなぁ。
 今この部屋の人口密度を上げたくない(カイナッツォとスカルミリョーネは除く!)って気持ちもあるけど、暑くてつらいのは誰しも同じなんだし。わたしがサボったせいでゴルベーザに手間をかけさせるのも不満。本人が苦にしないのがまた困っちゃうというか。
 そういえばゴルベーザは調子を崩さないな。スカルミリョーネはこの有様だし、バルバリシア様でさえ少し参ってる数日の暑さ。カイナッツォにやる気がないのはいつもだから無視するとして、普段通り元気なのはゴルベーザとルビカンテだけだ。
 暑いの平気なのかな。厚手の黒いローブ姿で見てるこっちが熱射病になりそうなのに、いつも涼しい顔で。
「体力余ってるなら頼っちゃおうかなぁ」
 ぐらつくわたしをスカルミリョーネがじっと見つめた。うぅ、言いたいことは大体わかるけどー。

 わたしは消耗しててゴルベーザは元気。こんなくだらない雑事なのに「代わりに掃除して」って甘えたら喜ぶと思う。じゃあ問題ないじゃん。うん、問題なのはわたし自身だよね。
「甘えれば甘えただけ堕落するのではなかったか」
「……うん」
 ダメになってる自覚があるときこそ頑張らなきゃ、そこで諦めたら底無しのダメ人間になる。わかってるけど暑いし動きたくないんだもん!
「誰に見られるわけでもないんだから、ちょっとくらい散らかってても平気なのに」
「まあ、な……。やるにしても涼しくなってからでいいと思うが」
「ねー」
 無気力っていう一点で珍しく意見が合うね、スカルミリョーネ。あんまり喜ばしいことじゃないか。
「見られたら終わりだろうとも思うが」
「……むう」
 って間違いなく見られるよ、ゴルベーザには。同じ家に住んでるんだから。立入禁止にしようかなあもう。
 片付け魔ってわけでもないのに掃除するの好きだよね。そのわりに自分の部屋は毎日使うところ以外ほったらかしてる。わたしに手料理を食べさせたりわたしの部屋を片付けたり、手応えがあって誰かの役に立つ仕事が好きみたい。多少迷惑だなって思うくらい張り切るもん。
 もうふて腐れて寝ちゃいたいけどまだ真っ昼間。いい若いものがそんなに自堕落でどうすんの。って誰かの声が聞こえるから、辛うじて頑張ってるだけだ。
 夕方、いや夜になってから頑張れば……あーっ、いいんだいいんだ。今日は休憩する日! そう決めた! 明日とか明後日とか涼しくなったら本気出す。……それでダメなら、手伝ってもらってもいいよね、うん。
 ぐったりとスカルミリョーネにもたれ掛かったら、あっちも抵抗する気力がなくて好きにさせてくれた。カイナッツォと違って自分が冷気を発してるわけじゃないから気持ちいいほど冷たくないけど、多少ひんやりしてるから気休めにはなる。
 でも崩れ落ちそうでちょっと怖いかな? 配下のゾンビ達も最近あんまり見かけないし、夏は怪談の季節なのに当のおばけ達は暑さで参ってる。ゾンビなんかこの時期、匂いもすごいし大変だろうな〜。
「……そういえば最近お客さんが来ない」
 だから掃除サボってもいいなんて気持ちになるんだけど。ポロムが偵察に来た時にだらしないとこ見せると、笑顔で責められるし……。
「セオドア達も、ツキノワすら見かけない」
「そうだったか」
 ここ数日の様子を思い出してるのかスカルミリョーネが首を傾げた。元々たまにしか会えないセオドアはともかく、ミシディアの魔道士達すら最近ろくに顔を合わせてないや。
 もしかして、もしかしなくても、スカルミリョーネのせいじゃないかって気がした。やっぱ夏だから。暑いし蒸すから。いつもよりずっとね?

「ちょっと失礼」
 返事を待たずにスカルミリョーネのローブを掴んで、顔を突っ込んでニオイを嗅いでみる。すごく変態的だけど暑いからどうでもいいか。
 うーん、腐敗臭。真夏のゴミ捨て場なんか比べものにならないくらい強烈なニオイ……のはずなんだけど。
「………………サヤ、何のつもりだ」
 暑さでぼけっとしてるのか、スカルミリョーネの反応も鈍かった。ローブから出したわたしの頭に、とりあえず押し退けようと手をやってみるけど「もう面倒臭いからいいや」なんて顔で溜め息ついて無抵抗になる。
 今わたしが普段以上に絡んだら、どこまで許容されるんだろう。気になってドキドキするけど涼しくなって冷静になった時の報復が怖いからやめとこう。
 それより今は目の前に降って湧いた問題。絶賛引きこもり中のスカルミリョーネから家中に移ってるだろう、腐った肉のきつーい香り。人の出入りが減った室内で熟成、発酵……いや更なる腐敗を遂げたもの。
「臭いんじゃないかな」
「……私がか? 何を今更」
「じゃなくて、臭いから人が来ないんじゃないかな」
 わたしは慣れちゃったみたいでもう気にならないんだけど、確か会ってすぐの頃は「うわっ」て引いた記憶があるほどの刺激だもん。

 そもそも、こうして一緒に住んでてわたし自身からだって死臭が漂ってるはずだから、慣れるのは当たり前だ。ゴルベーザもきっと他の人より慣れてるから同じ家で暮らしてられるんだよね。
「でも他の皆はアンデッドと暮らし慣れてないから、うちの匂いに耐えられないんだよ」
「人が増えると余計に暑苦しい。訪ねてくる者が居ないなら、風通しが良くなって喜ばしいことだ」
 いやそりゃそうなんだけど。いくら何もしたくないって言ってもわたしやゴルベーザは外出の用事だってあるわけで、他人と会うこともあるわけで、その時に「なんかこの人クサイ」って思われてるのは……、
 それくらい別にいっか。いや良くなくて!
「わたしも一応年頃の女の子なんだよ」
「それは知らなかった」
「……」
 今のどういう意味だろう。何にしろ厭味なのは間違いない。むかつく。でもここで話を逸らしちゃいけない。
「だからさ、体からスカルミリョーネと同じニオイがすると困るでしょ」
「……そうか?」
「こいつ死んでるんじゃないのかって思われちゃうよ」
 ただでさえモンスターに囲まれてるのに、信憑性ありすぎ。ああついに仲間入りしたかって普通に納得されたら嫌じゃん!
「それともわたし達がデキてるって噂がたつかもしれないし」
「風呂に入れ。今すぐに!」
「そこで焦るの?」
 お風呂なんか毎日入ってるのに今更それくらいじゃ匂いも落ちないよ。それ以前に、冗談だし。いくら同じ匂いがしてもスカルミリョーネにそんな度胸がないのは皆わかってるから大丈夫だよ。言わないけど。

「……考えてみれば、お前が外出しなければ無用な誤解も避けられるんじゃないのか」
「って、夏の間中ずっと引きこもってろって言うの?」
 べつにいいけど、蒸しちゃいそうだなぁ。冷房もないし。カイナッツォがいるけど。バルバリシア様がいれば風もあるけど。あれ、問題ないのかな。
「私のそばにいれば暑さも和らぐだろう」
「ええっ、熱でもあるの?」
 珍しいどころじゃないよそのセリフ。いつもだったらやたらとベッタリするなって文句言うくせに。
 恐る恐る、スカルミリョーネの額に手をあててみる。当たり前だけど熱はなかった。っていうかぬるい。半端にぬるい!
「サヤが暑さに弱っていれば私は『まだマシだ』と思えるからな」
「そうやって下ばっかり見て安心してるからいつまでも弱いん……っ痛い、痛いです」
「何か言ったか」
「何も言ってません!」
 その気になればリンゴどころかカボチャだって素手で握り潰せるような握力で、人の頭を思い切り掴まないでほしいんです。ううう、頭蓋骨がへこんだ気がするよ。

 この間、祈りの館に行ったときだったかな。ポロムの引き気味の顔と周りの人から感じた妙な視線、今から思えば匂いのせいだったのかもしれない。
「いろいろ鈍感になってるよね……」
「暑さのせいだけか?」
「うっさいな」
 ぼんやりして、バカになってるのは確かだった。知らないうちに何かを見過ごしていないか不安になる。
 血の匂いも死体の匂いも、部屋にこもってる今に限らずもう身近なもの。モンスターと一緒に暮らすなら切り離せないものでもあるし、だけど。
「ゴルベーザなんてただでさえ悪名高いのに常時死臭がするってどうなの」
「……もう少し、言い方というものがあるだろう」
 だって世界をめちゃくちゃにしてその後は月に逃げちゃった人だよ。星単位で汚名が浸透してるんだもん、生半可な誠意を見せたってゴルベーザの名前は皆の記憶から消せない。
 まあ許してもらえなかった時のために四天王やわたしがいるんだけど、ゴルベーザが諦めてない間はわたし達も頑張らなきゃいけないじゃん。せめて、人間だって認めてもらえるように。
 だから今は真面目に勉強してかいがいしいトコも見せて親しみやすいって思わせて、距離をなくさなきゃならないのに。
「死臭はダメだよ、死臭は」
 これからお出かけ前にリセッシュ必須だ。わたしも気をつけとこう。

「ゴルベーザ様には、移っていないがな……」
「えっ、そうなの? なんで?」
 消臭について思いを馳せていたところに意外な言葉が降ってきた。
「サヤと一緒にするなど無礼極まりない。あの方はとうに自覚して、外出の際にはそれなりの対処をしておられたぞ」
 うそっ、知らなかった。ってそれならわたしにも注意してくれればいいのに! わたしだけ知らずに腐臭を放ってたんだ……。
「でも、自分で気づかないくらい馴染んだ匂いになんで気づいたの?」
「それは、」
 スカルミリョーネの言葉が途切れて、何となく見つめ合う。たぶん同じことを考えた。
 自分じゃわからないんだから誰かに指摘されたってことじゃん。自分から進んで消臭しようって思うようなこと言われたんだよ。ゴルベーザがその事情をわたしに伝えたくないような言葉で。
 わたしには思っても言わなかっただろう指摘の言葉を、オブラートに包むことなくゴルベーザには吐き捨てたヤツがいる。
 無言のまま立ち上がって玄関に向かえば、今日初めてまともに動いた気がするスカルミリョーネもついて来てた。間違いなく、同じことを考えてるよ。
「休憩、終わり」
「当然だ」
「暑いから氷魔法にしてくれると嬉しいなー」
「よかろう。……この猛暑だ。涼しい氷柱の中で安らかに眠らせてやる」
「ラッキーだよねぇその人、もう一生動かなくてよくなるんだから……」
 闘争心に駆り立てられてるとき、胸の中で炎が燃え上がって周りの一切合切が気にならなくなるんだって、どっかの誰かが言ってた。ホントにそうだね。さっきまであんなにじりじりとわたしを追い詰めてた暑さが、もう全然気にならない。
 復讐の炎はきっと、真夏の太陽なんかよりずっと長く激しく、無礼者の体を焦がすはずだ。
 殺意と一緒に元気を取り戻して、駆け出す勢いのスカルミリョーネを追いかける。……嗅覚なんか持たないアンデッドモンスターにでもなれば、文句言う気もなくなるって、是非ともそのバカに教えてあげなきゃね。

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