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観察
芳しい血の香りに惹かれて辿り着いた場所はスカルミリョーネ様のお部屋だった。まあ、彼女がそこに潜り込んでいるのはわりと日常茶飯事、だからいい。自室から持ち込んだらしいシーツに包まり爆睡しているのも、べつにいい。どこでも眠るからねー彼女は。
そんなことよりも。すうすうと寝息をたてるサヤを、一心に見つめる……いや、睨みつけているスカルミリョーネ様が面白い。
割り込んできた私を見咎めることはなく、怒りからやや困惑に寄った瞳がこっちを見た。
「こいつは、なぜ私の部屋で眠るんだ……」
表情は硬く、彼女の存在を疎ましく思っていることが感じ取れた。だけどこれは、すごいことじゃないかな。サヤの体に緊張はない。私やスカルミリョーネ様の気配に何等警戒することなく、爆睡している。単に気づいていないのだろうけどそもそもそれがすごい。
人間は魔物の気配に敏感だ。闇に紛れて呼吸を押し殺してみても、些細な恐怖心が我らの存在を人間に知らせる。そして戦うか、逃げ出すか。
サヤは我らがどこにあっても気づかない。というか気にしない。無関心というよりも、早々に馴染んでしまったからだ。悍ましく恐ろしいこの方のそばにいて、安らかに眠れる人間などこの世界にいない。
「うーん、この娘が異世界のものでよかった！」
私が呑気にそう言えば、スカルミリョーネ様は思い切り嫌そうな顔をして再び彼女に視線を移した。わあ、蔑んでるなー。
「御身だって、少しは嬉しいでしょう？ サヤが来てから面白さが増したもの」
「どういう意味だ。……嬉しがる要素などなかろうが。邪魔なだけだ」
と言いつつ、起こして追い出したりはしないのだ。一応この方の部下だから私は知っている。それが気遣いではないこと。眠りから覚ましたとき、無防備そのものの彼女に、怯えられるのが嫌なんだ。愚かしー。
スカルミリョーネ様は一人が好きだ。けれど本当の孤独感を恐れている。周りに何かの存在があり、その中に一人でいるのが好きなのだという。……厄介。でもサヤはきっと、その厄介さを受け止めてくれると思うんだ。
ああ、ゴルベーザ様は彼女をスカルミリョーネ様にくれないものかな。自分の配下にしてしまえたら、きっと彼女にも優しくなる。我らにそうするように、弱さを吐露するに躊躇わなくなる。そしたらサヤも、もっと構ってくれるのに。
「……嬉しそうだな、ドラキュレディ」
にまにまと寝顔を見ていたら、スカルミリョーネ様が憮然としていた。味方が減ったって思っているのかもしれない。彼女は順調にここに馴染んできているから、積極的に追い出したいって願ってる者はもう少ない。
ま、バルバリシア様に気に入られた時点でサヤの勝ち残りは決定してる。カメにも火魔人にも距離を見て突っ込んで行くし、そのくせスカルミリョーネ様には遠慮なしだ。相手が変われば態度も変えてる。意外と打算的？
「お前はこの娘の存在を歓迎しているのか、ドラキュレディ」
スカルミリョーネ様は、未だ徹底的に拒絶できている、と思ってる。
「もちろん！ そりゃあ御身には栄養なんて無用だろうけど、私みたいな下級の魔物を活気づけるのに若い人間の存在ほどピッタリな物はないもん」
人間の血は美味しい。私の可愛いコウモリ達も、人間の、それも若い娘の血が一番好きだった。血を吸わなくたって溢れる生命力がそこにあるだけで心が浮き立つし、ご馳走がそばにあればいろいろと活力も漲ってくる。
「この娘の存在だけで癒される」
「……襲うなよ」
「御身を悲しませるような真似はしない」
「誰が悲しむものか！ ゴルベーザ様のためにと言っているんだ！」
慌てているところが怪しいと指摘するともっと面白いんだけど、大声で喚いたせいでサヤがむにゃむにゃ言っていた。起こしそうになって焦るスカルミリョーネ様は、やっぱり彼女を気遣ってるようにも見える。
もう、気遣ってるのでいいんじゃないかな？ 彼女を起こすのが忍びなくて黙っているんだと。
「……大人しくゴルベーザ様の傍らに侍っておればいいものを」
でも、うろつくことを許してるのはゴルベーザ様だ。何をさせたいんだろう？ 案外、何もしなくていいっていうのが真実なのかな？
「どうしてそうも頑ななのでしょう」
「見知らぬ者が増えるのは煩わしくてならん」
それが人間であれば、尚更。……スカルミリョーネ様はゴルベーザ様じゃない人間が嫌いだな。彼らは我らを認めないから。血の通う肉体を持ち、朽ちた後にも醜い姿を曝すことなく葬られ、死してなお……愛されるから。
「サヤは、いい娘だから違うのに」
「他者の迷惑を顧みない者が『良い娘』であるはずがない」
「では我々魔物にとって、善よりも悪に傾く彼女はやはり『いい娘』だね」
「…………屁理屈を言うな」
他の奴らとは違うのに。彼女は違う。ゴルベーザ様が連れて来たから、それだけじゃない。
迷惑だなんて本当に思っているのだろうか。真実なら改めるべきだ。
スカルミリョーネ様は信じていないだけだもの。信じるのが怖いだけだもの。サヤが己に好意を寄せること、他者に存在を認められていることを、認めてしまえばいつか失うはめになるから。
得たことがないものを手中におさめてしまうと弱くなる。それをなくさないために思考が偏る。……そーゆー我が儘でサヤを避けている。
本当は欲しいくせに。自分で醜いと蔑み、卑下して、自嘲して、誰も私のことなど見ないと言って。でもサヤがしつこく絡んでくるのを期待している。彼女はそれを知っている。求めておきながら近付けば拒絶するのだから、彼女が苛立っても仕方ない。
もっと、バルバリシア様のように快活になれたらいいのに。快活なスカルミリョーネ様というのも不気味だけど。
「起こしちゃおうっかなあー」
「やめろ」
誰かに仕えていたとは聞かないけれども、彼女の世界なりの価値観で、サヤには成すべき役割があったのだろうと思う。この世に存在する限り、何かをしなければならないと考えている節がある。何もせずにいるのが居心地悪くて仕方ないのだろう。
スカルミリョーネ様に構い、例え嫌がられても、そこに進展が見られるから彼女は退かないんだ。つまり、御身も悪い。
サヤにはこのまま、しつこく食い下がってもらいたいものだ。根負けしてこの方が素直になるまで。……自力で成長できない方だからねー。
「でも、もうすぐ起きる」
眼球が大人しい。頻繁に寝返りをうっている。目覚めの気配にスカルミリョーネ様が後退って、引き攣りながら私を見た。
「今後は無断でこの部屋に入るなと言っておけ」
「はーい。どちらへ？」
「書斎にでも引きこもっておく。あそこなら奴も来るまい……」
字、読めないからつまらないんだってね。ゴルベーザ様の持ち物の方が多いから人間の本もあるのに、それも読めないんだって。サヤには我らが知識への手掛かりだ。勉強のために追い回してるわけじゃないだろうけど。
慎重に、音を立てないよう計らいながら、何となく疲れ切った様子でスカルミリョーネ様が部屋を出て行く。転移魔法使えばいいのに。動揺してるんだろうか？
「あ、お気をつけてー」
「何にだ……」
いや、だって。「目が覚めても居場所は言うな」って、言わなかったもん。だからそのうち、またいつも通りに追われる身となるよ。
ぱたりと扉が閉まる。私は黙り込む。外で「あっ」て小さな声がしたあと、魔力の放出があってスカルミリョーネ様の気配が消えた。
「我が主ながらぶきっちょだ……」
「んー」
丁度よくサヤも目覚めた。居ても気づかないくせに居なくなると起きるのかー。
「おはよ」
「……はようぅ」
「この部屋に無断で入るなって怒ってたから、次から許可をもらおうね。ゴルベーザ様とかに」
「う……ん。レディさん、なんか裏切ってない？」
「全然。あー、スカルミリョーネ様は書斎にいるよ」
「そっかーって教えていいの？」
「道筋は覚えた？ 連れてってあげよう」
「え、ありが、ぇえー？」
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