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 変な夢を見ちゃった。向こうの世界で湯豆腐を食べてたんだけど、いつまで経っても豆腐があったまらなくて、お母さんこれじゃただの冷や奴だよ……っていう内容。よく、夢には深層心理があらわれるんだとか言うけど、一体わたしはどんな複雑怪奇な心理状態なの。
 そんな奇妙なテンションで迎えてしまった夜明けは、まだ夢の延長線にいるような不自然さを感じる。朝になって目が覚めたらベッドの脇にカイナッツォがいた。それだけならまだ許容範囲だったんだけどね。

「よぉ、起きたな。おはようサヤ」
「お……はようございます」
 あっちから来るってだけでも相当珍しいのに、自分からしっかり挨拶するなんて。熱でもあるんじゃないの? なんてこと考えてたらいつもは即座に入るはずのツッコミがない。カイナッツォは無駄に微笑みながらわたしを見てた。
「あの、どしたの? 何か用事?」
 まずその微笑みってのが似合わないよ。なんか悪いこと考えてるときのニヤニヤ顔なら見慣れてるけど。
「いや別に。ちょっとお前の顔が見たくなっただけだ」
 うわあますますもって変だ。不気味すぎて背筋がぞわってした!
 一体カイナッツォに何が起きたんだろう。ルゲイエの実験に付き合わされたとか、四天王にまで効いちゃう謎の病とか、体調不良、記憶喪失、いろんな可能性を考えつつ青褪める。
 そもそもどうしてそんな変な状態でわたしの部屋にいるのかな。考えたくないけど、もしかしなくてもわたしもう巻き込まれちゃってるの?

 まず落ち着こう。ひょっとしたら寝ぼけて幻覚を見てるのかもしれないし。
 寝起きだし、なんか訳わかんないし、混乱して喉渇いちゃった。でもカイナッツォにそういう親切を期待したって無駄だよねー、とか思いつつ布団を跳ね退けてベッドを降りようとしたとき、不気味なくらい優しい声がかけられる。
「何か飲むか?」
「え、あーうん。じゃあお茶飲みたいな」
「そのまま待ってろよ、用意してきてやるから」
 はあ? 何言ってるの? なんてつっこむ間もなくカイナッツォは部屋を出て行って、呆気にとられてるわたしだけが残された。もっかい言おう。何が起きてるの!? カイナッツォが優しい! すごく気持ち悪い。
 やっぱりわたしまだ寝てるんじゃないかなあ、と疑いながら、とりあえず今のうちに寝間着を着替えることにする。
 いつも探しに行かなきゃ会えないカイナッツォが朝からわたしの部屋に居て、妙に爽やかなオーラを醸し出しつつ目覚めの一杯をいれてくれている。うん、珍しいことではあるけど、たまに発生するイベントなのかもしれない。いや無いかな。無くていいよね。
 着替え終わる頃には少しずつ頭もはっきりしてきて、現実感が沸いて来る。他人の喜ぶことなんてお金もらってもしなさそうなヤツなのに、これは一体なにを企んでるのか、考えるほどに頭が痛くなってきた。
「サヤ、入るぞ」
「あ、はい」
 そうして戻ってきたのはティーセットを持ったカイナッツォ……じゃなくて、柔らかい笑顔を浮かべたふわふわの茶髪がかわいらしいウェイター衣装の美少年。わたしは死んだ。
「なにその破壊力……!」
「まあ、お前の理想の詰め合わせだからな」

 乱れまくった息が整えようとしても戻らなくて、もう諦めてハァハァ言いながらものすごくわたし好みになってしまったその人を見る。わー、だめだ! 見るのさえもったいない!
「な、な、なんで変身してるの?」
「ちょっとしたサービスだ。ほら、紅茶いれてきたから飲めよ」
「全然ちょっとじゃないしありがとういただきます!!」
 パニック状態のまま手渡されたカップを傾け一気に飲み干す、と思ったより熱くて軽く火傷した。慌てふためくわたしの姿を、からかうでも面白がるでもなしにそっと見守って、カイナッツォは魔法で出現させた氷水をわたしにくれる。その慈愛に満ちた表情!
「おまえはだれだっ!」
「何を言ってんだよ。おかしな奴だな」
 おかしいのはカイナッツォだよ、キャラ崩壊してるよ!? っていうか気持ち悪いを通り越してなんか怖いから!

「さて……」
 今すぐにも万能薬が欲しいわたしをよそに、中身がカイナッツォなはずの美少年は何か考え込んでいる。顎を撫でる仕種が年齢に似合わずオッサンくさくて、ちょっとだけ安心した。
「オレにして欲しいことはあるか?」
「えっ、何いきなり」
「好きなだけ我が儘言えよ。何でもしてやるぜ」
 じゃあ爆発してって言ったら自爆してくれるのかな。断られても承諾されても怖いから言わないけど。
 というかこの一連の意味不明な言動、わたしは何を求められてるんだろう。けっこう理解が深まってきたかと思ってたのに、カイナッツォの意図がさっぱりわかんないよ。
「うーん……、それじゃあ、ぎゅってして?」
 いつもなら笑って「阿呆か」で一刀両断だったはずのお願い事は、抱き寄せる腕にあっさり叶えられた。

 ああけっこう力強いんだ。やっぱり中身がカイナッツォだからかな、それとも男の子ってこういうもの? ……いやいやいや! 違うでしょ、おかしいでしょこれ。
「体温は、低いままなんだね」
 反応に困って愛想笑いでやり過ごそうと試みる。けどカイナッツォはあくまでも真摯な態度を変えることはなく、ちょっと困惑した顔でわたしの肩を押し返して考え込んだ。そしてすぐにまた抱きしめられて、今度はもう相手が誰だかわからないくらい温かい腕に包み込まれる。
 誰かに抱かれるってこんな気持ちいいことだったかなって、安心感に包まれてこのまま寝ちゃいそうなくらいに力加減も体温も居心地がよくて、それがたまらなく、気持ち悪かった。
「これでいいだろ」
「よ……よくない!」
 細い肩を突き飛ばした拍子に、その場にへたりこんだ。
 底意地の悪さもいい加減な態度も不誠実さも厭味っぽさも、欠点まで含めて、ううん……欠点こそがカイナッツォらしさなんだって、初めて知った。そりゃあ、もう少し打ち解けられないかなって思うこともあったけど、こんなのは別人じゃないか。耐えられないよ。

「なんで泣きそうになってんだ、おい」
 俯いてたわたしの瞼に冷たい指が触れて、顔をあげるとすぐ近くにいつものカイナッツォの顔があった。ただ、その目にはやっぱり優しさが滲んで見えてて違和感が残る。
「カイナッツォが変。怖い」
「優しくしてやったってのに怖がる奴があるかよ」
 モンスターらしい、いつもの悪びれない態度の方が、怖いもののはずなんだけど。でも「もしかして怖いかもしれない」を含めてカイナッツォらしいんじゃないのかな。
 からかうでも面白がるでもなしに、まるで普通の、人間の友達同士みたいに接してこられたら。ましてイケメンに化けて奉仕なんてされちゃった日には、それはもう、
「カイナッツォじゃないみたいで、気味悪い」
 そう口に出した瞬間、優しげな表情に影がさした。夕闇が広がっていくみたいに悪党の性分が見えてくる。なぜだか、それに安心してるわたしがいた。
「まあな。やってみるとこの嫌がらせはオレの労力がでかいんだよなぁ」
「はぁ……」
 今なんて言ったんだっけ。……嫌がらせ? 最初から? 珍しく、気持ち悪いくらい甘やかしてくれたのは全部、わたしが引いてるのを知ってたから。

「わかって、やってたんだ」
「でなきゃオレがお前に甘えさせるわけねえだろ、ゴルベーザ様じゃあるまいし」
「ああ、うん」
 なんだろ、怒るより先にホッとしちゃった。人の嫌がることに全力を尽くす、いつものカイナッツォだ。よかった!
「ま、収穫はあったがな」
「ん?」
「サヤは快諾されると頼み事ができなくなる、ってな」
「うっ……」
 図星かも。カイナッツォやスカルミリョーネはどんな些細なことだって嫌がるからわたしもむきになるんだけど、あんまり何でも叶えられちゃうと逆に遠慮しちゃうものだ。……だ、だからってカイナッツォに毎度あんな態度取られたらすごいストレス溜まっちゃうよ。
「次から欝陶しくなったらこの手で行くかねぇ」
「やめてよ! 嫌がらせだってわかってたらときめいちゃうじゃん」
「なんでだよ」
「開き直れるから」
「……お前面倒臭え」

 わたしも一応、目の保養にはなったんだけど、ああいう美形ならやっぱり本物に巡り会いたいもんだよね。中身まで綺麗な人にさ! で、それはそれで別腹ってことで、ああも好みに合致した人が見られるなら養分補給にはもってこいなわけだから。
「改めて、もっかい変身してもいいよ」
「お断りだ。もうサービスは終了した」
「中身いつも通りでいいから、あれでデート行こう」
「聞けよ。……くそっ、調子づかせたか」
 考えてみればこれで耐性ついたとも言えるし、次にカイナッツォが不審な行動取っても動じずに……いられるかはわかんないけど。少なくとも、訳わかんない違和感で不安になることはない。
「それに、わたしが気味悪く思うまで構い倒さなきゃならないんだから、面倒なのに変わりはないよね?」
「…………やっぱ放っとくのが無難だな、お前の場合」
「放っとかれてもこっちから行くけどね」
 そう言われて心底嫌そうにしたカイナッツォを見て、ちょっと心があったかくなった。人の嫌がることに全力を尽くす、……あれ、もしかしてわたし似てる?
「うぉ、なんでいきなり落ち込んでんだよ」
「べつに……」
 目的は違ってもやってることはカイナッツォと同じ。今日一番へこんだかもしれないのは秘密だ。……反省はしないけどね。

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