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守人

「何をしてるんだ、お前は……」
 覇気のない声に振り返ると、とても一軍の指揮官とは思えない間抜けな面をさらして竜騎士が立っていた。姿が見えなくなったと思っていたがいつの間に背後へ回り込んだのか。目障りだから消え去ればいいのに。
「見て分からんか。あそこで干からびた海藻のようにへばっているサヤを観察しているんだ」
 私の視線を追ってカインもまた床に倒れたサヤを見る。何を言おうとしたのか一度口を開き、何も言わず溜め息だけが零れた。
 さして厳しい訓練内容とも思えないが、あいつにとっては死んだ方がマシな程度につらいのだろう。先程からゾンビのような顔色をしている。動きも鈍くまともな思考力もなさそうな表情からして、半分以上死人なのではないか。
 だから止めておけと言ったんだ。年季の入った非力なのだから、武器を持とうが体を鍛えようがサヤは弱い。……別に、それでも構わんではないか。あいつが強くなりたがっていることをルビカンテに悟られぬよう、ゴルベーザ様や私が苦心しているのは何故だと思っているんだ。

 苦々しい思いで起き上がらないサヤを睨みつけていると、横から不愉快な視線が投げかけられた。
「……あのなぁスカルミリョーネ、見たいなら近くで見たらどうだ」
「馬鹿か貴様は。私が練兵場になど出ては騒ぎになるだろうが」
「物陰からサヤの様子を窺ってるところを発見される方が騒ぎになると思うが」
 どうでもいいことでうるさい男だな。実際のところ騒ぎになればなったであいつを連れてさっさと帰るだけだから、その方が有り難いのだが。後の事など知るものか。
 私とて好き好んで不審者のような行動を取っているわけではない。サヤが「保護者同伴で体育なんて最悪の最悪だよ!」などと言ってゴルベーザ様の同行を拒否したから、こうして私が物陰から見ているんだ。
「……貴様の口から無駄だと言えば、止めるだろうに」
「いや、無駄じゃないだろう。確かに今は……その……あんなだが」
「明らかに無駄だ。あいつは鍛えても強くなどならん」
 殊更に強く言い切った私を、カインが不快そうに睨む。サヤにも選択の自由を与えてやれと言うのだろう。確かに、ゴルベーザ様か我等のうち誰かがついておらねばどこへも行けないのは不自由と言えよう。だがそれは安全と引き換えのものだ。

 理解していないのは貴様の方だ、竜騎士。望みを叶えるばかりがサヤのためだと思っているのか。
 外には他人しかいないんだ。あの馬鹿娘だけがゴルベーザ様や我等のために命を捨てられるように、他の全てを脇に置いてあいつのためだけに存在できるのも、私達だけだというのに。
「サヤは、戦闘に出してはならんのだ。あいつはすぐに死ぬ。切られれば死ぬし突いても死ぬ。刺されてもやはり死ぬ」
 付け加えるならば下位魔法の一つでも食らえばやはり死ぬ。前線に出た時点で死が確定しているのだ。例の月での戦いやその他僅かにサヤが触れた戦闘のように、他に的でもあればいい。相手の攻撃を身を以て防ぐ盾があるなら、辛うじて生き残る術がある。
 一人でも生きてゆけるようになりたいなどと愚の骨頂だ。実際にサヤがそうするかどうかは問題ではないのに、この馬鹿は理解していない。依存して何が悪い。私達を盾にしなければサヤは外界で生きられないんだ。
「あいつは異世界の生き物。それは忘れてはならない事実だ」
 何も、拒絶の意味だけではなく。

「でもな、そりゃまあ彼女は打たれ弱いが、俺だって何度もやられれば死ぬのは同じだ。それは鍛練で乗り越えられる問題じゃないか?」
「不可能だな。何度も、などと言っておれん。サヤは一度きりでも死ぬ」
「だが、」
「それがどんなに貧弱な攻撃であっても、あいつには致命傷になる」
 こちらの人間ならば多少血が流れたところでまだまだ戦えるが、サヤは傷を負ったその瞬間から動けなくなる。回復してやらねば一撃で戦闘不能に陥ったままだ。驚くべきことに、数回の攻撃に耐え得る耐久力が備わっていないんだ。あの貧弱そうなセオドアでさえ、瀕死になるまでは動けるというのに。
 仮に人並みの体力が備わったところで事態は変わらない。恐らくは体質からしてこちらの生き物とは違うのだろうが、傷を負えば負っただけ、筋力から何から全て下がって行くのだ。切られる度に戦力の擦り減る娘を誰が前線に立たせられる。
 過保護でなくとも……死に向かって駆けて行く後ろ姿など、見ていられない。あいつは黙って私の後ろにでも隠れていればいいんだ。

 未だ納得のいかない顔をしたカインが更に何事か言い募ろうとした時、いつの間にか復活していたサヤが割り込んできた。やけに迫力のある笑顔を浮かべているが。
「喧嘩してないよね?」
「あ、ああ」
 曖昧に頷くカインを「ならいいけど」と疑わしげに見上げ、次いで私の顔を覗き込んできた。
「なんでそっぽ向くのかなー」
「別に」
 喧嘩してまで理解し合いたいとも思わない。だからカインを引き下がらせたいだけだ。

 未だ基礎中の基礎、訓練と呼ぶにもおこがましい体力造りを行っている段階だが、サヤは相当堪えているようだ。足をふらつかせながら私に寄り掛かってくる。このまま弱音を吐いて止めてしまえばいいと願いつつ、床に腰を降ろしてサヤを抱えた。
 運動により上がった体温がまだ戻らないらしく、汗ばんだ額に手をあてると、うっとりと目を閉じた。どうやら死人の体温が程よい冷たさで、心地良いようだ。
「……お前、達……というかスカルミリョーネ……お前って」
「黙れ」
 口の端をひくつかせてカインが何をか言おうとしたが、欝陶しそうな予感がしたのでバイオを放ち止めさせた。
「うおっ! あ、危ないな」
 避けられたようだが。無駄に俊敏な奴め。いずれどさくさ紛れに消してやろうと思っているのだが、私ももう少し魔法の精度を高めるべきかもしれんな。
 どうせ「そんな風にこいつを甘やかすのは珍しい」だとか言う積もりだったのだろう。全くもって余計なお世話だ。私もたまにはそういう気分になることがある。いちいち口には出さないが。

「……魔法回避かぁ」
「なあ、お前の保護者連中に、人に向かってぽんぽん魔法打つのを止めろと言っといてくれないか」
「わたしだと毒でも何でも100%食らっちゃうんだよねー」
「俺の話も聞いてくれよ……」
 サヤは額に置いた私の手を握ったまま、ぼんやりとカインを見つめている。そういえば状態異常に対する耐性の無さも問題だな。改めて考えてみれば、どこもかしこも弱点だらけだ。
 防御の心得なく攻撃の心得もない。戦闘に参加させても良いと思える要素がどこにもない。今更ながら、ゴルベーザ様と合流するまではサヤも敵の前に立っていたのだという事実に冷や汗をかく。
 セオドアと旅をしている間にもいくらか自分なりの戦闘法を編み出したと言い張るが、その内容を聞く限りでは絶対に前線に出したくないという思いに変わりはない。
 盾に身を隠して他人の攻撃によりできた隙をついて体当たり、などはまだまともな部類で、飲み終わったポーションの瓶を叩き割って投げつけ破片を体内に残し内臓にダメージを与えるだの、敵の移動経路に蜘蛛の糸を張っておいて絡まったところへ遠くから拾い物の鏃に毒を塗って投げるだの……。
 何故そうもせせこましいんだ! 未練がましく取っておかずに使い終えたアイテムは捨てろ! 第一どれもこれも妙に生々しい攻撃ばかりで嫌だ。極めればそれなりの戦術になり得そうなところがまた嫌だ。

 どうすれば諦めるのか、どうやっても無駄だろうと半ば諦めつつもぐだぐだ考えていると、さすがに体力差等を痛感したらしいサヤが別の視点から攻め始めた。
「カインって、急に魔法使えるようになって戸惑わなかった?」
「ん? いや……まあ、ローザが使うのを見ているだけだったが、その分それなりに馴染み深かったしな」
「ふぅん。見るだけならわたしも見てるんだけどなぁ、ルビカンテとかのを」
 それは人間の使う白魔法とは少し違うと思うのだが。
 というかカインは魔法が使えたのか? 使っているところを見たことがないような……ああ、何故か知らんがパラディンのようなものになったのだったか。セシルへの憧れかローザへの執着か、いずれにせよ迷惑な話だ。白魔法など滅べばいい。
「回復魔法ねー。さっさと補助に徹した方がいいのかなぁ」
「ゴルベーザ達はその方が有り難いだろうけどな」
「魔法……頭使うのやだなぁ」
 身も蓋も無いことを言うものだ。結局、やり遂げられなくとも何かして気を紛らわせたいというだけなのだろうが。

 しかし、魔法か……。どうしても戦う術が必要だと言うのなら、武器の扱いよりもそちらを身につけてほしいな。魔法なら道具なり何なりで死なぬ程度に身を守ることも可能だ。私の後ろに隠れて安全なところからでも攻撃できる。見ている側としては武器を持って敵の前に立たれるよりも安心だからな。
「もし才能なくたって、ちょっとでも回復魔法使えたら便利だよね」
「なけなしのケアルでも無いよりはマシだと証明している男もいるからな」
「お前そんなに俺が嫌いか?」
「ああ」
「即答するなよ」
 やり取りをけらけらと笑いながら聞き流すサヤを苦々しく見遣り、カインがその腕を掴んで立たせた。
「ほら、そろそろ休憩は終わりだ」
「えええ、もう?」
「なけなしのケアルで回復してやるから、もう少し頑張れ」
「うー……」
 唸りながらも異論はないらしいサヤは「じゃあ行ってくる」と私に手を振って、渋々と練兵場へと歩きはじめた。まだ幾分かふらついているようだが。

 やはりまだ続けるのだな。何があいつを駆り立てるんだ。やはり、不自由という名分がなくなってしまったのがいけないのか。今はゴルベーザ様の所有物というわけでもないのが。
 自分の意思など、持つものではないな……。
「無力ならばそれなりに、大人しく守られていればいいものを」
「……お前だって、もしも力をなくしたら、ゴルベーザを守るためにまたそれを得ようとするだろ」
「サヤには元々他人を守る力などない。私とは立場が違う」
「心の問題だ。いざと言う時に、少しでも何かできるのと、何一つできず見ているだけで終わるのとは、随分違うはずだ」
「……分からんし、分かりたくもない」
 守るのは難しいものだ。ただこの身を犠牲にするだけでは、最早ゴルベーザ様でさえ認めてはくださらない。守り抜くためにはこちらも生きていなければならないらしいからな。
 面倒だな。……本当に面倒臭い。だがその面倒臭さにも慣れてしまった。妥協することに苛立ちも感じなくなっていた。傷つく様を見たくない、守ってやりたいと願う気持ちは、ずっと以前から共有している。
「……分からないが、勝手にすればいい」
 あいつが力を得ようと得まいと、何ができてもできなくとも、私の立場は変わらないのだからな。

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