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料理

 ドワーフという種族は元々、職人気質で暢気でおっとりしている。劇的な展開には縁がなく、放っておくと勝手気侭に変化のない日々を過ごしてる。それを悪いとも思ってないんだけど……。
 地上ではどこの町も疲弊していて、皆が元の生活を取り戻すため必死になっているだろうに、地底では誰も焦っていない。あたしですら、帰ってきてすぐに大きな戦いを乗り越えたことなんて忘れてしまって。それってどうなの? って気持ちも確かにあるんだよね。
 不意に「そういえば、この星の危機だったんだよね」って思い出して呆れ返る。現在でいたときはあんなに怖くて張り詰めてたのに、過去になっちゃうとこんなものかなぁ。
 ドワーフは、本当に暢気だ。そのくせ平和主義でもない。戦乱や魔物の侵攻で町が破壊されても、珍しい闘争の機会を歓迎する向きもあるくらい。実際ルビカンテに攻められてた頃は皆活気があったもんね。
 べつに戦いが好きなわけじゃないし、殺し合うのが楽しいとは微塵も思わない。平和であればそれにこしたことはない。でも、知や武を他人と競うのは楽しいんだ。長く地底に閉じこもってるから、とにかく他の何かとの関わりが嬉しいんだろうなって思う。
 いま我が家のどこかを走ってるはずのお客様は、あたし達と似通った思考を持ってるんじゃないかな。……それがサヤの本質なのか、それとも彼女の周囲の環境がそうさせたのかは分からないけど。

「遅い」
 石床に腰を降ろしたあたしの隣。おもいっきり不機嫌な声に振り返る。
「いつまで待たせる気だあいつ」
 あいつっていうのは、サヤだ。今は城中を駆け巡ってカレーライスなるものの材料探しと、ついでに皆の好きな食べ物、オススメ料理なんかを聞いて回ってる。
 最初は、改めて城の皆の話を聞くのも面白そうだからって付き合ってたんだけど、あまりにも目まぐるしく動き回るから見失っちゃった。探して追うのも大変そうだからじきに帰ってくると思われるここ、カイナッツォの隣で待ってる。
「一緒に行けばよかったのに」
「めんどくせぇ……が、今にして思えばその方が楽だったかもな」
 サヤをここに連れて来たのはカイナッツォだ。もっとも、来たいと言ったのは彼女だそうだけど。
 行動をともにするのが面倒と言ってただの運び屋に徹し、サヤを野放しにした結果、彼女は一人じっくりたっぷり隅々まで探索を始め、カイナッツォもまた帰れなくなってる。
 うーん、振り回してるなぁ。魔物相手に、すごいといえばすごい。もしかしたら彼女は意外と大物なのかもね。

 こうして付き合いの幅が広がるのはありがたいことだと思う。とくにあたし達には、気軽に誰かを訪ねるのだってなかなか難しいから。
「……なんつーか、今更だがよ」
「ん?」
 不意にカイナッツォが居心地悪そうに身じろぎした。動いた拍子に辺りに冷気が広がる。
 つい忘れがちだけど彼は凶悪な魔物だから、近づきすぎると毒気を含んだ冷気にやられそうだ。でも距離を取ってる分には涼しくていいなあ、なんて思いつつ続きを待った。
「お前ら……なんで普通にしてんだよ!?」
 なんだか突然キレてしまったカイナッツォに、あたしも周りにいた兵士達も首を傾げる。普通にしちゃいけないとこだったかな。あ、もしかして?
「そんなに心配しなくても、サヤはすぐ戻ってくるって」
「誰があいつの心配してんだよ! あのなぁ、オレを見ろよ。魔物だぞ? 人間に化けてもねえのに、なんで誰一人驚きもしねーんだよ」
 自己申告通りカイナッツォは魔物だ。それも、かつてゴルベーザ四天王と呼ばれ数多の配下を従えていた強敵、あのルビカンテと同類。ってそんなこと分かってるけど……。
「それって今更また驚くことじゃないでしょ」
「……敵だって意識はないのかよ」
「カレーライスの材料探しに訪ねてきた相手が敵だと思える?」
 無理だよねーと笑って続けると、カイナッツォの顔が引き攣った。大体、戦意のない相手に戦々恐々としたって馬鹿みたいじゃん。あたし達を殺しにきたと言うなら、もちろん態度も変わるけど。

 どうして敵対したがるんだろう。あたしはむしろ、他の四天王、とくにルビカンテ辺りともいろいろ話してみたいんだけどな。関係図が広がるのはいいことだよ。成長に繋がる。
 それでも、不貞腐れてしまったカイナッツォは不機嫌そうにそっぽを向く。暑いから苛々するのかもしれない。
「いいじゃない、仲良くできるなら、仲良くすれば」
「仲間の仇じゃねえのかよ」
「あー……?」
 あたしもよく知らないけど、四天王と呼ばれる四体の中でカイナッツォは唯一、セシルと直接的な因縁がある。セシルの父親代わりだったバロンの王様を彼が殺して、その立場を乗っ取っていた……だっけ? その王様は今、オーディンとなって幻獣界にいるわけだけど。
 仲間内でも、ルビカンテや他の四天王は、時が違えば仲間だったのかもしれないという風向き。でもカイナッツォは明らかに違う。今もまだセシルに嫌われてるし、まだ憎まれてるかもしれないし、以前の戦いで直接対決したパロム達にも悪感情を抱かれている。
 それについてあたしがどう思うかと言えば、同情するほどカイナッツォに親しみを感じているわけじゃないし、特に憎くも思わないから、べつにどうとも。
 彼に殺されたっていうバロン王を知らず、むしろ現在のオーディンの方に面識があるせいかな。

「あたしはセシルの仲間だけど、あなたはあたしの仇じゃないからね」
「野郎がオレを怨んでても知ったこっちゃねえってか」
「そうは言わないけどさ。……だってサヤから見たら、セシルの方があなたを殺した仇だし?」
 どちらも気遣えばどちらも立ち行かなくなる。結局あたしの抱く感情を決めるのはあたし自身なんだから、他人の愛憎に引きずられちゃいけないよね。
「オレを殺した、か」
「ああ、気を悪くした?」
「いや……そう直球で言うのは珍しいな。大概の奴は倒しただのなんだのごまかすが」
 まあ、サヤの前なら言葉を濁した方が無難かなとも思う。でも今いないもん。命を絶ったのは事実なんだし、殺したって言葉に感慨はない。こうして目の前にいる相手に言うのも不自然な気はするけど。

「相手がいなくなったら気が済むものじゃないんだね、憎しみって」
 たぶんドワーフにとって一番遠いその感情は、あたしにもよく理解できない。ただセシルは、ローザと結婚してセオドアも生まれて幸福そうにしていたセシルは、まだ心の中に憎悪を燻らせていた。それを皆に知られてしまった。
 だけどゴルベーザと、そしてカイナッツォがここに戻ってきてからのセシルは、あたしから見ても……何と言うか、楽そうに見えたんだ。
「そうやって自分への憎悪を煽るの、何か意味があるの?」
 ゴルベーザへの憎しみも引き受けようとしてるんじゃないの? って、思わなくもない。とくにセシルが、カイナッツォを受け入れてしまったら。過去抱いた憎しみは、お兄さんにも辿り着いてしまう。
 もちろん、モンスターの性として、単純に
「オレは、好意より悪意の方が欲しいだけだ」
 ……ってこともあるんだろうけど。
「サヤからも?」
「あいつには何やっても無駄だな」
 その諦めきった声。彼女からも嫌われたいと思ったことがあるのかな。でもサヤが彼らを嫌うときは、そのままゴルベーザとの別れに繋がる気がした。ゴルベーザは人間だけど、人間の側にはいられない人だから。

 せっかくだからもっといろんなことを聞こう。とくにゴルベーザのことと、面白そうだからサヤのことも。……なんて思ったそばから元気な声が駆け寄ってきた。
「お待たせ!」
 間がいいんだか悪いんだか……まあいいや。きっとまた機会はあるもんね。それにしてもサヤ、その大荷物って……全部が香辛料なの? 違うよね?
「待たせすぎだ、阿呆」
「地底産のお米とかいろいろもらって重くてさー」
「ちょっと待て乗せるなコラ」
「なに重いの? 重すぎて立てないの?」
「違ぇ! オレを荷物持ちにすんじゃねえ!」
「え、じゃあ他に何の役に立つのかと」
「よしその喧嘩買ってやる」
 ……えー、仲良いな。急に生き生きしだしたじゃん、二人とも。むう、ちょっと疎外感。

「目当てのもの見つかったの?」
 いやに上機嫌なサヤを見てると聞くまでもない気がするけど。カレーライス、あたしも食べてみたいなぁ。
「見つかったような見つかってないような」
「って、あんなに時間かけたわりに曖昧な答えだね」
 まあどんな物か知らないけど異世界の食べ物なんだから、一朝一夕に作れるものじゃないんだろうな。
 ともかく、休息ついでに泊まって行ったらどうかって言おうと思ってた。思ってたんだけど、どこと無く荒んだ目をしたカイナッツォに割り込まれ、ちょっと言い出しにくくなってしまった。
「言わせてもらうが、ここに来るまでにどれだけ手間取ったと思ってんだ」
「アハハ、まさか世界一周したわけでもあるまい、し……」
 いくらなんでも、ねえ? ……なんであたし睨まれてるんだろう。
「世界一周、したよ? 徒歩とテレポで」
「軽く言うんじゃねえ! 誰が歩いて誰がテレポしたと思ってんだ!?」
 と……ほ……? うん、空耳だ。そういうことにしとこう。
「苦労してるんだねー」
 誰がとは言わないけどさ。サヤはけっこう意地っ張りだなって、思ってた。どうやらそれは、こだわる対象がくだらないことであるほど顕著になるみたい。でもまあ、世界を見てまわるには丁度いいかもね。ゴルベーザが帰って来たら、きっとできないことだから。

 城の皆も、こういうふらっと訪れる客は大好きだ。だからねだればいくらでも食べ物が出てきたはず。食材探索のついでに山ほど試食もしてきたらしく、サヤはげんなりしつつお腹をさすってる。
「なんか、もし完成してもしばらくカレーは食べたくない感じ」
「本末転倒じゃねえか」
「……うぐぐ」
 食べたいから作ろうとしてるのに、ねえ。でも本当に自分のためなんだろうか。それだけでここまで無駄に頑張れると思えない。
「ね、なんでカレーライスなの?」
 例えばエブラーナなんかに行けば、サヤにも馴染み深い食べ物が多いって言ってた。異世界なんて摩訶不思議な別の宇宙にも思えるけど、似たような人間が住んでるのなら食べ物だって同じようなものもあるだろうし。そんなに苦労して、こっちに無いものにこだわる必要はあるのかな。
 サヤは少しの間だけ思案げな顔をして、やがて決心がついたように頷いた。
「……カレーのイメージって一定じゃないと思うんだよね。お母さんの作ってくれた味とか、コンビニのだったり、どっかのレストランのだったり」
 ちりばめられた単語の意味はよく分かんないけど、「カレーライス」と聞いて浮かべる味が千差万別なら、尚更それにこだわる理由が謎だ。
「材料とかお米の炊き方とか、人によって思い浮かべるものが全然違うから、わたしの好きな味はこれだよ、って伝えられる気がするんだよねー……」
 ああ、ゴルベーザに? きっと一生それを口にすることがないだろう、サヤの思い出の味を、もしかしたらサヤ自身さえもう二度と食べないかもしれないものを、食べてほしいんだ。
「好きなものを共有したいから?」
「え、う、うん。まあね」
 なんだ、可愛いなあ! やっぱり恋心は他人のを眺めてるに限るね。べつに深い意味はないけど。

「なんか、要は一緒にごはん食べたいだけ、なんだよね」
 知ってほしいとか、知りたいとか、離れてる時の方がずっと強く思うものだ。あっちの世界の象徴が、サヤの家の味なのだとしたら。それを自分で作るのは、それをゴルベーザに味わわせたいというのは。
「うん。分かるよ」
「……わかる?」
「頑張って、サヤ」
「あ、ありがとうルカ」
 泊まって行ってもらおうと思ったけど今回はやめとこう。カイナッツォも「オレは分からねえ」とかぼやいてるし。次に皆で来てくれればそれでいい。
 ゴルベーザも戻って、帰る家ができてからね。

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